第8話「旅の目的」



「なんでっ!!仕えている主人が汚されそうになっているのに!!ゆっくりお茶を飲んでますのッ!!」

「私は3杯飲んだ。執事も3杯!」

「僕は2杯だねぇ。あの茶葉はいい茶葉なのかな?ラベンダーの良い匂いがしたんだよねぇ」



 盗賊に連行されながら、間に合う可能性が限りなく低いと気が付いてはいても、その存在はローズハーヴにとって最後の希望。

 だからこそ、その希望を託した存在がゆっくりお茶を楽しんでいたと聞いて、ローズハーヴの理性は崩壊した。


 令嬢にあるまじき暴言を吐き散らかし、かかとの高いハイヒールでガンガンと足元の岩を蹴りつける。

 泥と涙に汚れた格好も相まって、盗賊の女若頭と見間違う程の酷さだ。



「私は涙ながらに託したのにッ!!一筋の希望だったのにッ!!なんで女の子とお茶してますのッ!?というか、ラベンダーってリラックスしてんじゃないですわよッ!!」

「ワルトナ、何でこの人怒ってるの?」

「さぁ?奪っ……貰って来たお茶の残りがあったよね?淹れてくれるかい、リリン」


「分かった……。はい、どうぞ」

「あ、良い香りですわ。ラベンダーにミント、カモミールも混ざってますのね。……って、完全に仕事終りのお茶ですわこれ!?」



 リリンサが手早く適当に淹れたお茶。

 それでも良い茶葉を使用しているおかげか、それなりのハーブティーに仕上がった。


 そしてそれは自律神経を沈め、興奮状態を抑える効果を持つ特製のハーブティー。

 カップを口元に近づけただけで目尻が下がり、一口飲めば恍惚とした表情になると町で評判のハーブティーは、極限状態を乗り越えたローズハーヴの怒りを沈めていく。


 暫くして心身ともに落ち着いてきたローズハーヴは、改めて二人に頭を下げてお礼を言った。



「本当にありがとうございます。それで、うちの執事を剥いたという話ですが……」

「別にいいじゃないか。どうせ雇って3カ月程度の下っ端執事なんだし」


「……え?な、なぜ3カ月だとお分かりになったのですか!?」

「最近こういう手口多いんだよねぇ。有力貴族の屋敷に潜り込んで内側から犯罪の手引をするってパターン。貴族の中で大流行さ」


「はい?」

「察しが悪いねぇ。キミは執事に嵌められたんだよ。この盗賊の襲撃は計画されたもので、キミを狙った犯行って事。分かるかな?」


「……え。」

「しかも、手引きしているボスはまだ屋敷の中にいると来た。キミ、1か月以内に同じ目に遭うと思うよ」



 さらっと衝撃的な事実を告げられ、落ち着き始めた自律神経がどん底に叩き落とされた。

 ローズハーヴは「そんな……」と呟いて硬直し、揺らぐ瞳を少女達に向ける。



「また、このような怖い目に遭うというのですか?」

「いや、次はいくとこまで行くだろうねー。僕らみたいな清廉潔白な聖女が通りすがるなんて、そうそう起こらないしー」


「上から下まで真っ黒なのに、どこが清廉潔白なんですの?」

「髪は白いだろ。いい加減にしないとキミも剥くぞ?」


「ごめんなさいですわ!調子に乗り過ぎましたの!」



 いつの間にか軽口が飛び交う状態となったが、ローズハーヴにとっては一大事だ。

 実際、これはフーロ家を揺るがす一大事。

 盗賊と関わりを持つ者が屋敷の召使いとして働いているなど、どう考えても未来はない。


 ローズハーヴはどうにか情報を得ようと、背筋を正し表情を引き締めた。



「あの、何でそのような事が分かるんですか……?そもそも、あなた達は一体、どちら様ですの?」

「リリン、自己紹介かもん!」

「りょーふぁいひふぁ……もぐもぐ」


「あ、ハムスターですわ」



 頬袋にいっぱいのクッキーを詰め込んでいるリリンサを見て、ローズハーヴの自律神経が少しだけ癒された。

 ごくごくと可愛らしくハーブティーを飲む姿を眺めてさらに回復させていると、平均的な満足顔をリリンサは溢す。

 自律神経が完全回復したローズハーヴは、しっかりと地面に腰を下ろし背筋を正した。


 そして、僅かに緊張した表情で自己紹介が語られるの待つ。



「私の名前は『リリンサ・リンサベル』。12歳。とある理由により世界を旅している普通の魔導師。得意な魔法は爆発する奴!」

「色んな所がおかしいですわッ!?」


「……どこら辺がおかしい?」

「まず、普通の魔導師は爆発する魔法なんて使えませんことよ!?何ですかアレ、地面が消滅って何が起こりましたの!?」


「あれは主雷撃の爆心地。主雷撃は何十発も打ち込むと干渉しあって威力が高まり、分子レベルで蒸発させてしまう……らしい」

「何を言ってますの!?氷を溶かすのとは訳が違うんですのよ!?」



 当たり前だと言いたいようなリリンサの表情は、『平均的な表情』という表現が最も当てはまる。

 これは、幼い時に途方もない悲しみに包まれたが故の後遺症。

 一時、感情を無くし掛けていたリリンサは、素の状態では特に個性のない無表情で会話をする事が多いのだ。


 当然、笑ったりもするが、それは微笑みの域から出る事は少なく、この平均的な表情がリリンサのスタンダードだ。

 そんな表情で意味不明な事を言われたローズハーヴは、さらに混乱してゆく。



「えっと、お二方が強いのは存じ上げているのですが、ちょっとお若すぎると言いますか……」

「歳とか関係ない。レベルを見て、レベル!」


「はい?そう言えば確認して……ぎゃーー!」



 その叫び声は、天空よりダイブした盗賊と同じもの。

 地獄を見た盗賊達と同じ恐怖をローズハーヴは感じている。



「なんなんですの!?そのレベル、なんなんですの!?」

「なんなのって、これが僕らのレベルだよ。あ、自己紹介の終わったリリンは休憩してていいよ」

「もっふぁっふ!もぐもぐ」



 ここで話に参戦したのはワルトナだった。

 ワルトナは、ふふふ。っと真っ黒い笑顔を浮かばせている。

 リリンサが平均的な表情であるのとは対照的に、ワルトナはいつも感情を前面に押し出した表情を作っている・・・・・のだ。


 そんな作り笑いを向けながら、ワルトナは悠然と語り出す。



「僕の名前は『ワルトナバレンシア』。歳は12歳だけど、不安定機構アンバランスの使徒で、聖女を目指している可愛い女の子だ。よろしくね!」

不安定機構アンバランス……ですの?」


「不安定機構を知らないのかい?」

「えっと、冒険者を管理している組織ですわ」


「そうそう。その認識であってるよ。で、僕らのレベルについてだけどね」

「そうですの!!そのレベル、高すぎますわッ!!私なんて、1620レベルしかありませんのよ!?」



 この世界では、レベルというものは非常に身近な存在だ。

 レベルとは神が作りし概念であり、全ての生物に必ず付随している。


 このレベル表示とは1~99999までの非常に細かいものであり、些細な日常の経験でも上昇する。

 つまり、『人生の経験=レベル』であり、人間の場合は『年齢×100』が平均値とされているのだ。


 ローズハーヴは現在18歳。

 箱入り娘として育てられた結果、レベルの上昇が悪く、平均値以下。

 それを本人は気にしており、レベルの高い人に憧れる傾向があった。

 貴族の家には当然強者が集まるため、コンプレックスが積み上がっていくばかりなのである。


 だが、目の前に現れた少女二人のレベルは『52106』と『59096』。

 これは理解不能の境地であり、一言で言うならば、『化け者バケモノ』なんて呼ばれている最上位冒険者の領域だ。

 ローズハーヴは当然そんな人物に出会った事はなく、口元をひくつかせている。


 ……なお、人間を爆破したり、空から叩き落とした事により、リリンサとワルトナのレベルは2ずつ上昇している。



「なんなんですの!?いくらなんでも、そんなレベル……」

「確かに、一般人は『年齢×100』、冒険者は『2万レベル』で一流と言われているよね。戦闘という命を掛けた戦いをするわけだし、冒険者のレベルが高いのは当然と言える」


「そうですわよ!!一流の冒険者でレベル2万、優れた冒険者でレベル3万、トップクラスで4万と言われていますわ!!」

「よく知ってるねぇ。言いにくいから1万レベルの事を『ランク1』として略して言ったりするわけだけど、ランク4の冒険者なんて非常にレアだしね」


「ですわよね!?なのに何であなた達のレベルは5万ですの!?ランク5なんですの!?!?」

「ドラゴンをブチ転がすと一気に3000くらい上がるからかな?」


「簡単に転がさないでくださいまし!?」

「でも最近じゃ馴れちゃったから、あんまり上がらないんだよねー」


「慣れないでくださいましッ!?」



 レベルとは人生の経験を数値化したものであり、初めての経験はより多くのレベルを得る事が出来る。

 人間は成長する度に新しい事を経験し、既知を広げて行く。

 だからこそ、同年代でレベル差が開く事もそこそこ起こりうるのだ。


 しかし、そういった経験は早いか遅いかの違いでしかない事も多く、例えば『乳歯が抜けた』のも経験としてレベルとなり、『テストで100点を取った』や、『恋をした』なども立派な経験だ。

 それら生活をしていくことで自然と体験する経験を数値化すると、一般人が年間で上昇するレベルは100が平均値なのである。


 そして、同じ体験をした場合、入手できる経験レベルは少なくなっていく。

 歳を重ねるごとにレベルの上昇は緩やかになっていき、やがては壁に行き詰まり停滞するのだ。


 だからこそ、ローズハーヴは驚いている。

 一般人の壁『レベル10000』は、生物を殺す事に慣れると超えられると言われている。

 つまりは、冒険者として害獣を討伐できれば成れるということだ。


 ところが、熟練の冒険者の領域の『レベル20000』になってくると、途端に難しくなる。

 ここら辺から、日常ではまったく経験できない種類の魔法などが起こす超常現象の体験が必須となり、トップクラスの冒険者の『レベル40000』などというのは、一匹で甚大な被害を出す危険生物を一人で狩れるような一級戦力。


 そして、それすらも軽々と越えた、『レベル50000バケモノ』。


 そんな恐怖の存在が、頬袋にクッキーを詰め込んでハムスターになっている。

 ローズハーヴの我慢袋は限界に達し、貴族特有の好奇心を奮い立たせて問いを出した。



「あ、あなた方は、そんなレベルになるまで、一体何をしてきたんですの……?」

「それは、僕らの旅の理由を聞いているって事で良いのかい?」


「そ、そうですわ!」

「わかった。じゃあ答えよう。僕らはね、『人類最強』の息子を探しているんだ」


「人類最強……?」

「そう。僕らはね、レベル99999レベルの最大値であり、空前絶後の力を持つ偉大なる『英雄・ユルドルード』と、その息子を探している」


「ど、どうしてですの?」

「そりゃ、この世界を救う為に、さ」




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