戦争の過程と分岐の手前
大量の魔物の中で必死に生きようと藻掻くそれらは、まるで虫のように弱弱しく見える。
どうやら俺の思い違いだったようだ。
こちらの世界に渡って来たことから、それなりの力を持っていると考えていたが、到底そんな力を持っているようには見えない。
たしかに、大量の魔物や俺の術を受けながらも戦い続けていることや、少しずつだが魔物を捌く時間が早くなっていること。これらは相手に実力があることを指し示している。
だが、それだけだ。俺や幸糸ほどの力を持ち合わせてはいない。
透禍や他の連中が相手だからか、つい昔の感覚で警戒してしまったが、もうこの世界にも、他の世界にもあの忌まわしい奴らはいない。
ならば、このお遊びもそろそろ終わりにしよう。
「ハァッ!」
「なっ!?」
ドォン!
透禍たちがいた場所に拳を叩きつけて着地をしたが、手応えがない。
直前に避けたか。
周囲を見ると、俺が着地した衝撃波で辺りにいた魔物は吹き飛ぶか死んだことで、ある程度の空間が円形状に生まれた。
回避にしろ、攻撃にしろ、判断は早いな。
俺は四方から囲まれていた。何をするつもりなのか分からない俺はそのまま構えを取った。
構えを取るということは、こちらは既に攻撃に対する準備を整えたということ。
その差は絶大であり、いくら相手が早くともほぼこちらが先手を取ることができる。たとえ後手に回ったとしても完璧な構えはほぼ確実に対処をすることができる。
ならば、構えを取った者には敵わないのか。たしかにほぼ全ての者がそう言うだろう。
だが、これはあくまでも”ほぼ”の話だ。
もしも相手が
「”
「”
「”
「ヒラバナ流刀術”
たとえ格上の相手が取った構えであっても、術士としての経験と少しの可能性に賭けて、相手は迷わずに攻撃を仕掛けてくる。
俺から攻撃を阻止しようとすることはしない。
たった少しの可能性。”ほぼ”の話に乗ってきたのだ。その意気込みに免じて、受けてたってやる。
もし、これで俺を倒せたら透禍たちの勝ち。倒せなければ、俺の蹂躙でこの戦争は終いだ。
♢
これが最後の殺し合い。
ずっと防戦一方だったところから、相手自ら魔物を一掃してくれ、私たちに囲まれた場所に降りたのだ。このチャンスを逃すわけにはいかない。
特に話し合わせてはいないが、全員がそう確信し、ありったけの霊力を用いての攻撃をしかける。
扉から流している微量な霊力では、強力な術を一つ撃ってしまうだけで枯渇してしまう。そうなると、弱小な術までも使えなくなってしまう。
霊術士にとって術か武器のどちらか、又はその両方を失うことは負けと同義。どちらか片方だけ、又は素手で戦うことはできない。
つまり、これでケリを付ける。
「ヒラバナ流刀術”天花万象”」
私は”天花万象”を行使し始める。”天花万象”には刀に霊力を溜める時間が必要になる。
その間私は動けない。それをみんなは理解してくれている。
「”冰零剣₋壊滅”」
七星くんが一番に切り込んだ。
彼は”冰零剣”を男に向かって二本投げる。剣の速さはそれぞれ違い、一本目と二本目で男に当たるタイミングがズレていた。
男は剣を弾こうと拳でもって一本目の剣を払おうとする。
「ふん——」
バリン
「——なに?」
だが、剣は簡単に砕け散り、男の周りに無数の氷の粒が漂う。
それぞれの剣は”壊滅”の意が込められており、簡単な衝撃で壊れるように作られている。そのため、弾こうと思われた剣は今の状態へとなった。
そして、”壊滅”の意に込められているもう一つが作動する。
グサッ
「カッ...」
男の周りに漂っていた無数の氷の粒が無数の”冰零剣”へと再生した。それらは男に向かって深く突き刺さる。
そして、二本目の”冰零剣”が男に向かって飛び込んでくる。
男は体を動かして、その剣をかわそうとする。
「ッ!?」
だが、体は動かなかった。
そう、単純なことだ。なぜなら、男の体には先に飛ばされた”冰零剣”から生まれた無数の剣が突き刺さっており、節々を曲げることが出来なかったから。
再生した”冰零剣”は”壊滅”とは違って、簡単には壊れない。そのため、男が体を動かせず、二本目の”冰零剣”を避けることができない。
グサッ
”冰零剣”が壊れることはなく、男の胸を一突きにしてみせた。
いくら”壊滅”の意が込められているとはいえ、前提として”冰零剣”は刃物である。その性質により、男の胸に当たった際に壊れることなく突き刺さった。
そして、前提が成り立っている状態で尚且つ”壊滅”の意は発動する。
男が突き刺さった部分に力を入れる。それは意図的にそうしたのではなく、生物としての本能だった。
魔族の体が頑丈にできているとはいえ、体の作りは人間と同じ場所から始まっている。そのため、体の中には血液が回っており、突き刺された部分から流れ始めている。
その漏れだす血液を抑えようと、傷口を閉めるように体が勝手に力を加えてしまった。
すると、”冰零剣”はその力による圧迫で少しずつ、ほんの僅かに壊れた。
グサッ
「ゴハッ!?」
男の体から無数の”冰零剣”が生えてきた。
その光景はあまりに異様であり、いくら魔族とはいえ、見た目が人間なものから剣が体の内部から突き破ってくる様は気持ち悪かった。
「あれ、ウニのコスプレ?それとも毬栗?」
「悠莉ちゃん違うよ。あれはサボテンの真似だよ」
だが、私以外の女性陣には案外ウケてたらしい。
一応結構緊迫した雰囲気なんだけど。大丈夫?
だが、そんな心配は要らないようで、紅璃と悠莉も追撃を行っていた。
「”弓火-崩滅”」
”弓火”。紅璃が初めて使った術だと聞いたことがある。そのせいで弓道部の部室を燃やしてしまったとも聞いたこともあるが。
その名の通り、弓に火を灯すだけの術だ。だが、それで終わる術でもない。
この術には”崩滅”の意が込められている。それは、紅璃が射った矢に引火した火によって起こされる。
あの火は全てを崩し、壊す力を有す。
紅璃が一本の、たった一本の矢を男に向かって飛ばす。特別矢が速いことはなく、ただただ正確な狙いをしてみせた。
”冰零剣”が突き刺さっていることで動けない男は避ける術がなく、甘んじてその矢を受けた。
「”
矢が男に突き刺さるその瞬間、紅璃は男の周りの酸素を燃焼させる。それと同時に矢が男に突き刺さると、瞬時に男の体は火達磨へと変貌してしまった。
「”土鉱弾丸₋爆裂”」
彼女は銃であれば、ハンドガンやアサルトライフルなどといった数多くの物を扱うことができる。
普段彼女は動きを優先するためにハンドガンを使うことが多い。だが、今回はわざわざ一つだけ大きな銃を持ってきている。
悠莉の姿はいつの間には消えており、どこに行ったのか探していると、かなり遠くに、一か所だけ土の塔が出来ている場所があった。
当然、その上には悠莉がおり、武器を構えていた。もしも男が攻撃してきた場合を考え、高さを取り、位置的に優位な場所を取っていた。
だが、ハンドガンでは少々心もとない所まで距離を取っていた。しかし、悠莉はハンドガンではない、違う銃を構えていた。
スナイパーライフル。長い射程と高い命中精度を誇る高威力武器だ。
スナイパーライフル特有のスコープレンズが反射する。
ダァン!
一際大きな音が鳴ると、辺りの音がその音に対して小さすぎて、音が消えたような感覚になってしまう。
スナイパーによる射撃が行われた。だが、男は未だ火達磨のままであり、一体どうなったのかよく分からなかった。
しかし、そんなことも束の間。
バァン!
更に、先ほどの射撃音と同じレベルの爆音が鳴り響く。
火達磨になっていた男が急に爆発したのだ。いや、急という訳でもないのだが。これは悠莉が先ほど打ち込んだ弾丸によるものだ。
”爆裂”の意が込められた弾丸は火の中にいる男の胸を貫通し、時間差で爆発するようになっていたためだ。
爆発により、男を囲んでいた火は消し飛び、”冰零剣”も完全に消滅してしまっていた。
火に遮られて見えていなかった男の姿は異様だった。
体中に無数の穴が空き、肌はぼろぼろに焼き焦げており、額に大きな擦り傷と右手が半壊していた。
”冰零剣”による攻撃。”弓火”による攻撃。スナイパーライフルと”土鉱弾丸”による攻撃。
こちらの攻撃がようやく通った瞬間だった。こちらとしては嬉しい限りなのだが、それ以上に今の状態になったとしても平然としている男に恐怖を感じた。
これが魔族の生命力の強さゆえなのだろうが、この男が致命傷だけを避けているという理由もあった。
”冰零剣”の攻撃では、損傷してはいけない臓物だけを魔力で守る。
”弓火”による攻撃では、男が使う魔術は同じ火を扱うものであり、自分が焼ける寸前で、紅璃の火と自分の間に自分で生み出した火を挟んで火傷を最小限に抑える。
スナイパーライフルによる高速に飛んでくる弾丸を顔面すれすれで避けて見せ、本来なら体が半壊してもいいほどの爆発を生じさせる”土鉱弾丸₋爆裂”を腕の半壊だけで済ませている。
爆発を腕だけで済ませた方法だけは分からないが、それ以外は分かる。分かること、理解することは出来るが、あまりにも怪物じみている。
とはいえ、構えを取った状態から考えれば、かなりの痛手を負わせることが出来たはずだ。
そして、時間稼ぎも。
「はぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
ありったけの力を込める。
そして...。
「”天花万象”ッ!」
溜められた霊力が、思いが打ち出される。
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