【淡雪様設定集より着想】外界に出れない男

@munenuchu

第1話 喫茶店

それはある春の午後のことだった。

日曜日。

あの子は今日も眠っている。

医者が診察しても、親が泣き叫んでも、一向に目が覚めないのだ。


そして俺は喫茶店にいる。

奴と、今回の案件について相談するためだ。

何を相談するって?

俺のような、悪い言葉でいうなら寄生虫のように他人の魂の中に篭っていた男でも、宿主様の回復を願う人情はある。


サラリーマン風の男が到着した。

こいつの正体はあえて紹介しない。

あんたら人間にはわからないし、一生わからないのが正常な人間というものだから。


彼は言った。

「あの子、望というんだっけ。望君が意識を取り戻すには、てめーが出ていくしかないぞ」

俺は正直キレた。

てめーという呼び方もムカつくし、奴が俺の宿主様を馴れ馴れしく下の名前で呼ぶのも腹が立つ。

机を蹴りつけるところだった。

しかし、俺もさすがに社会人(といっても人間とはいえないけど)だ。

ここは敬語で話す。

「それ以外に方法は無いんですか?」

「無いね」

その言葉にはこれ以外に何も継がせないという妙な固さがあった。

俺はうなだれた。

「もうてめーは外界でもやっていけるんだから良いだろ」

確かに事実だ。

だからこそ辛い。

この俺でも、住み慣れた故郷ってあったんだと思った。

なんだ、ダムに沈んだ村の住民か?

コーヒーが冷えたまま、奴は出ていった。

挨拶も無しに無礼な奴だが、もはや怒鳴る元気もない。


この俺は、あの子を助けるか自分が外界に出たままになるか、どちらかを選ばされることになるんだ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る