躍進と気合

 何の変哲もない日常。

 何が日常で、何が非日常なのか分からないくらいには毎日が必死で、素早く過ぎ去っていく。

 だけれど、そんな日々を楽しく感じている自分がいる。

 いや、もしかしたらそう思い込むように自分に言い聞かせているのかもしれない。


「よし、それじゃあ始めるぞ」


 生徒でありながら、同じく生徒である彼らに教授を行う。

 この状態になるまでに色々あったように感じるが、実際はそうでもなく、内容はドラマ一本がぎりぎり作れるくらいの薄さである。

 だが、それは俺にとってはありがたいことでしかない。俺には...、俺たちにはあまり時間が残されていないから。


「今日からは次の段階にレベルを上げていくからな、しっかり聞いとけよ」

「え~、”もう”次に進むの?」

「あぁ、”もう”すでに五回の授業をしたからな」

「ぐぬぬ...、意趣返しが突き刺さる」

「はぁ~、本来ならここまで時間を使うつもりはなかったんだけどな」


 そんな小言を最後に漏らしてしまう。

 時間がないって言っているだろ!(言っていない)

 まずは自分たちの実力を推し量るために、術の応用、新しい術を作るように言ったのだ。応用や新しいものに触れることで、自分がどこまでできるのかを考えさせようとした。

 術の応用は自分の技をどう組み上げるのか、新しい術は自分がどこまでできるのか。そういったことを理解するのには打って付けだ。

 そして、彼らはそれをちゃんとして見せた。四人中三人が一回目の授業で、最後の一人が次の特別授業でできるようになった。

 三回目の授業ではそれら新しいものに慣れる時間をとって、次の段階へ進むつもりだったのだが、一人、それを拒む者がいた。

 いや、”正確には駄々をこねる”、といった方がいいか。


「え~、だって面倒なんだも~ん。やだやだやだやだやだやだ——」

「——あんまりひどいと僕はこの手を引いてしまうかもしれないな~」

「んっ...」


 俺はそいつの言葉を遮り、そいつの前に自分の手を突き付けてみせた。その手には一本の糸が括り付けられていた。

 その糸はそいつの首すれすれを通って、その後ろの空間へと伸びていた。


「分かりました分かりました分かりました、ですのでそれを降ろして頂けないでしょうかっ!!」

「...はぁ、分かったならよし」


 手を降ろし、その糸を切った。

 糸が伸びた先の空間は消え、切った糸が落ちた場所にも同じような空間が一瞬だけ、生じ、糸を取り込むと消えていった。


「ふぃ~、し、死ぬかと思った」

「実際にやってみるか?」

「い、いえ結構です。頑張って授業を受けさせてもらいます!」


 慌てふためき、身振り手振りで俺を止めようとしてくる。

 まぁ、これで適当なことを抜かすようなら本当にやっていただろうな。

 一度くらい痛い目を見ておいた方が言うことを聞きやすくなるだろう。

 そんなことを考えていると、周りから少々奇異の目で見られてしまった。


「...もしかして、顔に出てた?」

「うん、悪魔の笑みが」


 なんとも酷い例えだ。せめて天使の微笑みとくらい言ってくれてもいいじゃないか。

 それに、そうしたのは紅璃、君の方じゃないか。


「とりあえずそれは置いておいて、本題に入るとしよう。次の授業では実戦訓練に入ってもらう」

「え、もう?」

「やはり、戦闘勘は本場でしか味わえないからな。何事も、特に生死を分かつような状況では経験がものを言うからな」


 彼女ら学生に足りぬもの。その一番はやはり実戦。

 訓練ばかりの日々で、いざ実戦に行くと意気消沈になるなんてざらだ。

 彼女らは優秀だからそんなことはないと思うが、どちらにせよ、そういったことに慣れるのは大事だ。


「でも、どうやって実戦を行うの?何かをそう見立ててやっても結局は訓練にならないかしら」

「ん、何を言っているんだ。だから言っているだろう。”実戦”だと」


 彼女は実戦が、結局は何かを標的に仕立てあげての戦闘をすると思っているのだろう。

 わざわざそんなことはしない。それに、それはもう訓練の域を脱していないから。


「実戦、即ち魔族との戦いをしてもらう。軍に協力してもらい、すでにそちらの戦闘に加入できるように交渉しておいた」


 本当はもっと早く参加させてもらうはずだったのに。

 一体誰が小言を聞かなきゃならなくなるのか分かってるのか。


「そんなこと聞いてないわよ!話が急すぎるわ」

「とは言っても、この様子だとかなり前から計画していたことだったぽいよ?」

「せいか~い!さすが七星だ」


 成績、性格、態度も顔も全てを兼ね備えている男。ほんと、羨ましいいやつだ。


「ちなみに、参加させてもらう隊は決まってるんだー」

「どこですか?」

「むふふ~、そこは透禍と悠莉もよく知っているところだよ」

「ま、まさか」


 そう、そのまさかだ。

 なにせ、その隊にはすでに二人所属している者がいるのだから。


「なんと透禍たちがいる隊に参加します」

「おぉ~!」


 ぱちぱちという音が大半からした。と言っても、この教室にいる、俺以外が四人。その内の三人が拍手をしているのだが。


「そんなの聞いてないわよ!」

「そりゃ~言っていないからね。...まったく、君はいつも俺の言葉に突っかかってくるね」

「それは毎回予想外のことを言うからでしょ!」

「やだな~、予想ならできてたでしょ。先日の件で俺と天谷さんとは面識ができていたんだから」

「むっ...」


 そう、先日の特別授業。その際にその人物、透禍と悠莉は所属している隊の隊長。天谷 涼とは俺との関係が出来上がった。

 その前から双一楼さんにお願いしていたのだが、先日ついに相まみえる機会があったため、ついでにお願いしてみたところ、案外快く引き受けてくれた。


「と、言うことだから。今日はとりあえず一度軍へ行き、設備の説明等をしてもらうから」

「はぁ~、もう準備がよすぎるのか、突発的なのか、よく分からなくなってきたわ」


 そんなことを言いながら、透禍はすぐさま移動の準備をし始める。

 なんだかんだ言って、結局は根が真面目だからな。



 ♢



 普通の軍とは違って、術士が運営、管理する場所”日本危機対策対抗自治自衛軍”が持つ最強の部隊。

 軍が多くの術士の中から選りすぐった隊員がいる“危機対策対応特殊術士部隊”、通称”危術部きじゅつぶ”。

 そんな彼らが普段、常日ごろから過ごしている場に未だ未成年で学生の俺たちはやってきていた。


「やぁ、学生諸君。今回から暫く君たちを担当する隊の隊長を務めている、天谷だ。よろしく」

「よ、よろしくお願いします」

「...」


 生徒側が少々緊張しているようだ。その問題は同じく生徒側である一人がただならぬ気を発していたから。


「みんなはもう知っていると思うけど、透禍や悠莉はすでにこの隊に所属している。だから一応は先輩だ。分からないことがあったら聞くといい」

「それを教えるのが隊長の仕事ですよね?」

「まぁまぁ、そんなに語気を強めないで、同い年の方が気が楽でしょ。それにほら、俺は教える側に向いてないし」

「それはあなたが、ただ単に面倒がってるだけです」


 俺に言われていないのに、頭に響く言葉だ。天谷さんとは性格の関係上、よく気があいそうだ。

 今更ながら、俺が色々と決めたりしたが、この先大丈夫だろうか。

 それでも、この授業が終わった時が楽しみだ。一体これでどこまで成長できるのか。

 今後のことを考えれば、彼女らにはもっと強くなってもらわなけらばならないからな。

 ただ、漫画や小説では、こういったイベントに大きな出来事が起きるのは必中だからな。

 なんとも気が重い。


「なにもないといいんだけどな...」

 

 誰にも聞こえない程度の声で俺はそう呟いた。


「ま、やれるものならやってみろよ。もう、昔とは違う」


 そう一人、頬を上げ、意気込む。

 その様子を見られ、周りから気味悪く見られていることには、俺は気づいていなかった。

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