第37話

その後の国分先生の話によると、美麗さんはひとまず日本で拘留しておき、後は中国との交渉次第となるようだ。

向こうは彼女の独断ということで見捨てる可能性の方が高いでしょうがと付け足した国分先生は苦笑いを浮かべた。


そんな大事件が起こった歓迎会はもちろん即座に中止され、諸外国要人たちはそれぞれの宿泊先へ帰ったらしい。



「そういえば、アフリカ連合のカサンドラさんでしたっけ?

ずいぶん心配しておいででしたよ。意識を失った片岡様にしがみついて、嫌だ離れないの一点張りで引き離すのにずいぶん苦労しましたよ」



そっか…カサンドラさんに後で謝らないとな。他のみなさんにも。

カサンドラさんが特に心配してくれたことが嬉しくてつい顔がにやけてしまったのを国分先生は見逃さなかった。


「彼女とはずいぶん楽しそうにお話されてましたよね〜」


「み、見てたんですか!?」


「ええ、それはもうモニターでバッチリと。

彼女スタイルいいですもんね〜。

それに、アメリカのエミリーさんでしたっけ?彼女に抱きつかれたときもかなり嬉しそうでしたよね〜。

今の映像をご自宅の方へ送っておきましょうか?」



もし、それを美弥さんに見られでもしたら…

頭に三本のロウソクを立てた鉄輪をかぶり、両手に包丁を装備した修羅の姿が容易に想像できてしまった俺は一気に血の気が引いていく。



「ガチでやめてください」



そう言いながら教科書に載ってもおかしくない完璧な土下座を披露した。

国分先生は笑って冗談ですよと言っていたがこちとら命がかかっているのだ。心臓に非常によろしくないのでそういうのは冗談でもやめてもらいたい。いや、マジで!フリとかじゃないからね?と、きちんと目で訴えておく。



「それで今回のお詫びってわけじゃないんですけど、もしお時間あればみなさんを家に招待できたらって思うんですけど。

国分先生はどう思われますか?」


「そうですね…

彼女たちは喜ぶと思いますが、、、あんなことがあったのに本当によろしいんですか?」

彼女はうーんと手のひらに顎を乗せてしばらく考え込んだあとで訊ねた。


「はい、こちらは全然大丈夫ですよ。

歓迎会では少ししか話せなかったですし、やっぱり外交ってことで私も彼女たちも形式ばってたというか本来の姿じゃなかったと思うんです。そういうのじゃなくてもっとラフに話せたらって思うんですよ。家だとそういうこともできるのかなって」


「ベッドの中で?」


「ちょっ…!揶揄わないでくださいよ」


「冗談です。そういうことでしたら姉に相談してみますね。

みんなということは歓迎会に参加した中国を除く全ての国ということでよろしいのでしょうか?」


「あっ!いえ。朝鮮民国のソユンさんも除いてあげてください」



仕事である歓迎会が終わってまで俺の相手をするのも嫌だろうと気を遣って言った。

このとき国分先生の目がほんの一瞬怪しい光を帯びたことに全く気づくことができなかった俺は何の疑いも持たずに理由を話してしまったのだ。

これが元で後に世界史に残る出来事が起こったなんて俺は一生知ることはないのだが…



「そうですか。それなら彼女も呼ばない方が良いでしょう。

エミリーさんはよろしいので?」


俺の理由を聞き終えると納得した表情となった国分先生はエミリーさんについては大丈夫か念を押してきた。


「あ、彼女は全然大丈夫ですよ。

というかなぜ連れていかれたのか未だにわからないんですけど?」


俺があっけらかんとして言うと、彼女は自分のつつましい膨らみを見つめてから小さく「やはり胸か…」と言って肩を落とした。


「今何かおっしゃいました?」


ほんとは聞こえていたのだが、ここは気づかないフリをしてスルーするのが大人の対応というものだ。

その後、少し口を尖らせながら明日病院の方で精密検査をしますからと言った国分先生は実家へ、それを了承した俺は家へとそれぞれ帰路に着いたのだった。



⭐︎



ーーー国分家の一室ーーー



「そんなことがあったなんて…中国の件についてはもちろん報告を受けていたのだけれど朝鮮までなんてね」


祥子から事の詳細を聞いた副首相である姉は苦々しい顔をして言った。


「姉さん、私はもうあの国の支援を打ち切ってもいいと思うの」


「そうね、だけど今日本の支援を全て打ち切ったら確実に滅ぶわよ。どこの国も他国を助けてる余裕なんてないんだから」


「恩を仇で返すような国はいっそ滅んだ方が良いと思うわ。

仮に滅んだとしたらどうなるの?」

彼を侮辱されたことに相当怒り心頭な祥子は姉に詰め寄った。


「そうね、祥子の言うとおり滅ぶなら今のタイミングが一番いいかもしれないわね。

その後はこれからの欧米各国との話し合い次第でしょうけど私の予想では7:2:1でそれぞれアメリカ・中国・ロシアの領土になるんじゃないかと思うわ」


「あら、がめつい姉さんにしては珍しく日本は領土を取りにいかないの?」

祥子は心底驚いた表情で姉に問うた。


「もちろん経済的に噛ませてもらって利益は得るわよ?けれど、領土はちょっとね…

また何十年後かに五月蝿く被害者ぶって賠償金賠償金!って叫んでるのが祥子の目にも浮かぶでしょ?

これで後腐れなくあの国と縁が切れて、経済的利益を得れるならそれが一番良いと思わない?」


「ふふふ、姉さんも相当の悪だね」


「あら、祥子に言われるなんて心外だわ。

それはそうと、彼の提案については了解したわ。

一つだけ確認したいのだけど、本当に彼が他国へ行ってしまうなんてことは無いのよね?」


「ええ、彼が大切にしている八人を置いて他国へ行くとは到底思えないもの。私もその中に入れればいいのだけれど…

今からでも毎日豆乳2L飲もうかしら…」


そう言って自分の胸に目を落とした祥子はあの時よりも更にがっくりと肩を落とした。

何のことか全くわからない姉はひとまずスルーしておくことにした。


「じゃあ、私は今から首相に話したり党内部での調整があるから。

あなたは引き続き彼のことお願いね?」


「こっちは任せておいて、姉さん」


ようやく念願であった朝鮮と手を切った明るい未来の日本を想像した二人はふふふと笑い合ってそれぞれ部屋を後にした。






一方その頃、そんな話になってるなど夢にも思っていない俺はようやく我が家に帰りつき、呑気に千夏ちゃんが送ってくれたサツマイモをホクホク顔で頬張っていたのだった。







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