生花
「...は」
何かに対して聞き返す言葉ではなく、ただ呆気に取られて出た言葉。
それもそのはずだろう。今の今まで、自身が操っていた大量の魔術が姿を消してしまったのだから。
バチ!バチバチ
「——まさか!」
何かが弾ける音を聞いたクラウスは自身が先ほどまで見ていた方向とは逆、後ろへ勢いよく振り返ると、一人が立っていた。
普通なら考えられない。自身が見ていた前方にいた者が一瞬で自身の後ろに移動していた。
それは、”
「透禍、お前も”戻った”のか...?」
「...”戻る”?」
クラウスが言葉にしたそれに透禍は何を言っているのか分からないという風だった。
それに多少安堵したのか、クラウスは少し余裕ができたようだった。だが、彼の警戒はより強くなる。
まだ“戻って”いない。今よりも強くなってしまう可能性がある。幸糸よりも、自身にとって最悪な存在が。
それを危惧しているクラウスは全神経を透禍の一挙一動に集中した。
「悪いが、ここまで長引いてしまったからな。そろそろ次で終わらせよう」
「——ッ!」
クラウスの警戒が透禍に移ったところで、幸糸が死角から切り込む。
その手には”
「くっ、このっ!」
クラウスは直前で”魔装”をもった防御で急所を防ぐ。
その後、すぐに魔術で幸糸を薙ごうと思い、手を振り払う。
炎の魔術が幸糸を包む。
「この至近距離で受ければ、先ほどのように無傷とはいかないだろう?」
今度こそ幸糸を魔術で仕留めたと考えるクラウス。
しかし、自身の”魔装”を切りつける剣はその力を緩めることはなかった。
「こんな程度の炎では、俺に火傷を負わせることもできないぞ」
「なにっ!」
炎が消え去ると、そこにはまたも無傷の幸糸がいた。
「これでも無駄だというのか?!」
「いいや、確かにいつもの魔術の威力で撃たれていたら、俺でも助からなかっただろうな」
「なら、何故?」
クラウスはこの現状に対して何も分かっていなかった。
殺せるはずの魔術で殺せなかった。これでは矛盾もいいところだ。
「なに、簡単なことさ。お前の魔術の出力不足さ」
クラウスは今、”魔装”の魔術を常に自身にかけ続けている。更に、俺からの攻撃に対しての防御性能を上げている。
単に、魔力のリソースが割かれすぎたのだ。
「だが、それくらいのことなど、この魔力の中では無意味だ」
魔力が充満している世界の中で、更に活性化した魔力まであるのだ。
その中での魔術行使なら、魔力が足りないなど、起こりうるはずがない。
「そうだな。普通なら、こんな場所でそれは起こらない。だが、こっちにはそれを無理矢理引き起こすことができる」
——開花 透禍。
そこでようやくクラウスは気づく。自身の周りにあった濃い魔力が消えかけていること。
バチッ
「はっ!?」
大量にあった魔力を全て飲み干してしまう勢いで、透禍が吸い集める。
それによって、魔力は足りなくなり、クラウスの魔術は威力が下がったということだった。
「あれだけの量をこの短時間で奪ったというのか?!」
「さぁ、どうする?これ以上魔術を使えば、俺の剣がお前を貫くぞ?」
クラウスに突き付けられている”冰零剣”がより力強く押される。
「くっ...」
バチ
クラウスは魔術による攻撃は止め、防御にリソースを割くことにする。
ボォォォー!!
精霊の力による攻撃と魔物の力による防御が拮抗し、激しい衝撃が辺りに走る。
「はぁぁぁ!!」
幸糸は自身が出せる霊力全てを注いで、剣をクラウスに押し当てる。
しかし、
「所詮はその程度。魔術が使えなくとも、この”魔装”を破ることはできん!」
バチバチ
”魔装”による効果、魔力以外の攻撃に対する防御強化は簡単に破ることはできない。
ここまでの戦闘で無理を押し通して戦っていた幸糸は内心、かなり苦しい状態だった。
クラウスもまた、大声で虚勢を張っていた。魔力が枯渇している中で、霊力の塊のような攻撃を耐えているのだ。
共に、切羽詰まっていた。
そんな中でこの勝負を決める要因は一つだけだった。
バチバチッ!バチッ!バチッ!
「はぁぁぁ——」
”罪の花”が咲く。
「”
———————————————————————————————————————
「カハッ...」
紫の雷光を纏った刀が全てを切り裂いた。
♢
俺は確かに、彼女を視界の端に収めていた。
そして、幸糸に対してだが、”魔装”の防御強化にも力を当てた。
それなのに、どうして俺は今こうなっている?
俺は俺の意志で自身の体を動かすことができなかった。
地面に倒れ伏しただけ。臓器が潰れたり、外傷がある訳でも、脳に支障をきたしてもいない。
ならなぜ?
いくら力を使っても、自身の体を動かすことはできないまま。
「...くくく」
「何がおかしい?」
「いや、なに。自身に何が起きたのかも分からないその体の持ち主が滑稽だと思ってな」
「貴様!」
自身の目の前に立つ男が俺には分からないことを知っている、と。お前にはそれが分からないのか、と。
実に屈辱だ。
「まぁまぁ、今回の戦いも滞りなく終わったことだし、教えてやるよ」
幸糸は俺に力の内容の一部を教えてきた。
この力が消せるものは身体だけだということを。
だからこそ、幸糸たちが俺の精神、魂を攻撃しようとし、今現在の結果がそうだと述べる。
この力に関しては、俺よりも幸糸の方が詳しいため、こうやって力の隙を突かれてしまうのも仕方がない。
だが、喋っている際に二ヤついている顔が無性に殴りたくなってくる。
「だが、どうやって俺の魂を攻撃したというのだ!?」
「ん?そんなのこいつの力のお陰だろ」
そういって、幸糸は自身の肩に担いだ人物を軽く叩く。
その人物は白一色で、まるで何からも汚されていない存在を現したような髪を垂れ流していた。
「だれがそれをしたかは分かってる。俺が言っているのはその方法だ」
確かに、俺の後方にいた存在がこうなった時には幸糸の肩にいたのだ。
透禍が動いたことは誰が見ても分かる。
それでも分からない。どうして自分が負けたのか。
「まぁ、ややこしいから端的に話すぞ?」
俺が作れるだけの霊力を自身に注ぎ込み、俺の攻撃に全てを当てた。
だからこそ、お前もかなりの力を防御に回した。
防御に回しておけば、万が一に透禍からの攻撃も防げると思ったんだろ。
だからこそ、お前は透禍がどうやって魂に攻撃をしたのか分からない。
真実はこうだ。俺の攻撃に防御を上げた、つまりは”魔装”の性能である霊力に対する防御の強化にリソースを割いた。
その結果、防御にある弱点が生まれる。それは、魔力に対する防御。
「なっ」
「ここまで言えばなんとなく分かるだろ」
「なるほどな。”
もともと”魔装”によって霊力に対する防御を強化したことで、俺は俺自身がお前の魂に攻撃できることはできないと判断した。
だから、透禍にこの役をやってもらったんだ。
『それから、透禍、お前の身体には魔力を使う力がある。その力をコントロールできるようになれ』
俺が思った通り、透禍はこれだけで自分が戦わなければならないと理解した。
そして、実際に魔力を使い、お前を倒してくれたよ。
霊力の攻撃では届かない場所。魔力の攻撃でなら届く場所に。
「まぁ、コントロールできてはいないようだがな」
「...ふ、ふふ、ふははは」
自分でも不思議だった。ふいに口から笑いが零れた。
口から発したその軽い笑いに俺は自身の考えの軽さを痛感した。
「なるほどな。俺の術だというのに、その力の性質に気づけなかったとは」
「...」
「はー。いいさ、俺の負けだ。早く殺してくれ」
こんなことを言う日が来るとは思ってもいなかった。
だが、もし言うとしたら、それは幸糸にだけだっただろう。
「...いや、殺さないけど」
「...は?」
「いや、何を言ってるんだ?」
「それはこっちのセリフだが?!」
まるで茶番だ。
この男は何を言っているのだ。
「これは戦争だぞ?勝つか、負けるか。生きるか、死ぬか。そういった事象だ」
「...はぁ。お前は勘違いしているな」
これは戦争でなければ、運命を分かつ重大なイベントでもない。
この戦いは必然であり、ただの通過点。
どちらにも損害が生まれ、利益が生まれ、決着がつかない。
そうして終わるもの。
なぜなら、これはまだ物語が始まってすらいない、プロローグのようなものだ。
終わりはまだ遠いぞ。
ここから、俺たちの、世界の、罪と運命を賭けた戦いは始まる。
「...なに、を、いって」
理解できない。
「ま、そういうこった。じゃあな」
「くっ、待て!」
「待てって言って待つ馬鹿はいねぇよ。次はサシでやってやるよ」
幸糸は糸を使って、世界を渡る扉を開き、そのまま去ってしまった。
「...俺はまだお前に追いつけないのか」
一人、殺風景な戦場に倒れ伏した俺だけが残る。
だが、それもすぐに終わり、木の人形が近づいてくる。
「残念だったわね」
「見ていたなら助けろよ」
「誰かが魔力を活性化させたせいでしょ」
「お前たちなら関係ないだろ。まぁいい、今回は見逃してくれたからな。必ず後悔させてやる」
ならいいだろう。
次はその物語が終わる時、最期の戦争で相まみえよう。
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