第3話 それぞれの新婚旅行の準備

『一生忘れられない素晴らしい結婚式を挙げる』

『お父様とバージンロードを歩く』

『キース様と永遠の愛を誓う』


赤いノートに記された最初に叶えられた願い事の行に赤いインクを使ってペンで線を引く。

叶えられたモノはまだ海の向こうに行かなくても済むものばかりだ。

けれど、あともう少しで海の向こうで叶えられる願い事に赤い線が引かれる。私はその未来を心待ちにしている。


(キース様と新婚旅行かぁ…)


結婚式が終わってようやく落ち着いた頃、私達夫婦は新婚旅行に行く為に着々と準備を進めていた。

行き先はもう決まっている。それはお姉様が生前行きたがっていたラーナタルという国。

ラーナタルでは雪国でよく冬の季節になると天燈祭てんとうさいというとても有名な行事が執り行われている。

天燈とは、竹と紙で作られていて火の熱を使って空に飛ばすことができる提灯な様な物。

願い事を天燈に書いて空に飛ばすのが有名だが、何かの合図や鎮魂の意味を込めて飛ばすこともある。


(きっと私達の場合は願い事とは鎮魂の両方ね。この新婚旅行は、私達夫婦の為というよりお姉様の願いを叶える旅だもの。お姉様の安らかな眠りを願う旅でもあるわ)


私の脳裏にお姉様が楽しそうに天燈祭のことを話す姿が過った。

病気のせいでやつれていても彼女はいつも明るく振る舞っていた。このまま治ってしまうのではないかと思ってしまう程に。


「夜は沢山の天燈が夜空を照らしてとても美しいんだって!!早くこの病気を治してあんなと天燈を飛ばしに行きたいなぁ」


よく天燈祭の時期になると新聞に載っていて、お姉様は羨ましそうにいつもそれを眺めていた。

病院さえなければお姉様は天燈祭に合わせてラーナタルに出向いていただろう。お姉様の身体を蝕んだ病気が憎い。


(大丈夫よ。もう少しでお姉様の願いが叶うわ。きっと素晴らしい夜になるはずよ)


空にいるお姉様に天燈が届いて欲しい。そう思いながら私はページを捲る。

彼女が叶えたかった願い事は沢山ある。私とキース様で叶えてあげなきゃ。


(これは個人的な願いだけど、この新婚旅行で少しだけでもキース様との距離が縮まってくれればいいけど…まぁ、こればっかりは分からないわね…)


政略結婚という形で結ばれたが、まだお互いのこと分かっていない。

お姉様の願いを叶えてあげたいという気持ちだけは共通しているがそれ以外の事は手探り状態のまま。


(キース様が私の事をどう思っているのか少し気になるし私も彼の事を知りたい。この旅を続けるには必要なことだからしっかりしないと。なんか緊張しちゃうなぁ…)


キース様が私の事を"白雪"と呼んでいたことを思い出す。


(まずは呼び方を変えてもらうことから始めなきゃね)


私の見た目から呼ばれる様になった白雪姫というあだ名はあまり好きではない。尚且つ、夫になった人に呼ばれるのも好んでいない。

この新婚旅行で正さなきゃと思いながら私はポンと可愛らしい音を立てながら赤いノートを閉じた。






「キースぅ。遂にお前も結婚なんてなぁ。しかも、あのフルーネル家の次女の白雪ちゃんなんてねぇ♪」


自室の机で仕事との書類の確認をしている俺を親友というか悪友であるバランジア家の令息リチャードがとても楽しそうに茶化してきた。

俺はあまり相手にせず、書類にサインしたり印を押す。

奴の言う通り俺はカイネの妹と結婚した。当然、交際もしてなければ愛してもいない。彼女の家系を助ける為だけの政略結婚だった。


「カイネ様のことは残念だけどさ、まさかその妹に乗り換えるなんてねぇ。どう言う風の吹き回しだよ?そんなにあの一族を救いたかったわけ?」

「別に。ただ、カイネと約束しただけ。それだけだ」

「へぇ〜?それ本当かねぇ?いろいろ怪しいけどまぁいいや。それより、もう少ししたら行くんでしょ?新婚旅行。どこ行くの?」

「別にどこでもいいだろう。お前には関係ない」

「関係なくねーよ。参考にしたくってさぁ。今後、僕が誰かと結婚して新婚旅行に行くことになったら役立つじゃん?」


変に目を輝かせながら今度行く新婚旅行について聞いてくるリチャードに俺はため息を吐く。

俺は面倒くさそうに"ラーナタルに行く"と応えるとリチャードは少し驚いていた。


「へぇ。珍しい。あんま人が多い所嫌がるくせに。ココ、結構有名な観光地じゃん」

「彼女が行きたがっているから仕方ないだろう。のんか有名な祭りがあるらしくてな」

「あ、天燈祭?アレ綺麗だよなぁ〜。一回子供の頃に連れてってもらったけ」

「なんだ?行ったことあるのか?」

「まーね。随分前だから殆ど覚えてないけど、夜の天燈上げはすんごいよく覚えてるんだよね〜。そりゃ行きたくなるわって思うもん」


俺自身はカイネがよく行きたいと言っていたが、ラーナタルの天燈祭にはあまり興味がなかった。新聞によく特集に載っていたがしっかりと読んだことはなかった。

けれどリチャードが言う程だ。よっぽど綺麗な夜空になるのだろう。


(カイネが見たがっていた夜空。どんなに綺麗なんだろうか)


今思うともっと興味を示せばよかった。カイネが死ぬという現実を突きつけられてからその後悔は日に日に増した。

もっと彼女の話に耳を傾ければ、会う度に弱ってゆく彼女をこれ以上見るのが辛いからと目を逸らさなければ、彼女の願いをもっと早く知っておけば。タラレバばかり募る。

だが、あの結婚式の夜から覆ろうとしている。


「式の時、白雪ちゃんすんごい無表情だったけど、天燈見ただけで笑うかねぇ?想像できねーのだが」

「……どうだかな」


カイネの願い事を叶えて欲しいと願った白雪が笑った顔なんて見たことがない。

この新婚旅行は元はカイネの為に行く様なもの。白雪の原動力になっている姉の願いを叶えるだけに天燈を夜空に上げようとしている。白雪自身の為ではない。

カイネの願いを叶えた時、アンナ・フルーネルは笑ってくれるのだろうか?


(その時にならなきゃ分からない。俺のこともどう思ってるかも分からないのに)


あの赤いノートを差し出した時の白雪の顔が思い浮かぶ。緊張していたのだろう。顔を赤らめて今にも泣き出してしまいそうな目だった。

俺と白雪の父親だけで話が進んでしまっていた拒否権のない結婚にも難色を示すことなく、俺と結婚してくれた彼女の勇気。

この結婚が彼女とカイネの計画の資産の為だと知ってもその計画に関わりたいと思わせてくれた。

ラーナタルへの旅行と、天燈祭でほんの少しだけでも彼女を知れたらいい。


「なー?キース?天燈になんて書くの?何か叶えたい事でもあるわけ?」

「まだ決まってない。それに、天燈飛ばしは願い事だけじゃないだろ」

「鎮魂の意味で飛ばすのは分かるけどさ、あのカイネ様が望むことかななんて思っただけ」

(……確かに)


リチャードの言う通り太陽の様な彼女は求めていない気がする。

寧ろ…


「キース様!!貴方の願い事が書かれた天燈が見てみたいの!!」


なんて言われてしまう気がする。

鎮魂を込めた天燈より、未来を見据えた天燈を求めるカイネの姿に納得してしまった。


「祭当日までには考えるさ」

「え〜!!今決めようぜ!!すんごい聞きたい!!キースの願い事ぉ♪」


俺自身の願い事。強いて言うなら、カイネの願い事を全て叶える事ぐらいだ。今のところは。

もう一つあるとすれば、俺の妻になった白雪との距離を縮めることぐらいか。

こんな事、目の前にいるお調子者のリチャードには今はまだ言いたくない。

新婚旅行が終わって、俺達夫婦の形が定まってきたら話してもいいかも知れない。


「あるけどお前には言わん」

「え〜〜!!気になるじゃん!!!教えてよぉ〜」

「そんな事より早く俺の仕事の手伝いを進めてくれ。コレが終わらなきゃ旅行に行けなくなる」

「うぐ…!!!仕事もヤダ…!!!でも、キースの願い事と旅行話を聞く為だ…!!!」

「我慢して手を進めろ。リチャード」

「はいはい…仕事やだ…」


まだ話し足りないリチャードに仕事の催促をする。リチャードは嫌だと言いつつもゆっくりとだが仕事を進め始める。

カイネの願いを叶える旅の準備は着々と進んでいる。それは白雪も同じだろう。

本来とは違う形で迎えた結婚初夜は旅の始まりの合図。あの赤いノートは旅の地図になるだろう。

願いの旅の最初の目的地ラーナタル。そこで俺達夫婦の運命が決まるだろう。





アンナとキースは別の場所で新婚旅行に想いを馳せる。

まだお互いを知らないままだけれど、カイネの願いを叶えたいという気持ちだけは同じ。

そわそわする気持ちを抑えながらも2人は遂に新婚旅行の日を迎えたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る