質疑と虚偽

 えーと、なんというか、気まずい。

 俺たちは試験が終わった後、軍の一室を借りて休憩、今後についての話をしていた。


「ということで、課題の内容通り今後の授業は夜桜に担当してもらう。異論はないな」

「...」


 おいこら鏡月、少しは空気を読みやがれ。


「まぁ、とはいえお前らの動きや作戦は良かった。これからも頑張れよ」


 そうそう、そういうことを言ってあげなきゃ。まぁ、及第点といったところかな。


「今回は相手が悪かっただけだ」


 だから空気を読めよ。

 結果的に鏡月は講師に向いてなかったからいいかもな。


「すみません、質問してもいいでしょうか」

「あぁ、いいぞ」


 透禍が優等生のように真っすぐ、綺麗に手を挙げて質問を始めた。

 まぁ実際、優等生なんだけども。


「単刀直入に、夜桜くんは一体何者なんですか?」

「...」

「四対一で勝てるほどの実力の持ち主が噂では”最弱”と言われている。疑問に思わない訳がないでしょう」


 鏡月が俺に目を向ける。話してもいいのかと。


「分かった。それについては俺自身から話そう。どうせこれからお前らの講師をやるんだ、色々話しておいた方がいいだろう」


 とはいえ、全てを話す訳にはいかない。

 あくまでこれは俺にあらぬ疑いがかからないように、これからの実習訓練で円滑な授業をするため。

 俺の目的に近づくための手段だ。それをこいつらにやってもらうが、背負わせはしない。


「えーと、まずは何から話したらいい?」

「じゃあまず、夜桜くんはどうして強いの?」

「またなんとも抽象的な」


 紅璃が話を振ってきたが、どう答えたらいいか少々悩む。


「ん~、一番は経験かな。これでもかなり長い間、訓練や戦闘をしてきたからな。二番は運が良いから」

 

 どちらも間違ってはいない。ただ、その内容については誤魔化す。


「それじゃあ次は僕が。夜桜くんって噂だと術を使えないって聞くけど、そのせいで”最弱”と言われてるとも」

「あ~、説明すると少し長くなるんだけど、答えから言うと使える」


 皆、粗方予想はしていたのか思いのほか飲み込むのが早かった。

 それでも疑問は止まず。


「じゃあ、あの噂は何?なんであんな風に言われてるの?」

「あれは一種の防衛策さ。夜桜家はべつに術を使えなくはなかったんだ。だが、この術はあまりに強すぎた。俺の家は強くなかったから誰かに悪用される恐れがあったんだ。過去の改竄、未来の掌握。そういったことをされないようにするために、ご先祖様たちが考えたのが元から”術を使えない”と思わせること。そうすることで俺の家系は逃げてきたんだ」


 この話には半分嘘と半分真実が込められれいる。

 それを知るのはここにいる六人の中でも、”三人”だけだろう。


「まぁ、時代が進み、術を何代も受け継ぐことで夜桜家はそれなりに戦闘ができる術士にまで成った。だけど、その噂の真実を公表してこなかった。これがその疑問の答えだ」

「なんで今までそれを隠してきたの?周りから”最弱”と言われているのに」

「術士の家系にとって術の秘匿性がどれ程なのかは知っているだろう。彼らは自分たちの術が外部に漏れることを拒んだ、ただそれだけさ」


 鏡月がいい感じに丸めてくれた。

 やっぱりこれだけじゃ説得できなかったか。俺の見解が甘かったな。


「他に何か質問あるやつはいるか?」

「それでは私からも、越智さんと夜桜さんの関係は一体何ですか?」

「あ、それ私も気になってた」


 いいところに目をつけるな。まぁ確かに疑問に思うわな。


「夜桜とはそうだな、友人とか相談者とか、あとは協力者とかそういった関係かなー」

「なんとも適当な関係だな」

「私は夜桜について家のこと、術のことなどそれなりに色々知っているからな。その中でお前たちの講師を私からお願いしたんだ。私も仕事がかなりあるし、年が近い方がお前らにとっていいだろうと思ってな」


 はぁ、胃が痛い。虚実を建てることは疲れるな。


「時間もいいだろう。今日はここらで解散。家までは車で送るとしよう」


 全員が胸の中に様々な思いを抱き、何も解決しないまま結局この課題は終わることへとなった。



 ♢



 課題の試験、その後の話合い、それらが終わったあと、俺は軍の基地、”日本危機対策対抗自治自衛軍”の本部のテラスに缶コーヒー片手に外を見つめていた。


「ごほっ、ごほっ、うっ...」


 口を押えた手を見れば、真っ赤な血で染まっていた。


「さすがに無理しすぎたかな」

「あたりまえだろう」


 後ろから二人の人物が隣にやってきた。


「はいこれ」

「...ありがとう。さっきも早めに話を切り上げてくれて」

「なんのことかしら」

 

 真っ白なタオルを渡され、俺は罪悪感を抱きながら赤黒い液体を拭き取る。

 越智 鏡月と開花 双一楼。昔から何かと手伝ってくれる頼もしい人たち。

 この人たちのお陰で俺はここまでスムーズに事を運ぶことができた。

 夜桜家の術についての虚偽の噂を流してくれたこと。俺を総戦高校に入学させてくれたこと。実習授業の班をこっちで作らせてくれたこと。

 感謝の言葉しかでてこないな。


「本当にこれでよかったの?」

「えぇ、お陰様で順調ですよ。このあとは任せてください」

「それにしても急ぎすぎじゃないか?もう少しゆっくりでも」

「すみません、事は急を要します。できる限り早く対処しなければなりません」


 自分でもそう思う。これから起こることを考えれば、早めに動かなければいけないことは分かっている。

 だが、彼女らを巻き込んでしまうことに心が苦しい。

 それでも仕方がない、これが”運命”だから。この世は理不尽なのだ。


「透禍さんのことは俺に任せてください。必ず全員を幸いの道へ導いて見せます」

「...分かった。娘のことを頼む」


 そう言って、双一楼さんは深くお辞儀をした。

 彼は俺を信頼してくれた。なら、その期待を裏切らないようにしなければならない。

 確かに、この世は理不尽だ。だが、それをぶち壊すのが俺の仕事だ。

 決して諦めたりはしない。この身が朽ちようとも。



 ♢



 話合いが終わると、幸糸を家に帰した。

 彼には体を休めてもらわなければならない。


「彼、鏡で見たら状態が最悪でしたよ」

「...あと彼はどれだけ生きられるんだ?」

「もってあと二年ちょっとって感じですね」


 彼自身は隠しているつもりなのだろうが、私の鏡術、”情鏡写知”で個人情報を一瞬で見ることができる。

 ゲームなどでよくあるステータスウィンドウのようなものである。

 初めて彼を見たときはかなり驚いた。なにせほとんどの部分が黒塗りだったんだから。

 唯一見えたのは名前、年齢、性別などといった簡易な情報と術や寿命といった煩雑な情報だけだった。

 初めて寿命を見たとき、彼は八歳でありながら残り寿命が二十七年とかなり短い方だった。

 しかし...。


「少しずつだが、減っていってるな」


 双一楼さんの言う通り、確実に彼の寿命は減っていっている。


「透禍たちには嘘の嘘を言い、それを外部に言わないようにしたんだな?」

「はい、堅く言って置きました」


 まず、周りには術が使い物にならないことを噂で流す。そうして、班の人物のみに真実を言うことである程度の信頼を築く。

 ここまでが幸糸の考えた計画。

 だが、これすら嘘。実際は本当に術を使うと体に反動が掛かり、命を削ることになる。

 死に至るほどの影響が掛かるはずなのだが、なんとか持ちこたえてはいる。それがどうしてなのか私たちには教えてくれない。

 謎を多く抱えているにも関わらず、それを勘定に入れても信頼を築く男。それだけの功績をいくつも作り上げ、すべてを秘匿してきた。


「未だに彼が何を考えているのか私には分かりません。まるで神様と対話している気分です」

「実際そんな感じなのだろう。彼の能力は”神”と同じ感覚がする」

「そういえば、双一楼さんは神と戦ったことがあったんでしたっけ」

「...あぁ、一度だけな」


 さらっと、とんでもないことを再確認した。

 こんな人がそれほど言う男。夜桜 幸糸は一体なにをこれから先、やり遂げるのか。

 私はその最期まで見届けなければならない。彼の選択を受け入れてしまった者として。

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