観戦と成長
秘匿訓練場。日本危機対策対抗自治自衛軍に作られた術士専用の訓練場である。
術は基本的に元素などの起源に触れるものが多く、それらは千差万別であり、初めて触れた術やそれぞれに刻まれた魂の意志によって扱えるものが異なる。
そして、術とは術家にとって力であり、術士としての証左である。それを外部、他の術家に盗まれることを防ぐために作られた場所。
普段は軍によって選出された信頼のおける人物のみがここの監視、保全を行っており、決して外部に情報を流さないようにされている。そんな厳重に取り仕切られている場所だが、異例も存在する。その例として挙がるものは圧倒的な権力によって行われるものか、ここを”創設”した者くらいだろう。
訓練場の上部に設けられているガラス張りの部屋。その中に二つの影が落とされていた。
「...バケモンかよ」
二つの影の主は軍の制服を纏い、それぞれの胸に軍の階級を示す記章が差されていた。
その内の一人、中将を示す星の形をした金属板が二つ付いている記章を持つ男が戦いの内容を見て、ぽつりと呟く。
その人物とは透禍が所属する隊の長を務めている男、天谷 涼であった。剣術士であり、水を操ることのできる術士。多彩な剣戟と形なき物による攻撃を組み合わせることによって成せられる数々の戦い方を柔軟に使いこなすことで、多くの功績を作った男。今ではその力を買われ、一つの隊をまとめあげる人物として日々業務に当たっている。
涼はある人物からこの訓練場での戦いを観戦することに招待され、今に至る。当初、涼はこの対戦に興味を持っていなかったのだが、招待してきた人物が悪く、断ることができなかった。
「どうだ?見に来てよかっただろう」
その人物とは、涼の隣に立つ人物。大将を示す三つの星と、さらにその上の地位を示す赤色をした星型の記章を持ち、軍の頂点といっても過言ではないほどの権力を持ち合わせている男、開花 双一楼である。今では軍の指揮官を担っているが、昔は常に戦場を駆け巡り、数々の伝説を残し、今もその数を増やし続けてしまうほどの人物である。
双一楼は『透禍の成長をお見せいたしましょう』という言葉を幸糸から事前に教えられ、こうして透禍の所属する隊の人物と一緒にわざわざ見に来たのだ。
「透禍の攻撃をあんな容易く受け止める彼は一体なんなんですか?俺だったら腕の一本や二本吹き飛んでるな」
「天谷もあれくらいはできそうだがな」
「あなたや彼と一緒にしないでくださいよ。俺はそんなバケモノじゃなく、普通の人間なんですから」
「はは、人をバケモノ呼ばわりとは酷いものだな」
バケモノ呼びを否定しないところが、涼の考えを更に悪いものへとさせていることに双一楼は気づいていない。
「彼には君も一度会ったことがあると思うのだけどな」
「...そう言うということは、彼は先日の戦闘で俺たちを助けた者ですか。透禍の攻撃を止める技が魔族を皆殺しにした時と同じ動作でしたから」
「さすがは一つの隊をまとめあげるだけの実力の持ち主である隊長様だ。よく見ている」
「茶化さないでくださいよ」
「すまないな。だが、実際そう思っているよ。現に透禍はそれに気づいていないようだしな。いや、正確に言うなら確信をすることができないのだろう、彼が軍の機密人物で、君たちを救った人物であることを」
軍で秘匿されている人物、彼の場合はその強さと年齢が理由で特殊な立場にいる。理由は単純だが、それは大きな意味を成す。
ただの強さではない、戦闘、情報、判断などといった能力。その全てが彼の場合は人一倍、いや、ニ、三倍は抜けている。
それを透禍は認めることができないでいる。透禍は幼い頃から強さを追い求めている。人々を助けるための力を。
自分と同年の者がそれだけの力を持っていること。透禍にも今まで積み重ねてきたものがある。
それにもかかわらず、圧倒的な力を持っていることを身をもって知り、さらに自分たちが窮地に落とされた戦いをいとも簡単に救った人物であることが認められないのである。
「まぁ、彼女なら大丈夫じゃないですか?今もああやって話し合っていますし」
「...どう見ても言い争っていないか?」
透禍と幸糸が互いに身振り手振りで話合っている。
だが、しばらくすると落ち着いたのか、様子に変化がおきた。
透禍が落ち込んだり、思案したりし、顔を俯かせる。そして、再びその顔を上げた時、その面は笑みへと変容していた。
「やはり、彼に任せてよかったようだ」
双一楼は二人の性格などを知っているため、自ずと対立すると思っていたのだが、彼の要望により、今回は透禍を託した。
その結果は嬉しいことに、よいものとなった。
「天谷もよく見ておくといい。まさかここまでとは私も思っていなかったが」
「はぁ...」
天谷は幸糸という人間を知らない。そのため、どこがすごいのか今一分かっていなかった。
天谷が思う幸糸は”それなりに”強い術士だ。しかし、それもこれを見れば思い違いだと考え直すことだろう。
彼はまだ知らないのだから。自分たちを助け、あの若さでの圧倒的な力を持っている者が、”最弱”の糸術士と言われている男だということを。
そんな彼が一体、どこまで透禍を成長させられるのか。
♢
余韻として、和んだ雰囲気に浸っていたのだが、そうもいかないらしい。なにせ刀を構えた者がそこにはいたのだから。
開花 透禍。ヒラバナ流刀術の使い手で、生を操ることのできる術士。そして開花家はこの世で”最強”と謳われる術士の家系である。透禍はその家系の娘である。
彼女は今、術士にとっての成長をするために、俺から出した課題、術の応用や新しい術を身に着けること。しかし、この課題に行き詰り、気が落ちていた。
そのため、俺は今日ここで透禍に特別授業として課題の手助けをしていた。
そしてその課題をクリアするために訓練場で俺と対になる場所に刀を構えている。それは今までに見たことのない構えだった。
「ふぅ...」
互いに呼吸を落ち着かせる。
透禍は刀を鞘に納めたまま、腰を低く降ろし、刀を体の後ろに深く引く。その姿は居合抜刀の構えによく似ていた。
対して俺は”最弱”と言われた術士。その噂を知っている監視隊はどちらが勝つか分かり切っており、その噂を知らない者はどちらが勝つかを考えている。
透禍たちの質問に対しての答えには術家の防衛のための嘘と言ったが、実際は”最弱”と言われても可笑しくないほどの力しか持っていない。
だが、俺はそれを周りに知らしめ、身近な者たちにはそれが嘘だと言う嘘をつかなければならない。
自分でそれを選んでおきながら、なんとも面倒臭いと思う。
それでも...。
「...」
互いに無言。最初の雪辱戦と同じような展開になってしまった。
だが、今度は俺から行かせてもらう。
パチンッ!
「糸術、”
俺は指を鳴らすと、”糸慮分別”を発動する。すると俺の上下の空中と地面に”運命糸”で作られた穴ができる。そこから十本の糸が姿を現す。
この術を発動すると、糸は俺が操作するのではなく、自動で迎撃、攻撃をしてくれるようになる。
俺は何の迷いもなく透禍へと突進する。
普通、居合の間合いに入ることはしない方がいいのだが、それでも俺は自信ありげにその身を突き進めた。
「...」
未だ黙っている透過。
あと一瞬で完全に俺が透禍へと詰めることができる場所。そこで遂に術を発動させた。
「刀術、”
そう小さく、しかし聞き取れるくらいの声量でそう放った。
それからわずか数秒。決着は互いがぶつかり、起きた術の衝撃から生まれた光で隠された。
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