第2話「冒険者・リリンサとワルトナ」


「はぁー。そろそろ見えても良いと思うんだけどねー」

「さっきの執事バトラーも、真っ直ぐ行けば出会えると言っていた。もう少し進んでみよう」


「んー。リリンが言うならそうしようかねぇ。ははは、僕一人ならとっくに諦めて、違う作戦を立てているよ」

「労働の後のご飯はおいしい。ここは頑張って、おいしいご飯の糧にしよう!」



 軽快な口調で話しながら、リリンサとワルトナは山道を登っている。

 彼女たちは、『とある目的のため』に世界を旅している冒険者だ。

 そして、その目的を果たす為に立ち寄った町で耳寄りな情報を聞きつけ、軽い気持ちで登山を楽しんでいるのだ。


 二人が登って来たのは、標高1000m程の小さな岩石山。

 道は整備されており、木々が無い為に見晴らしも良い。

 登山初心者たる二人が登るにしても、苦労することの無い平凡な山だ。


 それゆえに、登山の友となる軽口がはずむ。

 話題は、青い髪の少女リリンサの趣味についてだ。



「ほんと食べ物の事しか頭に無いよね、リリンって。基本的に食事の事しか考えてないし、もしかしてキミの頭蓋骨の中には、脳みその代わりに胃袋でも入っているんじゃないのかい?」

「うん。自分でもそうなのではと思う!」


「認めるんじゃないよ!少しは否定しろ!」

「でも、ご飯はおいしい。食べると幸せになれる!」



 くっ。この食べキャラめ。

 キミの食費に一体いくら掛っていると思うんだい。……僕の3倍だよ、3倍!!


 リリンサの食べっぷりに常日頃から言いたい事があったワルトナは、さりげなく野次として飛ばし、改善を計ろうと画策していた。

 しかし、リリンサの防御力は鉄壁。

 脳味噌が胃袋な彼女には、皮肉や野次は効かず、逆にワルトナがダメージを受けるという悲しい結果になる事が殆どだった。


 これは長期的な戦いになるなと覚悟しつつ、ワルトナは再び軽口に戻ろうとして、隣を歩くリリンサが立ち止っている事に気が付いた。

 そして、素早く物陰に隠れながら、鋭い眼光をなだらかな傾斜の先へと向ける。



「噂をすればなんとやらだねぇ。ほらリリン、獲物が居たよ」

「……よし、魔法で吹き飛ばそう!!」


「だめだこれ。頭が胃袋でなんにも入ってないや。空腹って奴だね」

「流石に冗談。……お宝があると良いね」


「それは大丈夫さ。とびきりのお宝が、……ほら、歩いているだろう?」

「分かった。怪我をさせないように、慎重に行動しよう。《サモンウエポン=星丈―ルナ》」


「おーけー。《サモンウエポン=黒杖―ススキ》」



 たった今、手ぶらで山を登っていた二人は、登山をしている目的を発見し行動を起こした。

 魔法を唱えて、己が扱う主武器を召喚したのだ。


 この世界には、『魔法』が存在する。

 神がこの世界の概念として想像したその『魔法』という存在は、世界の理そのものだ。


 世界の理とは、『生命は寿命を持つ』『生命は単体では生きられない』『生物は何らかの方法でエネルギーを得なければ死ぬ』『知恵ある者は言語に縛られる』……など、人類がどれだけ知恵を絞ろうと、神の領域に辿り着かぬ限り超えられぬモノ。

 そんな物の一つとして想像されたのが魔法であり、この世界そのものと例える事が出来る。

 そして、その魔法を扱える者の事を『魔導師』と呼び、冒険者という職業には欠かせないものだ。


 二人ともが黒い魔導服に身を包んだリリンサとワルトナは当然、魔導師であり、岩石の裏側に身を隠しながら杖を魔法で召喚した。

 魔導師は、魔法を効率よく呼び出す為の道具として魔導杖を使う。

 特に、精密なコントロールが必要な戦闘には欠かせないものだ。


 そうして、二人ともが当たり前な顔して行ったのは、ランク5の召喚魔法、『召喚契約履行サモンウエポン』。

 ランク5という、常人には不可能な領域の魔法を軽々と扱い、本日の獲物を見据える。



「んー、大人のくせに楽しそうだね。騒いでるねぇ、無邪気だねぇ」

「無邪気?悪い人なんじゃないの?」


「悪い人だって、楽しい事や嬉しい事があったら無邪気にはしゃぐものさ。キミだって美味そうな食事の前じゃテンションアゲアゲになるじゃないか」

「そんなの当たり前。ご飯を前にして静かにしているなんてあり得ない。それが美味しそうな物なら特にそう!」


「ははっ、食べキャラだねぇ、ブレないねぇ。さてと……リリンはどうしたい?あんな奴ら、策なんて必要ないだろうけどさ」

「そうだね。あの盗賊達はレベルが1万を・・・・・・・超えていない・・・・・。あんな雑魚じゃ私達の敵になりえないし、真正面から行こう」



 この世界には、もう一つ、神が作った重要な概念がある。

 

 『レベル』

 

 それは、その生物が歩んできた歴史そのものだ。

 人生の経験値を神の定めたルールに従い数値化されたその神聖な数字は、全ての生物が意識を向けることで視認できるようになり、通常、対象物の近くに表示されるものだ。


 岩陰から目を凝らして、二人は盗賊達を見やった。

 そして、その目にレベルを映す。



 ―レベル3029―

 ―レベル5621―

 ―レベル2110―

 ―レベル7832―

 ―レベル2525―

 ―レベル8825―

 ―レベル4125―


 合計7人の盗賊達は、悠々と山道を歩いている。

 己が悪行を、悪びれもなく正しい道だと信じ切り、ぎゃははと酷い笑い声をあげながら。


 そして、盗賊の群れの中には、薄く汚れた令嬢がいた。

 場違いな服装は、盗賊達の仲間では無いと示唆している。



「いやー。まさに盗賊って感じだね。人攫いもしてるしさ。まさにテンプレってやつだ」

「テンプラ?そんなに美味しそうに見えない。いいとこ雑草。雑草なので茹でても食べられない!」


「おかしいな。いつ食べ物の話になったんだい?不思議だねぇ。可愛いねぇ」



 リリンサの天然ボケを華麗にスルーしつつ、ワルトナは意識を盗賊に向ける。

 一応の考察をしてから、戦略をリリンに告げた。



「リリン、出来るだけ相手を痛めつけよう。その方が効率は良いし、何より相手は悪人だ。お仕置きも必要だからね」

「分かった。本気でブチ転がす!」



 今、リリンサとワルトナが狙っている獲物、それはこの岩石地帯に根城があると噂されている盗賊だった。


 ―岩山に住む盗賊は、薄汚れちゃいるが、金銀財宝をしこたま抱え込んでるって話だ―


 この話を料理屋で聞いた二人は、自分たちの目的達成の為に必要なものがそこにあると判断し、軽い気持ちで山に入った。

 そんな二人に必要なもの、それは、……現金。


 結局、何をするにしても、通貨という概念がある以上、金を手に入れなければ話にならない。

 年若くおおよそ美少女と言っていい二人組なら金を稼ぐ方法もある事にはあるが、この二人には飛びきりに特別な方法が用意されていた。


 この少女達は幼い。

 幼いが故に、色んな物が欠如している。

 それは、『倫理観』と呼ばれたり、『道徳』と呼ばれたりする、人としての『常識』。


 この少女達は、「盗賊が持っているものは盗品、ならば、奪われても文句は言えない」と自分の価値観を笑顔で振りまわす。

 そして、最も問題だったのが……。

 それを達成せしめる、実力がある事だ。


 何の気なしに、リリンサとワルトナは、お互いのレベルを見合い、頷く。



 リリンサのレベル……『52104』。

 ワルトナのレベル……『59094』。



 人としての『常識』を超え、他人に危害を与えてはいけないという『道徳』が欠落し、これは使命なのだと間違った『論理感』を振りまわす。

 そんな、恐ろしき戦闘力を秘めた二人の少女は、ひたひたと、静かに足音を忍ばせて盗賊に近寄ってゆく。


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