第32話 三十一章 親子や兄弟姉妹の関係は、外からじゃ分からないんだ

 ロウソクを使った時限発火の仮説を聞いた篠宮は、薄く笑う。


「真面目に聞くのも馬鹿らしいな。そんな手品のような方法で、放火なんて」

「練習したんだろ、何回も」

「何だと?」


 加藤はぐるっと周りを見て、音竹の顔を確認する。


「こっからの話は長くなるんだ。そして、君には不愉快な内容かもしれない。

それでも聞き続けることが、君は出来るか?」


 音竹は相変わらず青白い顔をしている。


「はい。僕は諦めて生きていました。弱い体を持て余しながら。それが邪気邪霊の仕業なら、仕方ないと思って。……でも」


 ハンカチで汗を拭いながら、音竹の目に光が宿っている。


「理由を知りたいです。さっき、女性のお医者さんに聞きました。僕の頭痛は簡単に治るって。でも、教えてくれなかったんです。母も。……篠宮先生も。その理由を知りたい。僕の体のことと、火事が起こったことに関係があるのなら、僕は最後まで、話を聞きたいです」


 加藤は深く頷く。

 音竹の背後で、蘭佳が得意げな表情をしているのは見ないふりをした。

 音竹の母は、首を横に振っている。

 音竹樹梨の顔には、深い疲労が表れていた。


「君の気持と決意はよく分かった。じゃあ、少し場所を変えよう。ここは狭くて息苦しい」

「せいちゃん、会館取ってあるよ」


 憲章はアパートの近くにある、公的施設の一室を押さえたようだ。

 こういう時に、官僚は役に立つ。


 再度公園の敷地に入ると、夏の陽はゆるゆると傾き始めていた。

 カラスやムクドリが騒いでいる。

 

「あっ! 翼竜」


 氷沼は空を指差す。

 黒い大きな翼が、公園の上空を横切っていくのだ。

 篠宮は唇を噛む。


「ああやって、練習したんだよな」


 加藤は篠宮に訊くが、答えはなかった。

 翼竜と指さされた物体は、音竹の家の方に消えて行った。



 憲章が確保した会議室は、公園から徒歩数分。

 中に入るとエアコンが効いていて、一同ほっとした。


「はいどうぞ」


 白根澤はボヨンボヨンしながら、全員に麦茶を配っている。

 相変わらず、どこでもマメな性分だ。


 皆がひと息ついた頃、ホワイトボードの前に加藤が立つ。


「元々は、音竹伸市君の入学直後の訴えだった」


『僕は、自宅以外のベッドで寝ることが出来ない』


 加藤は話始める。


 そして日々の症状から、音竹が抱えているであろう疾患は、起立性調節障害と、脳脊髄液減少症と推測した。

 しかし、主治医という存在を抱えていながら、音竹は適切な治療を受けていない。

 なぜだろう。

 そして、夏休み前に、音竹は自分を責めるような発言をしていた。


「どうしても夏休み中に、彼の抱える悩みを少しでも、俺は軽減したかった」

「なるほどね」


 憲章が顎に指先を当て、納得していた。

 憲章に向かって、音竹はペコリと頭を下げていた。


「そ、それは良い。だが、なんでそれが、ロウソクだのバルーンだのに繋がるのだ」


 少しは冷静になったのか、頭髪を整えた篠宮が、足の長さを見せつけるように椅子に座っている。


「ここからは、俺の推測混じりになる。だが、補完して貰うために、音竹のお母さんのお姉さんを呼んだ」


 椅子に座ったまま、長尾が軽く頭を下げる。


「大元は、十数年前の話からだ。そこに来てもらった長尾亜都子氏の婚約者だった、音竹伸彦氏と、長尾氏の妹である樹梨氏が、樹梨氏の妊娠によって結婚した。そして生まれたのが、伸市君だ」



 音竹の母は俯いたまま、肩を震わせている。

 音竹は、硬い表情ではあるが、前を向いている。


「音竹伸彦氏は、伸市君が生まれる前に事故死された。ここからは俺の推測に過ぎないが……。樹梨氏は夫の死によって、パニック状態になったのだろう。姉の婚約者と結婚したことで、長尾氏とは勿論、樹梨氏の実の両親とも縁を切られていたようだし」


「……そうです。みんな、冷たかった。私ばっかり責められた」


 音竹樹梨が、ぽつりと言う。

 本音だ。

 

「そこで、樹梨氏の助けになったのが、近所にいた占い師、篠宮啓子氏だった。噂だが、篠宮啓子氏は、霊能者だったそうだ。きっと樹梨氏の心の傷を、癒してもくれたんだ」


「ええ。優しかったです、啓子先生」


「そこで、時折篠宮啓子氏のところへやって来ていた、篠宮亘氏と出会う。亡夫の知人で医者の篠宮氏に、樹梨氏はすぐに依存するようになった」


「それは順序が逆だ」


 意外にも冷静な篠宮の声だった。


「音竹は、良い奴だった。彼の事故死を知り、音竹の家まで行って、樹梨と知り合った。樹梨が不安定だったので、母を紹介したんだ」


「なるほど。じゃあ、その辺の時期は、母啓子と息子きみとの仲は良かったんだな」


 煽るような加藤のセリフに、篠宮の目がぎらりと光った。


「仲が、良かっただと? ふざけるな。お前に何が分かる!」

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