第6話「悪辣なる少女」


「さーてと、僕の取り分たちよ。キミらはとっても脆弱だよね?……なので、出し惜しみなしの全力でかかって来てくれたまえ。待っててあげるからさ」

「ふ、ふざけやがってぇぇ!行くぞお前らッ!」


準備バッファも無しに特攻か。無策だねぇ、無謀だねぇ」



 比較的真っ当な価値観をもつこの三人は、この盗賊一味に入る前から親友同士だ。

 幼い頃から『悪ガキ三兄弟』などと呼ばれる程に仲が良く、揃いも揃って悪知恵が働くという手の付けられない悪童は、真っ当に育ち盗賊となった。


 未だ加入して日が浅いものの、人生を楽に生き抜く先見眼を持つ三人は、それなりな成績を上げておりボスの期待も厚い。

 そんな、盗賊としての輝かしい未来が約束されているはずの三人は、抗いがたき理不尽へ普通のミドルソードを向けて走る。


 それぞれの本能は理解しているのだ。

 戦って生き残れる可能性は……1%以下。

 そして、逃亡に成功する可能性は……0%なのだと。



「ガラスワレ!ラークゥガキ!!何が何でも一撃入れろ!コイツはガキだ!!痛みには慣れて無い!」

「分かったぜ、マンヴィーキ!」

「俺達の連携を見せてやるぞ!」


「おや、自己紹介かい?盗賊のなのに礼儀正しいじゃないか。じゃ、僕もしておこうっと。『悪辣あくらつ聖女見習い』のワルトナ・バレンシアちゃん、歳は12歳です!よろしくね!」



 年相応の満面な笑顔を振りまくワルトナの、可愛らしい自己紹介。

 それはどこからどう見ても、普通の少女が歳の離れたお兄さんへ挨拶をする光景そのものだ。


 もっとも、自己紹介の途中に、絶対に自己紹介では使わないであろう言葉が紛れ込んでいる。

 それは……『悪辣あくらつ』。


『悪辣』とは、『目的を達成する為ならば手段を選ばず、どんな酷い事でも平然と行う』事を差す。

 一言で言うならば、『性質が悪い』とか『外道』とか『情け容赦ない』という意味だ。


 そんな恐ろしきものが、よりにも寄って清廉さの代名詞である『聖女』と結合している。

 さらに、ソレを目指しているという助動詞の『見習い』も付いていた。


 それを踏まえて考えるに、ワルトナは『目的を達成する為ならば手段を選ばない外道聖女を目指す、見習い少女』という事になる。


 それを理解した時、三人の男たちは「なんだそれは!?」と思った。

 そしてそれは、何の変化も生まない誤差だ。


 一瞬たじろいだせいで動きにブレが生じたが、それが有っても無くても、未来に変化はない。

 結局、ワルトナが唱えた魔法により召喚された5本の氷の杭を見て、足が止まるのだ。



「《五重奏魔法連クインテットマジック氷結杭アイスニードル》」


「なんだその、デカイ氷の杭はッ!?」

「ま、魔法なのか!?」

「馬っ鹿、お前、魔法以外に何があんだよ!?」


「正解。ランク4の魔法だよ」

「「「ランク4だとッ!?」」」


「そうそう。ちなみに僕は、この魔法を五回分唱えている」

「「「ご、五回分ッ!?!?」」」


「くくく、キミらは三人いるから三重奏トリオだねぇ。でも僕が唱えたのは五重奏クインテット。あれ?勝ち目がなさそうだよ?ほら、切り札があるなら使った方が良いんじゃないかい?」



 直系30cm、長さ2mの円錐状の氷柱。

 表面はゴツゴツとした氷であり、日の光に照らされて輝いている。

 それらは大気中に一列で並び、ワルトナが指を振ると、切っ先を盗賊三人へ向けた。


 そんな異常物体を見て、正常な思考のままでいられる人物が世界にどれだけいるというのか。

 当然ながら、この三人はその資格を持ち合わせていない。

 口々に、「ありえねぇ……」だとか、「やべぇ……」とか、「こ、怖えぇ……」と言っているものの、そこで思考は止まってしまっているのだ。


 ワルトナはそんな盗賊達へ悪人顔で微笑むと、人差し指を立てて言葉を掛ける。

 まるで、大人が子供に言い聞かせるように、ゆっくりと、そして、ハッキリとした口調で。



「絶対的な力と対峙してしまった場合、時間を掛ける事は悪手である。僕の師が言っていた言葉さ」

「「「な、なに?」」」


「キミたちが勝利を得る為に考えるのと同じく、僕も、絶対的な勝利を得る為に思考を続けているんだ。だから、その差は埋まらない。むしろ、どんどんと広がり悪化してゆく」

「「「こ、これ以上、悪化するだと……?」」」


「そりゃそうさ。同じだけの準備時間を掛けたとしても、取れる選択肢が違いすぎるんだからね。だから、キミらの最善はどんどん浪費されてゆく。さぁ、遠慮はいらない。始めから全力を出したまえ」

「「「う、うわぁあああああ!」」」



 この三人の盗賊は決して馬鹿ではない。

 むしろ賢い方であり、知恵が回るからこそ、地道に働くよりも他者から奪い取った方が効率が良いと知っているのだ。


 それは実際の所、世界が定めし真実だ。

 自然世界では強者は弱者から、あらゆるものを奪っていく。

 弱者を襲い、食い散らかし、己が糧とする『弱肉強食』こそが世界の真理であり、強者と弱者が手を取り合う人間こそが異端なのだ。


 だから、この三匹の盗賊は頭が悪いのではない。

 悪かったのは……運。


 抗えぬ暴力もあるのだと知る経験を得られなかった不運。

 ランク5の魔導師という、人類が長い歴史をかけて作り上げてきた暴力を知らぬ獣であり、秩序を守る人間・・でなかった不運。


 そして知らぬまま、最大最悪の暴力に出会ってしまった不運が盗賊達を襲った。



「剣士ごっこで遊びたいのかい?付き合ってあげるよ。《行け、氷結杭》」

「「「ひぃ!」」」



 盗賊は、必死になって剣を振るった。

 空気を切り裂いて突っ込んできたのは、長さ2mの恐ろしき杭。

 いや、先端を向けて突撃して来ている以上、もう、杭と呼べるような代物ではない。


 一撃で城壁を破壊する『破城杭ビッグランス』。

 そんなものを人の身で受ければ、地獄の果てまで身体が吹き飛ばされると、盗賊達は恐怖している。



「殴れ!殴れ!殴れ!剣で殴れぇ!!」

「おらおらおらおらおらおらおらッ!」

「うらうらうらうらうらうらうるあ!」



 剣は鉄であり、その打ち付ける先は氷で出来た杭。

 勝てるはずなのだ。

 何度も繰り返せば、剣は鉄で、氷は水なのだから、いずれは叩き壊す事が出来るはずなのだ。


 だが、その瞬間は一向に訪れない。

 ワザと低速で振るわれている氷結杭へ百数回の打ち込みをしても、剣の刃先が潰れようとも、剣が耐えきれず折れようとも、その氷は砕けるばかりか減りもしない。

 剣が当たる度に僅かながらに破片が飛び散っているのに、一向に形状が変化しないのだ。


 盗賊達は、困惑した。

 恐怖と同じだけの疑問を感じ、ひたすら叫ぶ。



「なんでだッ!!なんで、折れない!減らないッ!!氷なんだろ、これは氷なんだよ!溶けて無くなるはずだろうが!!」

「氷だからさ。氷というのは水が凝固した存在であり、空気もまた、水が変化したものだ」


「知ってる!そんくらいは学の無い俺でも分かるぞ!だが、氷は溶けるはず。そうだろう!?」

「いやいや。氷は確かに溶けるけども。うーん、氷点下の雪山に氷の塊を持って行ったらどうなると思う?」


「そんなもん、大きくなるに決ま……」

「正解。氷とは水で、空気も水。材料は無限にあるんだし、後は条件を整えてあげるだけだよね」


「ま、まさか……削り飛ばした先から、元に戻って……」

「氷の魔法の一番の利点は再生能力なんだよねぇ。さぁ、良い武器を使わないと、かき氷すら作れないよ!」



 ワルトナに答えを示された盗賊達は、自分達が持っている剣が異常に冷たい事に気が付いた。

 刃先には薄らと霜が付く程に冷え切っており、熱が籠る自分の体とは正反対。


 ここまで来れば、嫌でも理解してしまった。

 氷の杭が冷気を発し、空気中の水分を取り込んで再生している。

 そんな、無限に再生するであろう槍へ攻撃をし続けている自分の愚かさに、盗賊達は気が付いたのだ。


 だがそれでも、続けるしかないのだ。

 目の前の少女が魔力切れを起こすという、砂粒よりも小さい奇跡が起こるのを願って。


 そして、戦場に変化が起こった。



「あ。リリンはもう飽きちゃったらしい。 おお!ナイスシュートだね、リリン!」

「くそおおお!俺達を見てすらいないだとォ!!」


「やれやれ。キミらをこれ以上待っても何も出てこないみたいだね。武器召喚も出来ないみたいだし」

「そんな高位魔法、出来る訳ねえだろうがッ!!」


「うんうん。これ以上戦利品の追加が無いのなら、もう続ける意味が無いよね!じゃ、さよならー《三重奏魔法連トリオマジック空間認識転移テレポスフィア》」

「……は?」



 遥か上空、500m。

 地上から見上げてギリギリ見えるであろうその位置へ、盗賊達は転移した。


 唐突に突きつけられた浮遊感。

『落下する』という日常では経験できない現象に対し、人間はあまりにも無力だ。



「「「う、うわぁああああああ!?」」」



 人間は大気中で落下した場合、空気抵抗と加速度が釣り合い、時速200km程度で留まるとされる。

 そしてそのスピードに達するのに必要な距離は約400m。

 それに「ちょっと足しておこうっと」と100m程プラスしたのが、ワルトナが設定した上空500mという距離だ。



「たすっ!たすけうわぁああああああああああああああ」

「いやだ!いやだ!こんなのぉおおおおおおおおおおお」

「ごめんなさい!ごめんなさいって言ってるのにいいい」


「うーん。聞くに堪えない叫びだ。後悔だねぇ、降下だねぇ」



 盗賊達の人生が終わるまで、おおよそ9秒。

 だが、9秒という時間は、死を体感するには十分すぎる程の時間だ。


 盗賊達は最初の3秒で、自分の状況を把握。

 真ん中の3秒で、自分が向かう先の光景を見て、絶句。

 そして、最後の3秒で生を諦め、泣き叫び、絶望する。


 三人は見てしまったのだ。

 自分達が向かう地上は、まさに……地獄。

 ワルトナの周囲10m。

 そこには無数の氷杭が盗賊達を刺し貫こうと乱立している、氷結地獄が出現している。



「「「ひゃめてぇええええええええええええええええええええええッ!!」」」

「おぉ……神よ。哀れな盗賊に、安息の時を与えたまえ……なんてね!」


「ひゅぶっ!?ごっ!ごぼごぼごぼ……」



 そして、三人は激突した。

 ばしゃああああん!という派手な音を撒き散らしながら、水で出来た緩衝材の中へ潜り込んでいく。


 想像を絶する痛みが来ると身構えていた盗賊達は、確かな激痛を受けながらも、意識が途切れる事が無かった。

 水で出来た円錐の上に着水した事により、時速200kmという勢いは完全に殺されている。

 そして、続く恐怖と窒息により、三人の意識は閉ざされた。


 己が人生を、後悔しながら。



「僕は聖女を目指してるんだ。だから、殺すのは心だけにしてる。慈悲深いだろう?……さ、リリン。追い剥ぎするよ」

「分かった。お宝探して、美味しいごはん!」



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