第3話 ピノキオと行水
夏休みの半分くらいをおばあちゃんの家で過ごすしめじ君だったが、そんな一時的な田舎暮らしでは友達はできず、遊ぶにしても、新町のおじさんとたまにお出かけする以外はもっぱら一人遊びをしていた。
去年の失敗から、今年は、無理を言って、お父さんの車に自転車を積んでもらったから、自転車乗りという遊びがひとつ増えた。
といっても、公道を自転車で走るのは小学3年生からと学校で決められていたので、しめじ君は、向かいのお寺さんの墓地に行って自転車に乗った。
しめじ君の自転車はピノキオという名前の竹色をした自転車で、去年の小学1年生の時に買ってもらった。本当は、しめじ君が普段住んでいるアパートの子どもたちに大人気だったピーターパンという自転車が良かったのだが、半円形の独特のハンドルが幼稚っぽいとお父さんに反対されて、それよりも少し大人っぽいピノキオを買ってもらったのだった。
もちろん、最初は、補助輪付きで乗ったが、すぐに、外しても乗れるようになった。
いつものように、向かいのお寺さんの山門の前で一礼をしてから、墓地の中に入って行く。墓地は、お盆のシーズン以外は、お参りに来る方もほとんど居なくて閑散としていたから、しめじ君は、お墓や杉林にぶつからないように、だけど、全速力でペダル漕いだ。言ってみれば、お墓がちょっとしたレース場みたいな感じだった。くねくねと曲がって続いている墓地の通路、大きなお墓もあれば、誰のものかとうにわからなくなった小さな無縁仏の墓石も点在していたので、それ相応のハンドルさばきとブレーキさばきが必要で満足がいくスリルを味わえた。
が、しかし、その日は、右に急カーブを切った時に墓石にペダルを引っ掛けて転倒した。
「い、痛てえ」
右足の膝小僧を大きく擦りむいたしめじ君は、お墓の石に傷がついていないことを確認してから自転車を引いておばあちゃんの家に帰った。
「おばあちゃーん!おばあちゃーん!消毒ない~?」
「ありゃま、どうしたん?そんなに擦りむいて」
「自転車で転んだの。それより、消毒!」
「もう、ほんと、危ないんだから~」と言いながらおばあちゃんが、オキシドールと脱脂綿を持って来てくれた。
「あいてててて」
「もう… これくらい我慢せ。フーフー」
おばあちゃんは、そうやって、消毒しては息を膝小僧に吹きかけた。
「今日は、お風呂が休みだから行水だよ」
夕方になって、おばあちゃんは、リクライニングチェアに座ってテレビを観ていたしめじ君に言った。
(こんな擦りむいているんだから、あんな熱い銭湯に入らなくて済んで良かった)
と、しめじ君は思った。
カナカナカナカナ
ひぐらしが鳴く夕方6時前、この前、どじょうを入れたたらいを裏の庭に出してそこに水をためて行水した。
「あいててててて もう、おばあちゃん、そこ、怪我したところ!」
「ああ、そうらったね、ごめんごめん」
白いシミーズ姿のおばあちゃんがそう言った。
(もしかして、お寺の仏さまが、お墓で自転車乗り回すんじゃない!って怒ったのかな…)
そんなことをしめじ君は考えながら、おそるおそる水を膝に掛けた。
*近況ノートに、自転車の画像を貼っておきました。
https://kakuyomu.jp/users/daidai1112/news/16817330662134885949
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