第38話 三十五章 重箱の隅をつつくと、たまに豆が取れたりする
公園での聞き取りやら、樹梨の入院手配やらが終わって、加藤は憲章に誘われ、というか強引に実家へ顔を出した。
加藤の父と母は、夏らしく浴衣を着て、二人でで線香花火で遊んでいた。
「あら、嫌だわ。遊んでいるのではなくてよ」
「そうだぞ、わしは今日、久しぶりに凧揚げやって、ちょっとくたびれたからな。癒しが必要なんじゃ。癒しが」
そう。
公園で、黒いカイトを引っ張ったのは、加藤の父宗太郎である。
彼は不肖の息子の願いを聞いて、公園の改装許可を取り、改装費用まで出した。
だから、自分にも何か役割を寄越せと、加藤に詰め寄ったのだ。
「心配するな。こう見えてもガキの頃は、『人形町の凧揚げ坊主』として名を馳せていたのだよ」
今のアンタは『タコ親父』だがな。
加藤はそう言いたかったが我慢した。
「ええと。おかげ様で、取り敢えずは無事に検証できました。今夜は御礼を申し上げるために、やって参りました」
加藤は些か棒読みだが、事前に白根澤に教わった挨拶をする。
父も母も鷹揚に頷く。
「つきましては、ささやかながら、こちらを」
これもまた、白根澤が『手ぶらで行かないように』と持たせた菓子折りを差し出す。
「あらあら。どしたのかしら、誠作。前世の記憶でも蘇ったの? いやに立派じゃない?」
何を言っているのだ、この母は。
加藤は、突き出しそうになった唇を横に広げる。
「まあまあ母さん。猿が人間になるためには、労働が必要らしいぞ。誠作も翠子ちゃんに鍛えられて、きっと人造人間からヒューマンになったのだよ、多分」
多分て何だよ。
俺は猿なのか。アンドロイドか!
もう、絶対帰って来ないと決意する加藤だったが……。
「父さんも母さんも、やはりせいちゃんが帰って来ると、嬉しそうですね」
役人の笑顔を貼り付けて、憲章が言う。
「憲章が帰って来たら、もっと嬉しいぞ」
政治家の表情を練り上げて、加藤宗太郎が断言した。
「まあ、夏休みが終わったら、例の公園、また工事して元に戻すから、遊ぶなら今のうちだぞ、誠作」
「遊ばねえよ!」
帰りがけ、摩利支天・木田が加藤を呼び止めた。憲章は宗太郎と一献傾けるらしいので、加藤だけ先に帰ることにした。
「奥様からです」
紙袋の中には、何冊かの本と、白い封筒が入っていた。
恭しく受け取り、加藤は自分の住まいに帰る。
袋に入っていたのは時代小説。
江戸町奉行の
ああ、そうか。
それなりに母も、気を使っているのかと、加藤は思った。
遠山金さんの父親は、恩ある養父の子どもを自分の養子にしたが、後に実子の金さんが生まれて、いろいろと悩んだと伝え聞く。
憲章は、加藤宗太郎の恩人の一人息子だ。
恩人夫婦が不慮の死を遂げた後、残された憲章を宗太郎が引き取って養子縁組をしたのである。
血が繋がってなくても、加藤にとって、憲章は立派な兄である。
立派過ぎるから、 少々、息苦しいだけだ。
「親父の跡は、絶対憲章に継いでもらおう」
夏の夜は徐々に、闇を剥いでいった。
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