アクジキジハンキは、一年ほど前、佐藤譲二と佐々木棗を喰った。彼らはいじめっ子側にいたというのに、その非を認めようとしないから、手痛い目に遭わせてやろうと噛みついたのだ。

 結果、どうなったかというと。

「実は、あの二人が最後だったんです。度会くんが許せない人物の中で図太く生き残っていた、最後まで」

 けれど、どういうわけか、二人は改心した。

 二人は自分が生きていることと、今まで成してきた所業を照らし合わせ、反省の文章を書いたのだ。そして、毎年開催される百物語の真意に辿り着いた。

 故に、二人は去年の百物語の際に度会に問いかけた。どうすれば過去の所業を洗い流すことができるか、自分たちがどうなれば、度会が満足し、成仏できるのか、といった内容を。

 度会はそれに対し、こう答えた。無情きわまりない答えだった。

「君たちはただ、君たちの犯した一方的な暴力というものをとことん味わって、絶望の淵に堕ちてしまえばいい。僕らが味わったように。君たちが認めたんだから、もうこの贖罪からは逃れられない。君たちはね、僕の分の絶望、他にいじめられていた子たちの絶望を喰らい尽くしても足りないくらいに罪深いんだよ? だから、せいぜい後悔して、もうどうしようもないことに気づくといい。ほら、『後悔先に立たず』っていうだろう? 君たちは存分に後悔して、その果てに、自分の行く末を決めればいい」

 度会は、「死ね」とは言わなかった。彼の目的は復讐だ。いじめられていた自分と同じように、抗いようのない絶望に突き落としてやりたいというのが、彼のたっての願いだった。

 それがどんなに歪な形だとしても。

 譲二は少し考えた。絶望。それは何年も繰り返される百物語の中で成す術もなく殺されていくということで、存分に味わっていた。何故、ただ葉松を煽っていただけの自分が、こんなに責め立てられなければならないのか、とすら思っていた。悪いのは自分ではなく、暴力の徒であった葉松だと信じて疑わなかった。自分には関係ないと思い込んでいたのだ。

 だが、よく考えてみれば、自分と同じく葉松を囃し立てる役を請け負っていた嗣浩は、己の罪に気づき、悔いて、死んだ。

 そんな嗣浩と、自分は一体何が違うのだろう、と考えた結果、譲二は絶望することになった。──結局自分は嗣浩と同じで、いじめる側にしか過ぎなかったということを悟ったのだ。

 何をもって償いになるのか、譲二にはわからなかった。わからなかったが、度会に、それから他の子にもいじめをはたらいていたという事実は変わらない。ただ、悔いるしかできなかった。

 今更、度会が生き返るわけでもない。そんな度会が望むのは、絶望の淵に堕ちること。

 もう、絶望の淵なんてわからなかった。けれど、譲二はもう生きていてはいけないのだと悟った。

 何しろ、自分は人殺しだ。直接手を下したわけではないけれど、それに加担したのと代わりはない。間接的であれど、自分は度会を殺してしまったのだ、と思った。

 死に対する償いなんて、思いつかなかった。命に値段がつけられないように、死んだ度会の命だって、価値のつけられないほど貴重なものだったはずだ。それを自分は易々と死なせた。

 同じいじめっ子グループだった葉松も嗣浩も、その罪の償いとして、命を捧げている。──命が価値を計れないものであるなら、同じ命を差し出す。

 そんな葉松と嗣浩の行動が正しかったのか、譲二にはわからない。ただ、命の償いを命でするなら、等価になるのではないか、と考えた。

 故に、佐藤譲二は自殺した。少しでもその罪をあがなうために。それが正しい判断であるかは、尚架たちにはわからなかったが。

 次いで、佐々木棗が取った行動は──度会の墓に花を手向け、懺悔することだった。

 百物語と同じように、いつ終わりにすればいいかわからない懺悔だ。

 毎日毎日、棗は花を手向け続け、度会に謝り続けたという。

 棗の悪友は、もう皆その命を絶ってしまった。ただ、少し頭の回る棗は、他の方法を探した。他の、懺悔する方法、償う方法を。

 棗も譲二も、きちんと向き合った。度会の死というものに。それで、度会は満足したらしい。

 長きに渡り続いてきた百物語は、去年で終わりを告げた。

 度会が去り際に「またね」ではなく、「さよなら」と言ったのだ。

 度会が満足すれば、あの百物語を続ける必要はない。「またね」が「さよなら」に変わったことによって、この物語は終わりを告げることになった。

 ただただ巻き込まれ続けただけの身としては、ようやく解放された心地だった。それに、度会がようやく解放されるのだ、という喜びもあった。

「それもこれも、アクジキジハンキさまのおかげです」

「いや、そんな……」

 アクジキジハンキが謙遜するが、事実、アクジキジハンキの影響があったのは確かだ。

 アクジキジハンキは二人の手足を喰うついでに、二人の悪意も食べた。まだ心のどこかで残っている神様の使命を果たさなければならない、という思いが残っていたのだろう。それに、アクジキジハンキという都市伝説になってからも、悪いものを食べるのはとても美味しかったからだ。食い意地を張っているとも言えるだろう。

 結局のところ、アクジキジハンキは自分の利害しか考えいないのだ。そんな、褒め称えられるようなものじゃない。

 けれど、尚架は感謝した。

「あなたのおかげで、ようやく度会くんは解放されたんです。そして、残された私たちももう、あんな辛いだけの百物語をしなくて済む。度会くんの死を悼むだけで済む……

 それだけだけれど、解放されたことは間違いないんです。だから、ありがとうございます」

 人間に感謝されるのなんて久しぶりなものだから、アクジキジハンキは焦りつつも照れてしまった。わちゃわちゃと「私はすべきことをしたまででして、そんなお礼を言われるような大層なことは」と並べ立てる姿は、尚架の家に伝わっていた通り、非常に神様じみていない、人間くささがあり、尚架は思わずくすりと笑った。

 尚架はアクジキジハンキの話を聞いて、これまで何故自分に霊を見る力なんてあるのか、と疑問を抱き続けてきたが、今日、わかった。この人間くさい元神様と再び巡り会うために、この力を得たのだ。そしてきっと、遠い昔に夫に殺されたご先祖やら、花という曾祖母の話をして、悼んだり、これから先のことを憂いたりするために、言葉を交わすのだ。

 アクジキジハンキも、楽しいのか、笑っていた。


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