第9話「英雄・ユルドルード」


「世界を救う為に、英雄を探している……ですの?」



 ワルトナが告げた旅の理由。

 それを聞いたローズハーヴは、最初に冗談かと思った。

 だが、真っ直ぐにこちらを見てくるワルトナとリリンサの視線を見て、その考えを否定。


 ともすれば、次に浮かんでくるのは困惑だ。

 そもそも、英雄ってなんですの?と思考が固まっているのである。



「あの……大変に申し訳ないのですが、英雄ユルドルード様について既知が無く……、その、存じ上げておりませんわ」

「もふふッ!?」



 その言葉を聞いて、逆に動きを止めたのはリリンサとワルトナだ。

 特にリリンサは凍りついており、平均的な冷めた表情でジト目をしている。

 盗賊を見る目つきよりも鋭い視線は、地雷を踏み抜いてしまったとローズハーヴに理解させるには十分だった。



「……ワルトナ」

「……あの、その……」

「なんだい?リリン?」


「この貴族は捨てた方が良いと思う。ぽいって!」

「なんでですのっ!?!?」



 盗賊のプライドと同じ扱いを受けそうになり、ローズハーヴは後ずさった。

 そして速攻で近寄るリリンサ。

 手には星丈ールナが握られており、謎の光がグルグルと回転している。


 これは本格的にピンチですわ!?と涙目になり始めたローズハーヴは、救援の視線をワルトナに向けた。

 さっきから話の重要な部分はワルトナが握っており、彼女を仲間に引き込めれば助かる可能性は十分にあると思ったのだ。


 それを平均的なジト目で追っていたリリンサは、先手を打つべくワルトナに声をかけた。



「ワルトナ!捨てても良い!?」

「いや、勿体ないから普通に却下だけど」

「普通にモノ扱いですわ!?でも、助かりましたの!」



 とりあえずこっちに来なよ。と言われ、速攻でワルトナに擦り寄るローズハーヴ。

 その動きを平均的なジト目で眺めていたリリンサは、乱雑に元居た位置に座ると、クッキーを乱暴に食べ始めた。


 その隙をついて、タージリンはワルトナの表情を窺う。

 そして、「よし!今なら行けそうですわ!」っと、細心の注意を払った敬語で話しかける。



「私の無知が悪い事は存じておりますわ。その上で恥を重ねたいのですが、なぜリリンサ様が怒ったのか教えていただく事は出来ないでしょうか?」

「いやいや、キミみたいなご令嬢は英雄の事を知らない事が多いんだ。気にしなくて良いよ」


「そうなのですの?」

「そうそう。ま、ざっくり説明してあげるから良く聞いておくように。……リリンも、知らない人を威嚇しない!」

「もふっむぅ!」



 あ、怒れるハムスターですわ。


 ついさっき絶体絶命の窮地に立たされていながら、タージリンはこんな事を考えている。

 この短時間で精神的に屈強バカになる程の初体験をしたことにより、レベルが200も上昇している事には、まだ気が付いていない。



「英雄ってのはね、人類の希望と言われている、世界最強の冒険者の事さ」

「世界最強……ですの?」


「そう、最強の人間、その名も『英雄・ユルドルード』っていってね。大層有名なんだ」

「お恥ずかしながら、聞いたこともありませんわ」

「もふふっう!!」


「っと、リリンの態度から察するように、ファンが付く程の人物なのさ。で、何をしてるのかというと……」

「何をしているんですの?」


「火山の噴火を止めたり、未知の怪奇現象を解決したり、ランク9の害獣が蠢めいている場所に行って絶滅させたりして、超常現象を解決している訳だ」

「……そのお方は、人間ですの?」


「そりゃあ、もちろん…………。ギリギリ人間さ!たぶんね!!」

「しっかり考えた答えがそれですの!?」



 ローズハーヴが思わずツッコミを入れてしまう程に、ワルトナが言っている事は常識外の事だった。


 人は、火山の噴火を止める事は出来ないし、未知の怪奇現象は解決できないから未知なのだ。

 そして最後。

 ランク9の害獣というのは、すなわち、人類にとっての絶望。

 ランクが9、つまり、レベルが90000を超え、抗う事の出来ない生物を倒すばかりか絶滅させるなど、軽々しく口にしていい言葉ではない。


 だが、ワルトナとリリンサの真剣な瞳を見れば、嘘を言っている様には見えないのだ。

 背中に汗が伝っていく感覚を感じながら、ローズハーヴは恐る恐る口を開いた。



「そ、そんな凄い人物がいらっしゃるんですの……?」

「もふ……。いるに決まっている!!実際、本も出ている!!《サモンウエポン=英雄ホーライ伝説!》ほら、これが証拠!」

「あーあ。」


「……えっと、この本ですの?」

「そう!その本は過去の英雄から現在の英雄に至るまで、完全に網羅されている凄い本!!」


「でも、これ……。文芸書ですわよ?」



 リリンサが平均的なドヤ顔で召喚したのは、十数冊の文芸書。

 万が一にも汚れないように皮製のハードカバーが付けられているが、それでもページ開いてみれば、どんな本なのかは直ぐに把握する事が出来た。


 ローズハーヴはページをめくりながら流し読みをして、とある結論に至る。



「あ、これ、フィクションですわ」

「フィクションなんかではない!!これは史実を元に書かれた歴史的価値のある本!」


「定価、1980エドロなんですのね。この本」

「値段が問題なのではない!!重要なのは中身!!」


「口の悪いこの『老爺』とやらが、主人公のホーライですのね?あ、結構面白いですわねー」

「むぅうううう!ワルトナ!この貴族を剥いて捨てよう!盗賊と一緒に!!」


「うん、却下で。その代わり、ここから先の説明は僕が引き継ぐよ。リリンはクッキーでも食べてな。……そい!」

「もぐっふう!もぐもぐもぐ……!」



 リリンサは大事な本を侮辱され、大変にご立腹になった。

 そして、促されるままにクッキーを頬に詰め込んで、再びハムスターに戻っていく。


 そんな癒しの光景をガン無視して、ワルトナは語りだした。



「今リリンが出したのは、『始まりの英雄ホーライ』を主人公にした伝記本さ」

「フィクションではないですの?」


「そこは明言されていない。だからこそ、フィクションのようにも思えるし、そうじゃないとも言えて、物議を醸し出しているんだ。……一般的には、ね」

「一般的には?」


「そう、僕らはこの本の内容が事実だと知っている。しっかりとした歴史書に書かれている内容と酷似しているのを確認済みだからだ。まぁ、随分と読みやすく書かれているけどね」

「へー、そうなんですのねー」


「で、リリンはこの本の大ファンで、英雄に憧れている訳だ。だから、英雄やこの本を馬鹿にするとリリンに噛みつかれるから注意してね」

「神に誓っていたしませんわ。死にたくありませんもの」


「おーけー。で、肝心の内容だが……。英雄という存在は、キミたち一般人じゃ想像もできないような戦力を持っている。一撃でドラゴンを殺すなんて当たり前。これもいいかい?」

「それは……昨日の私なら納得できませんでしたが、意味不明な爆裂を目撃した今、信じる他ありませんわ」


「英雄の力はあんなもんじゃないけどね。で、僕らはその英雄ユルドルードとその息子を探している。……やっとここまで話を戻したよ、長かったなぁ」



 思わずワルトナは溜め息をついた。

 リリンサが話に割って入り、余計な事を言ったせいで話の道筋が大爆発。

 トンデモナイ所に話が流れてしまい、進路修正に追われる……のが、ワルトナの日常だった。

 だからこそ、内心で暴言を吐くのも日常なのだ。


 この、脳みそ胃袋娘め!

 話が拗れまくって三倍の労力が掛るから、黙ってクッキーでも食べてろよ!!

 少しでも多く詰め込んで、脳みそを重くしな!!


 チラリとリリンサに視線を向けてみれば、抱きかかえているクッキー缶の残りが半分ほどになっていた。

 やべ、後10分くらいか。と残り時間を計測すると、ワルトナは足早に話を纏める。



「つまり、物語として語られてしまう程に英雄の力は凄い。そして、そんな人物を僕らが捜している理由、それはね……」

「それは……?」


「神のお導きさ。リリンは『神託』を授けられし子供。英雄と共に世界を救うと予言された選ばれし存在なんだ」

「なんですって!?」


「くっくっく。驚いたかい?」

「えっと、驚くも何も……神託って、なんですの?」


「まぁ知らないよね。面倒だねぇ、無知だねぇ。……やっぱ捨てようかな?」

「やめてくださいましーー!?」


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