新世界
海湖水
新世界
「向こうに行ってもがんばってね!!」
そんな言葉で送り出されてから、数年がたった。あの時、高校を卒業して、成人したけれど、まだ大人だなんて実感は全くなかった。あの時は、この田舎から出られる、なんて気持ちしかなかった。責任とか、独り立ちとか、そんなことの実感なんて全くなかった。
『次は、新山駅~。新山駅~』
そんな声で、私は現実へと戻ってきた。過去のことを思い返しているうちに、寝てしまっていたのだろう。私は横に置いてあるバッグとキャリーバッグを持つと、座席から立ち上がる。周りに、他に降りる乗客は誰もおらず、私だけが新山駅に降り立った。
何年ぶりだろうか。そうか、あの夢の時、この村を出て以来だ。だけど、私はあの時とは変わった。心も、姿も。この村を出る時、長かった髪は、大学の方へ行った後に短く切った。服装も、昔よりは可愛くなったのではないだろうか。
「あんちゃん!!久しぶり~!!」
「あっ、みおちゃん!!」
「かわったねぇ~。いつぶりやっけ~?」
「まあ、4、5年ぶりってとこかな?ありがとうね。結婚式に呼んでくれて」
「まあ、高校時代の親友がおらんと、さびしいもんなぁ。こっちこそ来てくれてありがとうな」
「うん。あと、これ、おみやげ」
駅を出ると、澪が立っていた。健康的な少しやけた肌と、くりくりとした目。高校卒業時から変わらずに、小柄で明るいが、どこかマイペースなところがあるように見えた。まったりした話し方も、彼女の特徴の一つだ。周りに優しく、何も包み隠そうとしない。本当に、あの時から何も変わっていない。
唯一変わったところがあるとすれば、彼女がこの夏、結婚するということ。高校時代には考えられなかったことだ。澪は全くと言っていいほど、色恋沙汰には興味がなかった。むしろ次のテストをどう乗り切るかのほうが、彼女にとっては重要だったかもしれない。そういう意味では、私も似たようなものだったが。
「本当にかわったなぁ。服も可愛くなったし、髪もバッサリ切っとるし、なんか話し方も可愛くなっとる!!いやー、あのころからはそうぞうできんなぁ」
「まあ、一番想像できないのは、みおちゃんの結婚なんだけどね」
二人で向かった先は、私の実家だった。もともとは木造だったが、一部には修理が施されて新しくなっている。玄関も、ガッチリとした頑丈そうなものに変わっていたので、私は玄関のチャイムを鳴らした。
「はーい。あら、澪ちゃん。それと、あん!!おかえりなさーい!!」
「ただいま。とりあえず、上がるね」
「おばさん、おじゃまします」
階段を上り、自分の部屋に入ると、ベッドといくつかの本棚、そして中くらいの大きさの勉強机が置いてあった。きれいに整っているこの部屋は、私がこの村を出る前と、全くと言っていいほど変わっていない。
「おおー、おじゃましまーす。あんちゃんの部屋に入るなんて久しぶりやなぁ」
「あっ、私は荷物を置いてくるから、そこのいすに座っといて」
私は一階まで戻ると、キャリーバッグを開いて、中に入っていたものを別のバッグに入れた。その後、麦茶を入れると、自分の階までゆっくりと気を付けて上がっていく。
まず、澪からはいろいろなことを聞いた。つい最近の暮らしだとか、澪の結婚相手の話とか、もともとの数少ないクラスメイトは今何をしているか、とかだ。その次に、私の暮らしの話をした。大学に行った後の話とか、今の会社の話をたくさんした。
「いや、学生時代にもどったみたいやな~」
「確かにそうだね。まあ、学生時代って言っても、30人くらいしか学校にいなかったけどね……」
学生時代、田舎の学校だからか、30人くらいしか生徒がいなかった。自慢ではないが、私はその中でも、目立っている側だったと思う。毎日のように学校に着いては勉強し、テストの成績はいつも1位。自分で言うのもなんだが、見た目もいい方だったので、数少ない女子たちの中では男子に人気があった。
私は都会の大学に行きたかった。あの時は、この村から出ていきたいという気持ちが強かったからだ。理由は特になかったが、私はこの村で一生過ごすのは嫌だった。
大学にも無事に受かって、村から出ていくとき、澪から夢のときの言葉を聞いた。向こうに行っても頑張って。自分は頑張れているのだろうか。自分の目指した自分になれたのだろうか。皆の、気持ちに応えられたのだろうか。
「どうしたん?なんか、気分悪いんか?急に黙り込んで」
「えっ?いや、大丈夫」
つい最近はこんなことをよく考えてしまう。
会社に行くたび、こんなことを考えてしまう。
何かをするたび、あの時の言葉がよぎる。
田舎は嫌だと飛び出して。
飛び出した空には何もなかった。
いや、飛べてすらいない。
新しい世界を見たいと、目を輝かせた、そんな私はもうどこにもいない。
「じゃあ、明日ね」
「そうやな!!じゃあ、また明日~」
澪が家を去ってから、私はベッドに倒れこんだ。ベッドの柔らかなにおいが、私の鼻に入ってくる。
私はあの頃から変わってしまった。
変わらないものは何もないとわかっていても、それが寂しくなってしまう。
それに比べて、澪はうらやましい。ほんとうに何も変わっていない。あの頃の優しい性格も、ゆっくりとしたしゃべり方も、全部。
「明日は結婚式かぁ」
そんな澪さえも変わってしまう。ただただ、それが寂しかった。
それでも、明日は来てしまう。変わらないものなんてないのだから、私はせめてでも、見えない世界が幸せであるように願うしかない。
「おやすみ」
そういうと、私は眠りについた。
まだ見えない、新しい世界に祈りを込めて。
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