灰は白に憧れ黒を想う(旧:白と黒は混ざりあい灰になる)

回り道

鮮彩高校入学式

青い空、白い雲、淡いピンク色の桜が舞い散る4月の今日は、県内有数の進学校である鮮彩高校の入学式だ。


「まさかあなたも鮮彩高校に合格してるとは思わなかったわ。」

真っ白な肌と綺麗な長い黒髪を揺らしながら一ノ瀬真白いちのせましろは本当に予想外だったというように言い放った。


「当然じゃない、灰がここなんだもの。」

ハイミルクチョコレート色の髪と少し焼けた肌からは活発さが感じられ、いわゆるギャルのような雰囲気の愛沢黒絵あいざわくろえは、当たり前だといわんばかりに言い返した。真白が驚くのも無理もない、黒絵は中学一年の時から不登校の生徒であった。


少しきついんだよねというように第二ボタンまで開けられた制服からは果敢な年頃である男子高校生に強い刺激を与えるような膨らみが見える。真白は着崩した制服を見ると「はしたないわよ。」と注意したが、黒絵は、お目当ての人物を見つけたかと思うと「かいー!」とよく通るその女性らしい高い声でその人物を呼び、真白の注意をかき消した。


「なんで先に行っちゃうのよ。」

「先に行くね。」と書かれたLI○E画面を見せつけながら黒絵が怒る相手は僕、仲居灰なかいかいだ。灰は高校入学と同時に一人暮らしを始めたが、黒絵も一人暮らしをすると僕に相談してきたため、一緒に引越し先を探していたところ、僕の決めたアパートの隣の部屋に黒絵が引っ越してきた。黒絵は一緒に登校するつもりだったらしい。


「ごめんね。黒絵は可愛いからさ、恥ずかしくて。」

嘘ではないが、本心ではない。実際、黒絵は街に出れば必ずナンパや芸能事務所のスカウトにあうほど容姿に優れている。そして、今現在もさることながら人目を引きやすい。ただ、あまり目立つことは避けたい灰としては、一緒に登校することを避けようと思っていた。しかしたった今、その目論見は崩れ去ったところであり、1人置いてきてしまった黒絵に少し罪悪感を感じた灰は、うまく表情を作れず微笑む代わりに苦笑いで答えた。


黒絵は可愛いと言われてか、ぎこちなくも微笑まれたからか怒りをおさめて少し頬を春らしい桜色にかえ、機嫌を戻した。その後ろから歩いてきた真白は、見本のような、逆に不自然と言える笑顔で「おはよう、灰。」と挨拶をしてくる。おそらく僕たちの会話を聞いていたのだろう。


「おはよう、真白。また真白と同じ学校に通えてよかったよ。」

そう返すと、さっきまでの見本のような笑顔が崩れる。それは不自然さがなくなった、自然な笑顔だ。この返事が正解だったらしい。僕たち三人は幼馴染であり、小・中学校で一緒だったこともあり、その濃い日々を経て仲良くなった。


挨拶もほどほどに入学式が行われる体育館へ「さっさと向かいましょう。」と真白は歩き出し、僕と黒絵もそれに続いて歩き出す。


入学式はなんの変哲もなく無色透明のような味気ないものだった。眠気を噛み殺しているうちに式が進行していき、はっとして顔をあげた時には終わっていた。


その後はなされるがまま、一度教室に行き担任の先生のお話をいただき、あとは教科書を買ったら帰宅していいとのことだった。


「はぁぁ〜、教科書ってまあまあ高いよね。」

「そうだね、先月沢山入っといてよかったね…あ…」

「やばっ」と黒絵との教科書代についての愚痴を真白に聞かれ、怪訝な目を向けられた。しまった、口を滑らせた。


「たくさん入ったってなんのことよ。」

「有償ボランティアのことだよ。」

僕は平然と嘘をついた。僕と黒絵は、中学3年の夏からバーでバイトをしている。高校で一人暮らしをするため等理由はいろいろあるが、どうにかしてお金を稼がなければいけなかったため、僕と黒絵でバーの店長に土下座して泣きながら頼み込んだ。店長が黒絵の親の知り合いだったこともあり、なおかつ中学生に土下座され泣きつかれるという罪悪感を刺激した結果、その娘と娘の友達として受け入れてもらえた。まあ、当然に違法である。中学生が、ましてや夜中までお酒を売る仕事をしていいわけがない。ただ、僕たちはそれをするしかなかった。そして、それを真白に知らせてはいない。


「ふうん、そんなのあるんだ」と真白が無理やり納得する。多分この幼馴染は何か気づいているが僕たちが隠そうとしているためか、しつこくは聞いてこなかった。そう言うところが、僕たちが仲良くなれた要因なのだろう。


口を滑らせつつも教科書の購入を終えた黒絵は、「今度こそ一緒に帰ろっ!」と腕に抱きつく。柔らかい膨らみが当たっているが、心でのみそれを堪能し、「そうだね、一緒に帰ろうか。」と笑いかける。


「よかったら送っていくわよ!」

いつの間にか両親と一緒にいる真白が僕たちに声をかける。真白の両親たちもよかったら乗っていきなさいと優しく微笑む。「それじゃあ、お言葉に甘えさせていただきます。」と僕が答えると、黒絵は一瞬つまらなそうな顔をみせたかと思うと、真白の両親に気づかれないようすぐに表情を戻し、「ありがとうございます。」と送ってもらうことに決めた。


「これからも娘をよろしくね」

真白の両親が僕たちに微笑みかける。僕も「もちろんです、三人とも同じ高校に入れてよかったです。」と苦笑いで答えつつ、中学時代を思い出す。昔から真面目で、中学校三年間変わることなく学級委員長を勤め続けていた真白だが、その真白に1番2番で迷惑をかけたのが僕たちである。それを知ってか知らずか車内で真白の両親は優しく声をかけてくれた。たまに娘の恥ずかしい話をして、真白が「本当に恥ずかしいからやめてっ!!」とりんごのように顔を赤くしていたが、そこに家族の幸せな雰囲気を感じ心が揺さぶられる。


他愛のない話をしているうちに、アパートに到着し「ありがとうございました。」と僕と黒絵はお礼をいい、それぞれの部屋に帰る。


「はぁ…少し眩しかったな…」

灰はベッドに倒れ込むとそう呟いた。どうにも1人になると気持ちが溢れてしまう。暖かい家庭、それは夢かう現か、先ほどまでの真白たちを思い出しながらまどろむと、そのままスヤスヤと音をたて始める。


「はあ…灰…私ならきっとっ!」

ベッドに腰掛けた黒絵のイヤホンからはスヤスヤと音が鳴っている。そして、先程まで灰の隣に座り、密着触れていた部分を鼻に近づけると深呼吸をし始めた。途端に、朝の桜色などではなく、赤の絵の具をそのまま散らしたかのように紅潮し「灰っ…灰っ!!」と今にも溶けてしまいそうな顔を浮かべる。最後にもう一度深く深呼吸をすると、ハッとし「バイトに遅れる!」とドタドタ床を鳴らしすぐに黒絵は家を出た。


「有償ボランティアね…へえ、こんなのあるんだ。誘ってくれてもいいのに。」

真白はため息をつく。どうにも、私と彼らには壁がある。それがなんなのかは、おそらく家庭環境が原因だろうと考える。それでも今なお仲良くできているのは、私が中学時代委員長としての仕事を放棄せず、私が彼らから離れなかったからであろう。「高校生になったからには、気持ちを伝えたいな…」真白はそう心に決めると、今日買ったばかりの教科書を端から目を通していった。

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