大役と過程

 私には見送ることしかできない。

 なら、見送りを完璧なものに。信じて背中を押せるようにしようと思った。


「みんなには悪いけど、やる気を少しでも出してもらうためだしね。たまには心を鬼にしてみてもいいかもしれないわね」


 私は彼女らに二つ嘘をついた。

 一つ目は、本当は扉を開け続けることに制限がないこと。私は動けなくなることはないし、扉は開き続けることができる。

 私の最大の鏡術、”複写鏡倍ふくしゃきょうばい”を使うことで。


「ほんと、私ながら毎度酷いことをするわよね」

「私に言われたくないな」


 今、私の横には私がいる。

 ”複写鏡倍”は鏡に映したものを、現実世界に写すことで、身体と精神、魂までもを完璧に複製する技だ。

 ただ、いくら完璧に複製できるとはいえ、術で同じ姿形、術を持った情報を空間に埋めているだけに過ぎない。

 私自身が消えろと命じた時か、軽く叩かれた際には、情報は霧散して消えてしまう。

 まぁ、そんなことはどうでもいい。どうせ私は戦地に向かうことはない。

 私という存在を複製することができる。つまり、私がつないでいるこの扉は消えることもなく、開き続けることができる。閉じたとしても、彼女らに言ったように五日間動けなくなることもない。

 術を使うためには霊力が必要であり、だいだいの術がその場で発動して、その場で霊力を消費し、その場で術が解ける。

 だが、こういった持続的な術は一定の霊力を流し続けなければならない。

 精霊から直接、術に霊力を流してもらうことは出来ず、術士を通して行わなければならない。

 そうなると、術士の体には常に霊力が流れ続けなければならなくなり、本来必要としないエネルギーが体に負担をかける。

 だから、私は私にその役目を負わせている。


「そろそろ限界かも」

「はいよ。お疲れさん」


 そうして、私は消え、次の私が鏡の中から現れる。

 自分自身を物として扱うのだ。あまりいい気分はしないと最初は思っていたが、それもすでに何千回と繰り返してしまえば、考えることはなくなった。

 なにより、今私がここで私を消費しなければ、向こうの世界に行っている四人に霊力が届かれなくなってしまう。

 あちらには精霊が存在しない。必然的に霊力もそんざいしないことになる。

 今頃戦い始めている彼女らが術を行使するためには、この扉から流れる霊力を使うしかない。

 術が使えない人間が魔族に勝てるとは思わない。

 つまり、私がいなければ、この戦争は成立しない。


「私ながら大変な役目を背負ってしまったね」

「まったくだ」


 それは、この扉を開け続けることに対してでもあったし、他の二つのことに対してでもあった。

 一つはこの扉、こちらからだけでなく、向こうの世界からも入ることができる点。

 つまり、魔物がわんさかと出てくることになる。

 そして今も...。


 バァン!


 私たちは扉から少しだけ離れた場所にいた。

 しかし、未だあの扉から出てきた魔物の姿をみていない。


「こうしていると、あの人たちを使っているような感覚になるね。なんだか偉くなった気分だ」

「まぁね」


 扉から出てきている魔物は、出てきた瞬間に後悔するだろう。

 この世界で”最強”と言われる術士が二人。そして、”最強”とは言われずともこの世界で恐らく次に”最強”であろう術士が二人。

 そんな怪物が扉の前で番を務めているんだ。

 扉を潜った瞬間に——。


 バァン!


 また大きな音が地鳴りと共に聞こえてくる。

 本当に、こんな人たちと一緒に作戦を行うことになるなんて。


「はぁ...」


 となりからも同じ溜息が聞こえてきた。

 そしてもう一つの役目。それは、彼女らについたもう一つの嘘とも重なる。

 そしてそれは、最強の術士たちと共に戦うこと以上の大役であり、大嘘である。


「まったく。一体社長はいつまで待たせるんでしょうね」

「まぁまぁ、一旦落ち着こう」

「そうそう、だからそんな危ないものを突き立てるのはやめようね」


 まったく、洒落にならない。



 ♢



 戦いが始まってからどれくらいが経っただろう。

 そして、それは体感のせいで長く感じるだけで、本来の時間はまだ数分しか経っていないことを冷静に思い返す。

 未だ月は真上にある。もしかしたら、魔界には昼がない可能性もあるが、それでも月の位置は少しずつ、刻々と進んでいる。

 ならば、あまりに集中しすぎてしまったがゆえのズレが起きたのだろう。

 むしろこの状況で、集中できないのならそれはもはや人間の域を超えている存在だろう。

 無数の敵。その中に落ちる灼熱の炎。それらをたった四人だけで凌ぎ続ける。

 これが成立しているのはひとえに、今までの訓練や授業が実を結んでいる。

 実際に、彼の応用の授業がなければ、すでに僕たちは幾度と死んでいるだろう。


「おいおい、もう限界か?」

「っく」


 先ほどまで、相手の挑発に対して応じていた皮肉も今の状況では軽々と返すこともできない。

 倒しても、倒しても、敵は減り続けることなく、増えるばかり。そして、仲間の魔物がいても容赦なく降り続ける炎の雨。

 代り映えのしない戦場が永遠に続いている。

 この状況を打開しなければ、このまま押し込まれてしまうだろう。

 透禍は持久戦になるとは言っていたが、これでは今にも崩れてしまいかねなかった。

 それでも、諦めるなどといった考えは浮かぶことはなかった。


「”氷下気ひょうかき”」

「”烈火れっか”」

「”土鉱弾丸どこうだんがん-即時装填そくじそうてん-即時展開そくじてんかい-即時発射そくじはっしゃ”」

「ヒラバナ流刀術”万廻花ばんせんかざん”」


 四人でそれぞれをカバーし合いながら、できる限り多くの敵を倒せるように術を使用していく。

 これだけで、僕たちが今この瞬間に成長していることを実感する。

 透禍はこの戦いのなかで、術の応用を更に習得してみせた。

 ”万廻花₋斬”。刀身に”万廻花”のエネルギーを保持した状態での斬撃をできるようにした術。

 ”天花万象”までの絶大な力はないが、利点として、溜め込みの時間がいらないこと。一度の斬撃で終わらず、数十回の斬撃が可能になること。

 まるで”万廻花”と”天花万象”を合わせたような技だが、それぞれに利点があり、弱点を補い合わせた術だ。

 この短時間、戦いの中でそれを生み出してみせた。やはり、彼女は自分で言う以上に”最強”の器に相応しい術士なのだろう。

 そして、僕も負けてはいられない。


「”冰零剣ひょうれいけん壊滅かいめつ”」


 己の手から”冰零剣”を投げ飛ばすと、それは魔物の多くいる中心へと駆けていく。

 中心へと到達すると、冰の剣は粉々に砕かれ、無数の粒へと姿を変える。

 飛び散った粒は周りの魔物に当たり、そのまま地面へと落ちる。

 

 グサッ。


 気づくと、辺りの魔物は無数の”冰零剣”の海に吞まれていき、氷の中に閉じ込めらていった。

 ”冰零剣₋壊滅”。一度壊れた剣が、砕けた冰から再生し、剣の海が生まれる。

 剣には霊力が流し込まれるように術式を刻み、それに刺されるか触れると、その剣のように体が凍り、海の一部とさせる術。

 完全な思いつきでの術だったが、なんとかうまく発動することができた。

 そして、僕以外にも紅璃や悠莉も成長をしながら、この戦いは続いて行った。

 だが、こんな光景は僕が知らないだけで、一度起きたことがある。

 夜桜 幸糸が死んだ戦場は、今のように大量の魔物とあの魔族がいた。

 彼が倒せなかったこの状況。彼に勝てなかった僕たち四人。

 これが指す未来とは...。

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