第5話「理不尽たる少女」

 敵はワルトナと半分こして3人ずつ。

 私の獲物は、歩きながら馬鹿騒ぎをしていた人たち。

 ちなみに、そこにいる一番体の大きい人が偉そうなので、たぶんこのチームのボス。


 ……こんなのがボスか。

 クマどころか、タヌキの群れにすら絶対勝てないと思う!



 自分の取り分の獲物おやつをじっくりと観察し終えたリリンサは、平均的な表情で溜め息を吐いた。

 リリンサ達の目的は金銀財宝を得ることであり、美味しいご飯を町でいっぱい食べる資金を得ることだ。


 二人の旅の本当の目的から外れた行為ではあるが、資金が無ければ人は生きていけない。

『弱肉強食』という言葉が大好きなリリンサは、ワルトナが提案した『盗賊を退治して治安維持に貢献しよう。ついでにお金も奪い取ろう!』という本音が隠し切れていない作戦を嬉々として受け入れ、この場に来た。

 だが、目的の盗賊のレベルが想像よりも低く、あまりオイシイ獲物ではないだろうと失望しているのだ。


 それでも、盗賊の副頭が構えている短剣に魔法陣が彫られているのを見て、「三日分くらいの食事代になるといいな」とぺろりと舌で唇を舐める。

 せめてこれ以上価値が下がらないように、装備品を無傷で手に入れようと考えながら。



「ペード!フィリ!左右に回り込めえッ!」

「「へい!副頭!!」」



 一方、決死の覚悟で動き出したのは副頭の指示を受けた、盗賊2名。

 下っ端二人が持つのは鋭く研いだミドルソード。

 そして、副頭が真正面に構えているのは、魔法陣の掘られた短剣だ。


 この世界において、魔法陣とは身近なものだ。

 冒険者がいない一般家庭にすら、キッチンには発火の魔法陣が彫られた道具があるし、トイレには水を溜める魔道具が仕込まれている。

 魔力という、生物学上でもまったく解明できていない謎のエネルギーを使い起動するそれらは、文明的な生活には欠かせない。


 それら生活必需品には安全装置が施され、生物を瞬時に傷つける程の威力が出せないようになっている。

 だが、副頭が持つような戦闘用の魔道具となれば、話は別だ。


 副頭が持つ魔道具『不意打つ小指クリティカルペイン』は、敵の痛覚神経を刺激し、外傷以上のダメージを受けたと誤認させる魔道具だ。

 この短剣に切り付けられた場合、例えかすり傷でも骨に達する程の重傷のように感じ、恐慌状態に陥る。

 必要以上に”商品”を傷つけたくない盗賊にとって、非常に便利な道具だ。


 それを基軸にした、三位一体攻撃。

 盗賊の必殺の陣形であり、左右からの遊撃を敵が対処している間に、真正面から副頭がこの短剣で刺し貫く。


 自分達の10倍のレベルを持つ、化物。

 熟練の冒険者でもないかぎり、関わりを持つことなんて無いはずの、化物。


 そんな化物相手に対し、盗賊は最も慣れ親しんだ攻撃を行った。

 願わくば、化物が盗賊達の良く知る行動を起こし、自分達の策に嵌ってくれる事を願いながら。


 だが、それが起こらないから、この少女たちは化物なのだ。



「ふーん。《第九守護天使セラフィム》」

「なにッ!?微動すらしないだとッ!?」



 バッキィィィィィン!!



「なにぃぃぃぃぃ!?剣が折れただとぉぉぉぉぉぉぉ!!」



 盗賊二人は、まさに棒立ちしているリリンサへ、上段斬りと横薙ぎを繰り出した。


 そして、同時に着刀したミドルソードは、リリンサに触れた段階でバキィィィィィン!という甲高い音を立てて折れた。

 剣の破片が煌めいて、舞う。

 それは盗賊達にとって、予定外すぎる事態だ。


 盗賊達の狙いは、リリンサが回避行動を行う事だった。

 上横同時攻撃という対処が難しい攻撃に対し、無理に回避を行ったリリンサがバランスを崩す。

 その隙を突き、卓越した技術を持つ副頭がトドメを刺すというのが、必勝パターンだった。


 だが、リリンサはそもそも、回避を行わなかった。

 なぜなら、回避を行う必要性を感じなかったからだ。


 リリンサが詠唱を破棄して唱えたのは、ランク7の魔法『第九守護天使』。

 防御魔法というカテゴリーにおいて、この魔法よりも強固な魔法は存在していないとされている最高峰の防御魔法。

 そんな、ドラゴンと戦う時に長い時間を掛けて準備されるような魔法を、ただのミドルソードが傷つけられるわけがない。


 理不尽を超えた何かに挑んでいると知らない盗賊は、必死になってミドルソードをリリンサに打ち付ける。



「なんだこれは!?何だこれはッ!?!?人間を切った感触じゃねえぞ!?」

「それはそう。あなた達の剣は私の防御魔法『第九守護天使』に阻まれ、届いていない。そんな当たり前の事で驚かないで欲しい!」


「当たり前ぇぇぇぇぇ!?こんな異常事態が当り前だとォ!?」

「これくらいできなきゃ、冒険者は名乗れない」


「そんなわけあるかぁああああああああああ!!」



 盗賊達の必死な叫び。

 それこそ、一般常識で言えば当たり前の事だった。


 魔法には種類がある。

『火』『水』『風』『地』『光』の五属性の攻撃魔法。

 身体強化の『バッファ魔法』。

 治癒を促す『回復魔法』。

 そして、敵の攻撃を防ぐ『防御魔法』だ。


 この防御魔法とは、敵が放って来た攻撃に対する保険として使用される事が多い。

 なにせ、防御魔法とは『いつ壊れるか分からない見えない盾』と表現される程、不安定な代物なのだ。


 普通の盾ならば、手入れを行い状態を把握しておくことが出来る。

 だが、防御魔法は事前に手入れをする事は出来ず、現在どんな状態なのか、後どのくらい攻撃を受けられるのかが把握しづらい。

 それに、剣撃を始めとする物理攻撃の場合は、防御魔法が破壊された瞬間に致命傷を受ける事になる。


 だからこそ、防御魔法というものは、遠距離攻撃に対する備えとして使用されるのが一般的だ。

 リリンサがふてぶてしい平均顔で言った様に、『防御魔法があるから回避しない』なんて、あり得ない暴挙なのである。


 そして、苦し紛れに盗賊達はミドルソードをリリンサに叩きつけ続けた。

 その度にミドルソードは短くなっていき、やがて持ち手のみとなったが、それでも必死になって殴る。


 しかし、返ってくる感触は鉄を殴るそれと同じであり、一切の変化が見られない。



「「くそおおおおおおおお!!」」

「何してやがるッ!どけえええ!!《かの地にて、湖すらも飛び越えん。発動せよッ!!……地翔脚ラピッドステップ!》」

「あ。一応、魔法使えるっぽい」


「「退きました!副頭ぁ!」」

「くらえ!、魔法タックル……」

「でも地翔脚とか、……しょぼすぎ。《飛行脚フライトステップ》」



 作戦が失敗したと判断し、副頭は瞬時に戦略を変えた。

 なだらかな傾斜とはいえ、ここは山の中腹だ。

 数m先には切り立った崖があり、そこから落ちれば転落死は免れない。


 だからこそ真正面からの特攻ではなく、右側からの突撃へと副頭は進路を変更した。

 そして、そのタックルは普通の人間が出せる限界のスピードでリリンサに迫っている。


 ランク2のバッファの魔法『地翔脚』。

 魔法の力により体中の力の流れが最適化され、最高のコンディションを引き出す魔法だ。

 そんな状態で体重90kgの大男が、小さな幼女にタックルをぶちかまそうとしている。


 それは、見るに堪えない惨状が待ち受けているというのは、明らかな事だ。

 だが、盗賊側が見ている未来と、少女側が見ている未来は大きく異なるものなのだ。


 リリンサが使用したのは、ランク4のバッファの魔法『飛行脚』。

 この魔法は『地翔脚』の完全上位互換であり、効果は体の最適化に加え、とある一つの特殊能力が備わっている。



「いくよ。その鼻を、蹴り飛ばす!」



 そしてリリンサは、空気を踏みしめて、空を翔けた。

 見えない階段を駆け上がる様に、リリンサの立ち位置が高くなっていく。


 その後はもう、見るに堪えない惨状だった。

 あっという間に空中を駆け上ったリリンサは、足元にある副頭の頭を見下ろす。

 そして、まるで地面に置かれたボールを蹴るように、リリンサは盗賊の副頭の頭めがけて右足を振るった。



「えい。」

「どっ!!!げッふぅうううううううううう!!」

「「ふ、副頭あああああ!?!?」」


「おお!ナイスシュートだね、リリン!」



 遠くから歓声が聞こえ、リリンサは小さくVサインを作って微笑む。

 その部分だけ切り取ってみれば、少女サッカーの一場面に見えるだろう。


 なお、蹴り飛ばされた副頭は、凄まじい勢いで岩壁に叩きつけられ動かなくなった。



「さて、次はあなた達。あ、そうだ。いい事を思いついた」

「「うわぁぁぁ!?絶対ヤバい。逃げろッ!!」」


「《二重奏魔法連デュオマジック第九守護天使セラフィム》」



 そして、一目散に逃げ出そうとする盗賊達へ、暖かな感覚が襲いかかった。

 それは、ある種の全能感を秘めた、言い表しがたき多幸感。

 荒んだ人生を送ってきた盗賊達が忘れていた、母に抱かれた安心感だ。


 その力を体で感じた瞬間、盗賊達は足を止め、ゆっくりと振り返る。



「「なんだ……これは?」」

「第九守護天使。防御魔法の中で最も堅く、あらゆる攻撃を無効化出来る」


「あ、あらゆる攻撃を無効化……だと……?」

「あなた達は防御魔法の利便性を知らないっぽい。せっかくだし、体験してみるといい」


「……は?何でそんな事をした……?俺達は敵同士で戦ってるんだろ?」

「うん。戦ってる。……だから、これで、致命傷はおろか、並みの攻撃では傷一つ受けない状態となった今なら、私のそこそこ本気な魔法を受けても死ぬことはない」


「「……え?」」

「これはあなた達への餞別みたいなもの。こういう恐怖体験は体感しないと分からないし、じっくり味見して、これからの人生に役立てるといいよ」


「え。ちょっとま――」

「《二十重奏魔法連ヴィゲテットマジック主雷撃プラズマコール!》」



 それは、天雷だ。


 平均的な表情で唱えられたのは、光魔法『主雷撃プラズマコール』。

 空に渦巻く魔法陣が放つ、人間が抗いがたき破壊の雷。

 それを対策も無しに直接体に受けたのならば、体中の神経細胞が熱断され、致命的な傷を負う。


 そんな、可愛らしい少女とは無縁すぎる破壊の力はランク5。

 使用できる人物は『大魔導師』と呼ばれるような魔法でありながらも、魔法は1から9までの9段階でランク分けされており、この主雷撃は中位に位置する。


 だからこそ、リリンサはこの魔法に付け加えた。

二十重奏魔法連ヴィゲテットマジック』。

重奏魔法連マジックアンサンブル』と呼ばれる魔法の発動回数を増やすこの魔法で、リリンサは『二十重奏ヴィゲテット』を指定した。


 ……つまり。

 発動される魔法の回数は、20回。

 たった一発ですら死が保証される魔法20発が、盗賊達を襲う。


 デュドドドドドドドドドドッ!!!



「ぎゃあああああああああああああ!!」



 灼熱の閃光が蠢く世界で、盗賊達が叫ぶ。

 木端微塵に砕けて行く地面を見て、巻き上げられた剣の破片が爆裂していく恐ろしき光景を見て、絶叫する。


 デュドドドドドドドドドドッ!!!



「ぎょえええええええええええええ!!」



 盗賊達へ叩きつけられているのは、普通の人生では体験することのない、理不尽を超えた暴力。

 どれほどの人間が、石が蒸発する瞬間を見た事があるというのか。


 程なくして収まった蹂躙場所には真っ黒いクレーターが出来あがっており、その中心に二人の盗賊は倒れていた。



「ん。第九守護天使は壊れていない。……けど、心は木端微塵」



 盗賊たちは一見して無傷だ。

 実際、体のどこを調べても外傷らしい外傷を発見することは出来ないだろう。


 だが、盗賊達の心は砕け散っており、ただ息をするだけの何かに変貌している。

 それを確認したリリンサは、自分の狙い通りの結果になったことに対して満足し、微笑んだ。



「抗いがたい暴力とはこういうもの。だから、盗賊なんてやめた方が良い。割に合わないと思う!」

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