昨日の天使は、明日の悪魔
凪風ゆられ
天使は悪魔
家に帰ると知らない人がベッドの上にいた。
真っ白なワンピースに同じくらい真っ白な肌。頭には黄色い輪が浮いていて、背中には翼が生えている。
天使だろうか。
「そうだよ! 私は天使だよ!」
どうやら生き別れのコスプレ好きな姉や妹ではないみたいだ。
ナチュラルに心を読んでくるあたり信頼していいだろう。
じゃあ、なんでこんなところに天使様が? もしかして、僕はとっくに死んでいるのか。
「違うよ! 人の世界に興味が湧いて、こっちに来たんだ!」
観光先に日本が選ばれるあたり、天国でもジャパニーズカルチャーは新鮮らしい。
そんなに珍しいものはないと思うけどぜひ楽しんでいってほしい。
「じゃあさ食べ物! ちょーだい!」
いつの間にか起き上がっていた天使様が僕に要求してくる。
まるで子供の用に、ずっとこちらを凝視してくる。
仕方ないのでカバンの中からカロリーメイトを出した。
「おいしくないー! もっとおいしいのちょーだい!」
我儘な妹を持つというのはこんな感じなのだろう。
彼女には少し待ってもらって、適当にカップ麺を作った。
日本に来て最初に口にするのがカロリーメイトとカップ麺なのは可哀想だなと思いつつ天使様に渡す。
「んー! まあまあな味!」
汁まで飲み干すといつの間にか彼女は消えていた。
夢だったのか。しかしゴミはしっかり残っていたので微妙な判定だ。
ここしばらくは浅くしか眠れていないので幻覚の可能性もありえる。
少し黙考したのち、考えても仕方ないと思い寝ることにした。
***
朝、目が覚めると昨日の天使様が立っていた。
「おはよう! 動物園に連れてってちょーだい!」
久々に誰かに挨拶をされた気がする。
不思議な感覚を味わいながら、体を起こす。
今日も用事はないので、彼女の要求にこたえるとしよう。
「やったー! サメがどんなものか見るぞー!」
サメは水族館だよ。
タンスの中から適当に服を引っ張り出して着る。
天使様の服装を見て一瞬迷ったが、結局は何もせずに出かけることにした。
本人がなんとも思っていないならそれでいいか。あちらの文化というものもあるだろうし。
都内の動物園に着いた。
平日ということもあってか、人は少ない。
彼女の姿は他人には見えないらしく、入場料金も一人分で済んだ。
天使様はあっちこっち見て回っていた。カピバラが気に入ったらしい。
サメはもちろんいない。
「よし! ハンバーガー食べたい!」
彼女の要望によりお昼はハンバーガーにした。
近くのショッピングモールに内蔵されているファーストフード店で食べた。
天使パワーのおかげなのか彼女が触れるものは見えなくなるみたいだ。ハンバーガーだけが浮く、という事態は起こらなかった。残念。
食後はモール内を見て回ることにした。本屋やゲームセンター、服屋、映画館と数か月ぶりに会う。
「ねぇねぇ! あのストラップちょーだい!」
女子が好きそうなものがたくさん売っている店で彼女が言った。
値札を見てみると千円近くしていた。さすがに値段が高い。
拒否の反応を示したが、天使様も断固として譲らなかった。
仕方ないので、監視カメラに映らないようにカバンの中にしまう。
「疲れた! 帰りたい!」
確かに今日はよく歩いて脚が痛い。
それに盗みがバレるのも面倒くさかったので家に帰ることにした。
帰宅してストラップを渡すと、また天使様は消えてしまった。
軽く体を拭いてベッドの上に寝ころぶ。
泥のように眠った。
***
「おはよう! 今日は宝石が見たい!」
天使様の一言で目が覚めた。
宝石店は頭が良くてお金持ちな人が行くイメージがあるので行きたくない。
「やだ! 行きたい!」
脳内で多数決を採った。
結果は行きたいイチで、行きたくないゼロ。
さっさと着替えて外に出ることにした。
昼近くまで寝ていたせいか、外出してみると人が多く歩いている。
初めて正面入口から入る宝石店に緊張しつつ、中を見回した。
天使様は色とりどりの宝石等に釘付けになっている。天使とはいえ彼女も女の子のようだ。
「これ! ちょーだい!」
指差した先にはルビーの指輪が飾ってあった。
まるで鮮血のように紅く、人の命のように小さいそれは、とても輝いて見える。
彼女が欲しいとねだる気持ちも分からなくはない。
しかし僕の財布の中身では圧倒的に足りない。
「むー! そこはなんとか頑張って!」
なんという無茶振りか。
クレジットカードもないので借金すらできない僕に何を期待しているのだ。
今夜取りに行くしか選択肢はないので夜まで待ってほしい。
「お腹すいた! お寿司が食べたい!」
僕のお願いは受理されたようで別の要求が飛んでくる。
ならば、今日は回るお寿司を昼食にしよう。財布の中身が心もとないけど。
数皿食べた僕たちは今、帰路についていた。
ふと隣にいる天使様について疑問が湧いてくる。
何故僕を選んだのだろうか。観光案内人と言えるほど日向を歩いている人間ではないというのに。
「えっとねー! …………だよ!」
天国語でも口にしたのかまったく聞き取れなかった。
まぁ、きちんと伝えてくれるのならやましいことはないのだろう。
家に着くと天使様は消えていて、また一人となった。
予定時間までは余裕があるので、ボロボロの携帯で通路の確認や周辺の構造などを調べて、適正な道具をカバンに詰め込む。
今回は天使様のために行くが、どうせなら他にもいくつかいただいていこう。
ここ最近は出費が激しいからそろそろ収入が欲しいところでもあった。
***
目が覚めると真っ先に嬉しそうにしている天使様が見えた。
「おはよう! この宝石、赤くてきれいだね!」
気に入ってくれてよかった。
夜な夜な宝石店にお邪魔したかいがあるというものだ。
おかげで夕方に起きることになったわけだが。
「次は人の血! ちょーだい!」
それは天使と言うよりかは悪魔なのではないだろうか。
「悪魔じゃないよ! 天使だよ!」
本人がそう言っているのだから天使以外の何者でもないのかもしれない。
考えてみればこんなにかわいい子が噓をつくわけもないか。
そこらへんに転がっている果物ナイフで腕を切ろうと狙いを定める。
「違う違う! 君のじゃなくて別の人の!」
人の血に違いなんてあるわけないのに。
それでも僕は■使様の言う通りにするため、外出の準備を始める。
持ち物はナイフ一丁でいいだろう。どうせ人を一人斬るだけだし。
適当に近所をぶらついていると突然■使様が「ここがいい!」と言い出した。
これといった特徴はなく、至って普通の一軒家だった。子どもがいるのか、小さな三輪車が置かれている。
周囲の様子を確認した後、庭に侵入して窓の鍵が閉まっているか確かめる。
すっと開く大型窓。
不用心だなと思いつつすぐに中に入った。入った先はリビングのようで、子供が一人テレビを見ていて、母親らしき人が料理をしていた。
「この子の血! ちょーだい!」
僕にしか見えない彼女の指示に従い、幼い子に向かってナイフを振りかざす。
目に映るは鮮血、聞こえるは耳障りな鳴き声。いつ聞いてもいい気はしない。
「やっぱり血じゃなくて命が欲しい! ちょーだい!」
殺してもいいのだろうか。
■■様へ問うと許可が出た。
いつか読んだ本の通りにナイフを動かすと、相手は簡単に死んでくれた。
やはり本は読んでおくべきだな。どんな知識でも蓄えておいて損はない。
キッチンがある方から震えた叫び声が聞こえてくる。
あの人はどうするべきだろうか。
■■■に問うと「ついでに」と指示が下された。
ゆっくりと近づき、先程と同じ手順で殺した。
これで満足しただろうか。
彼女へ視線を移すととても嬉しそうな顔をしていた。
■■が血や死体を好むなんて変な話だ。
やるべきことが終わった僕は、冷蔵庫から適当に食べものを漁ってそれを朝食とした。時間的にはもう晩御飯だけど。
食後は悪魔を探したがどこにもいなかった。いつものことか。
ここから家に帰るのも面倒くさかったので、この家の風呂とベッドを借りることにした。久しぶりの風呂はとても気持ちがよくつい寝てしまいそうになった。
おやすみなさい。
ふかふかなベッドの上で目をつぶる。
誰かに起こされる夢を見たので、起きたら周りに警察官らが立っていた。
部屋の扉の前にはスーツ姿の男性が一人、絶望したような顔つきでこちらを見ている。
そこから、僕に死刑が言い渡されるまでそう時間は要さなかった。
***
拘置所所長から目隠しをされ手錠を掛けられる。
「久しぶり! 元気にしてる?」
背中を軽く押されて歩くよう指示される。
「元気だね! でもなんで返事してくれないの?」
止まれ、と指示され、首に太い何かを巻きつけられる。
「あぁ、そういうことね! 私のせいかな?」
小さく首を振る。
「じゃあさ! 最後に君の命、ちょーだい!」
直後、圧迫感と浮遊感が同時に僕を襲った。
昨日の天使は、明日の悪魔 凪風ゆられ @yugara24
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