第42話 第二部 その1初日
当初の予定通り、僕たち四人は池袋から特急に乗る。
いよいよ二泊三日の冒険の始まりだ。
ボランティアの男性は、現地で合流する予定になっている。
宿泊場所は、山の麓の少年の家。
ボランティアの加藤さんを含め、五人で予約してある。
最寄りの駅には、送迎用のワゴン車が待っていた。
ワゴン車は急な坂道と連続するS字カーブを走って行く。
窓から見える景色は、木々の緑と遠い
「あっ!」
窓際に座った僕は、思わず声を出した。
「どうした?」
隣席の透琉が訊く。
「あ、え、いや……。何でもない」
きっと。
きっと見間違いだろう……。
僕は困った顔をする。
目ざとい透琉が更に訊いてくる。
「気になるよ。話して」
「う、うん」
僕は諦めて透琉に言う。
昼間でも薄暗い木陰に、一人の少女が立っていた。
あんな山の中で、何をしてるんだろうって。
「まさか、噂の吸血少女? なんてね」
透琉はミネラルウォーターを飲み込む。
まだ昼間だしね。木陰は薄暗いけど。
「きっと地元の人か、観光客だね」
話はそこで終わった。
僕は、ほっとした。
車に乗って小一時間で、宿泊所である「T市自然少年の家」に着いた。
祥真は車酔いしたみたいで、車を降りた途端にゲロってた。
館内に入ると、受付側のソファで寝ている人が居た。
工事現場で作業する人みたいな服装で、顔に麦わら帽子を乗せている。
男の人だ。
透琉が受付の女性に話かけている。
「ああ、引率者の方、もう来てますよ」
受付の女性はソファで寝ている男性を指差した。
「加藤さん、生徒さん来ましたよ」
麦わら帽子を外し、起き上がった男の人は、ボサボサの髪と眠そうな目をしていた。
僕たち四人は揃って挨拶をした。
加藤さんは、一人一人と握手する。
作業員かと思ったけど、掌は割と柔らかい。
いかにもおっさんぽい雰囲気だ。
でも笑った顔は、結構若かった。
「基本、俺は適当に好きなことをしているから、君たちも自由に動いていいぞ。ただし、一日何回か点呼取るから。あ、あと……」
加藤さんは、ぐるりと僕たちの姿を見た。
「山歩きするなら、長袖と長ズボン。首にはタオルを巻いておけよ」
「「「「はあい」」」」
◇◇初日◇◇
初日は「自然少年の家」の周辺探索を行った。
丘陵地帯というけど、僕たちの目から見れば山奥だ。
陽ざしは強い結構強い。でも風が吹くと心地良い。
上り坂の途中に自販機があったり、渓流釣りをしいている人も結構いたりする。
「夜になったら、真っ暗になりそう」
佳月が言う。
コンビニもないし、民家も少ない。
「肝試し、しやすそうじゃん」
透琉が目をパチパチさせながら言った。
「あれ? 透琉、目どうしたの?」
「なんか、ちょっと眩しくって」
僕は透琉を日陰側にして歩いた。
夕食後、就寝は九時ってルールなんだけど、僕らは天井の電気を消して、部屋の真ん中に集まった。
お菓子の袋を開けて、炭酸飲料で乾杯する。
「俺らの最後の夏にカンパーイ」
なんて祥真が言うので、皆、缶をぶつけ合う。
「加藤さん、わりと良い人っぽい」
「うん。うるさいこと言わないし」
「フリーターかな?」
「どうだろ?」
最初はどうってことない話。
そのうちに恋バナ。
「ねえ、なんで透琉、カノジョ作んねえの?」
いきなり直球で佳月が訊いた。
「え? ああ、別に欲しいとか思わないし」
「なにその余裕! コロス!」
透琉の答えに祥真が首を絞める素振りをする。
「そういう祥真こそ、イッコ下の女子とデートしてたじゃん」
「あひっ! ち、ちげーよ、それ。誤解誤解」
ぼそっと佳月が言う。
「俺、透琉は
僕の胸が小さく鳴った。
やっぱり。
そう思ってたの、僕だけじゃなかったんだ……。
「え、陽葵? ああ、委員会一緒だからな。うん、仲は良いかも」
「だろ?」
「でも、あんましアイツに女感じないっていうか」
こういう話題になると、僕は入れない。
みんなも、敢えて僕には話をふらない。
有難いんだけど……。
それはそれで、寂しい気分にもなる。
遠くで梟の鳴き声がした。
「そろそろ寝ようか」
「そうだね」
透琉が小声で僕に言う。
「俺、長袖シャツとか、持ってくるの忘れた」
「良いよ。僕のでよければ貸すから」
「サンキュ」
その夜。
僕は夢を見ていた。
山の中、僕は走る。
追ってくる人影。
女性だ。
長い黒髪。着物を着ている。
走りながら僕は振り返る。
追ってくる女性は、同じクラスの陽葵だった。
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