第10話 妹「義姉に代わっておしおきよ!!」
くぅ、くぅ、と寝息が部屋に響く。
私は布団で眠りに沈む最愛の人を見やり、薄く笑みを浮かべる。
ちょっとだけ詰まる寝息が好きだ。
あまり良いとは言えない寝相が好きだ。
めくれた寝巻きから覗く筋肉が好きだ。
でも、今の私が、それを伝えてもいいのだろうか。
私は手のひらに残った感触をかき消そうと、何度も握っては開く。
「…………きらい」
自分が嫌い。自分勝手な自分が嫌い。
恋に酔って、恋に溺れて、すっかり狂ってしまった自分が嫌い。
無意識に、大好きな人が許さざるを得ない状況を作ってしまう自分が嫌い。
…そのくせに、簡単に操られて、簡単に最愛の人を殺そうとした自分が大嫌い。
そんな考えばかりが消えては浮かんで、私の頭をぐちゃぐちゃにかき乱す。
これは、たっちゃんが許すどうこうの話じゃない。
私が納得できるかどうかの話だ。
「………」
もちろん、納得なんてできない。
いくら神様に操られたからって、あんなにも簡単に最愛の人を殺そうとするなんて、論外にも程がある。
だけど、それで自罰に走ったら、それこそたっちゃんに迷惑をかけてしまう。
そんなモヤモヤとした気持ちが、喉の奥につっかえて取れない。
私がそんなふうに思い悩んでいると。
たっちゃんが唐突に起き上がった。
「やばっ、寝過ぎ…っ」
まだ、彼が眠りについて二時間も経ってない。なんなら、日付も変わってすらいない。
なのに、彼はひどく慌てた様子で立ちあがろうと腰を上げる。
と。何かに気づいたようにその動きを止め、たっちゃんは布団に戻った。
「………あ、家か…」
そう呟き、彼は再び眠りにつく。
無人島で暮らしていた時は、どんな生活をしていたのだろうか。
少なくとも、睡眠時間を削らなければ、生活がままならない程に過酷だったのは見て取れる。
人を辞めて、そんな生活を続けて、私が下着を漁ってる姿を見て、苛立ちを覚えないわけがない。
もっと、口汚く罵ってもいいのに。
そんなことを思いつつ、再び眠りについたたっちゃんの顔へと目を向ける。
「………かわいい」
世辞にも優しそうとは思えない、釣り上がったきつい目つき。
それが、寝ている時だけは少し下がる。
できることなら、朝までずっと見ていたい。
帰ってきてから、ずっと私ばかりが満たされているような気がする。
本当は、帰ってきたら彼を労うのが先のはずなのに。
そんな考えが浮かんだ瞬間、私は現実から逃げるように、目を閉じた。
「…………」
♦︎♦︎♦︎♦︎
「葵姉がおかしい?」
翌朝。俺は葵が起きるよりも先に目覚め、日課のランニングに行く前の妹に相談を持ちかけた。
昨日の夜。少し目覚めた後、寝たふりをしてみたが、葵の様子がおかしいことに気づいた。
根は真面目な彼女のことだ。
昨日のことを俺が許したとて、かなり気にしているのだろう。
無論、妹に詳細を話すことは出来ないため、俺は少しばかり言葉を濁す。
「あー、まぁ。ちょっと、葵が気に病むよーな目に遭っちまってな。
あんま寝れねぇみたいなんだ」
「兄貴が抱けば済む話だろ」
「なんで毎度そういう結論に至るんだテメェいい加減殴るぞ!?」
脳みそどうなってんだ。
盛りのついた猿かよ、コイツ。
俺が叫ぶと、妹はため息を吐き、俺の頭を思いっきり叩いた。
「だっ!?」
「バカ兄貴。あんだけしゅきしゅき言って毎晩どう告るか悩んでた幼馴染のことなーんもわかってねーのか?」
「いや、それでなんで『抱く』って選択肢だけが出てくるんだよ…!」
「葵姉の性格考えろや。
自分ばっか世話見てもらってるこの状況に気付いた途端、面倒くさいことになるってのはわかってたろタコ」
「お前なんか今日、口悪くね…?」
「悪くなるに決まってんだろ無自覚に地雷踏みまくってる兄貴見てたらよォ」
…なんかしたっけ。
俺が首を傾げていると、再び妹の拳が落とされた。
「だっ!?」
「兄貴、帰ってから、葵姉になにか頼み事とかしたりしたか?」
「や、あんましてないけど…」
あんな状態の葵に甘えるとか、それこそダメだろ。
そう返すと、妹は心底信じられないものを見るような目で、俺を睨め付けた。
「今までの葵姉は追い詰められ過ぎて、兄貴が帰ってきただけで満足してたけどさ。
ある程度経って、回復してくると、頼りにされたいって思うのは当然だろーが」
「……いや、でもさ…」
「でももへったくれもねーよダボハゼ」
妹の拳が三度落ちる。
我が妹ながら手が早い。
もうちょっと、悩む兄貴に寄り添ってくれていいんじゃないか?
妹は顔じゅうに青筋を浮かべ、俺に詰め寄った。
「自分の立場考えろボケ。
アホ兄貴は、無人島っていう過酷な環境を生き抜いて帰ってきたんだぞ?
そっちが気にしてなくても、葵姉が気を使うのはわかりきったことだろーがよ。
その様子だと、付き合ってから一回も葵姉を立てたことねーだろ?」
「…………」
悲しいくらいにない。
俺が黙り込むと、妹は俺に唾を吐きかけるように口を開いた。
「ぺっ、ぺっ!女を立てるってこと覚えろってのボケがよ!
お前よりもお前の乳首の方が価値あるわ!」
「………俺のこと、ボケとかバカとかいうの、やめない?」
「事実だろうがボケバカアホカス!
それで葵姉の不眠症再発しかけてんだから世話ねーっての!」
兄として非常に情けないことを言うが、こいつに口喧嘩で勝てる自信がない。
そもそもの話、口喧嘩でも喧嘩でも勝ったことがない。
的確に正論で叩きのめされた俺はふと、浮かんだ疑問を口に出す。
「…なぁ。それで、なんで『抱け』なん?」
「………マジで言ってる???」
「うん」
「よし、じっとしてろ」
妹は言うと、俺の背後に回る。
人では認識できない速度だ。残像すら見えた気がする。
腰をホールドされた感触が伝わると共に、景色が一点し、脳天に衝撃が走る。
ジャーマンスープレックスである。
解放され、床に落とされた俺は、あまりの激痛に悶え、「うぐぉおおっ!?」と呻き声をあげる。
「な、なに、すんだ…!!」
「ちょっと思考回路をシモに回して考えりゃわかることだろうが!
今すぐできて、葵姉が確実に愛されてると確信できて、尚且つ自分が求められてる実感を持てる行為はなんだ!?えぇ!?」
「………」
「チッ!大学生にもなってカマトトぶってんじゃねぇぞ!
チキンもそこまでいくと腹立つわ!!」
妹はそれだけ言うと、「ランニング行ってくる!」と言い残し、外へと出ていく。
残された俺が頭をさすっていると、寝起きのお袋が降りてきた。
「…あの子もやり過ぎだけど、葵ちゃんを追い詰めてるアンタも悪いからね?」
「………はい」
寝起き1番で説教をかまされてしまった。
もう少し、付き合い方を見直してみるか。
そんなことを思いつつ、俺はリビングへと戻った。
実家に帰ったら、幼馴染が俺のパンツを吸ってた 鳩胸な鴨 @hatomune_na_kamo
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