第51話 冥府の森

 転移魔法陣の描かれた部屋で光に包まれた俺、アリア、ルーナ王女の三人は王城とは明らかに違う木々が生い茂る不気味な森へと立っていた。



「ここは森ですか?」


「何処なのここ?」



 周囲を見渡し現在地を確認しようとするアリアとルーナ王女だったが恐らく二人の知識ではここが冥府の森だと理解することは出来ないだろう。とはいえ、俺が知っていても怪しまれるので今回は完全に巻き込まれた被害者というスタンスを貫かせてもらう。



「ここは恐らく王城とは離れた森の中です」


「アレン様はここが何処か分かるのですか?」


「いえ、残念ながら分かりません。ですが、あの部屋にあった魔法陣は転移魔法用のものだったので何処かへ転移させられたことは簡単に推測出来ます」


「あの一瞬で魔法陣を解析出来るなんて凄いですね」



 適当に辻褄の合う作り話を披露しているとアリアから感心されてしまう。本当は竜神クロノス様が解析してくれたものなので少しの罪悪感があるが他人からは絶対に分からないので黙っておく。それよりも、俺が気になるのは何故アリアがあの場所に居たのかということだ。



「そういえば、アリア様は何故あの部屋に来られたのですか?」


「実はアレン様が会場を出て行かれてからすぐに私もお花を摘みに行ったのです。それで、別方向に向かっているアレン様を見かけてつい後を追ってしまいました。アレン様は何故あの部屋に?」


「俺は主役にも関わらず周囲を警戒しながらパーティー会場を去ってしまったルーナ王女のことが気になって後を付けてしまいました」



 俺もそれらしい理由を告げるとアリアはすぐに納得してくれた。それよりも、転移魔法陣対策にドラゴンレーダーを解除したことが裏目に出るとは思わなかった。



『ドラゴンレーダーに頼らずとも素人の尾行くらいは気付けるようになれ』


『はい、精進します』


『あぁ、だが反省は後だ。護衛対象が増えた以上、其方に掛かる普段は倍だぞ』


『はい、まずはドラゴンレーダーを発動して今後の方針を話し合います』



 そう言ってから俺は最大範囲でドラゴンレーダーを発動させアリアともう一人、俺たち二人と少し離れた位置にある木に寄り掛かってるルーナ王女に声を掛ける。



「アリア様、このままじっとしていても埒が開かないので今後の方針について三人で話し合いましょう。ルーナ王女もこちらへ来てください。その距離ではいざという時に守ることが出来ません」



 一応ドラゴンレーダーの範囲内に居るので対処は可能だが護衛対象は固まってくれていた方がありがたい。そう思い声を掛けたのだがルーナ王女から返事が返ってくることは無かった。隣に居るアリアも不思議そうに首を傾げている。



「俺はツール公爵家のアレン・ツールと申します。必ずルーナ王女を王城まで連れ戻しますのでこちらへ来ていただけませんか?」


「私は聖法国ミラーレスで聖女を務めさせてもらっているアリアと申します。突然のことで混乱される気持ちは痛いほど分かりますがだからこそ、今は冷静に話し合いましょう」



 未だ反応を見せないルーナ王女に俺とアリアが声を掛けるも喜ばしい反応はない。それに、今のルーナ王女からは会場や転移魔法陣のあった部屋までの道中のような明るさが感じ取れない。



 それからしばらくの沈黙が続きようやくルーナ王女が口を開いた。



「もう、私に構わないで」



 それは否定の言葉。普通ルーナ王女くらいの年齢なら今の状況でパニックになってもおかしくはない。それなのに慌てた様子もなく、早く助けろと捲し立てることもなく、ルーナ王女はただ諦めていた。



「それは出来ません。聖女としても一人の人間としてもルーナ王女を見捨てて行くことなど出来る訳がありません」


「これを見ても同じことが言える?」


「それは、首飾りですか?」



 ルーナ王女が服から出した首飾りを見てアリアはその意味が分かっていないせいか首を傾げている。そういう俺もルーナ王女の身に付けている首飾りにどんな意味があるのか分からないのだがその意味は竜神クロノス様が教えてくれた。



『あの首飾りは魔道具の一種だな。一度身に付けると特定の魔法を使わない限り外せないようになっている。それに加えて魔物を誘き寄せる効果も付いている。効力はそこまで高くないが元より一人でこの森に来ることを想定していたのなら十分過ぎるほどの保険だろう』



 なるほど、要はルーナ王女を見捨てることなく助けようとすれば冥府の森に居る魔物が次々と襲ってくるという訳か。それも本来なら火を起こすことで寄り付かない筈の魔物まで来るかもしれないという厄介なおまけ付きで。



「アレン様、あの首飾りが何か分かりますか?」


「あれは魔道具の一種です。効果は主に取り外しの禁止と魔物を呼び寄せるものの二つです。その為、ルーナ王女を助けるのなら俺たちは常に魔物と戦い続けることになります」


「それは、」



 ここですぐに助けると言わない所がアリアが聡明と呼ばれている所以だろう。アリアの性格から考えても外交的な意味でもここでルーナ王女を見捨てるという選択肢はあり得ない。けど、助けようとすればこの場に居る全員が死ぬかもしれない。



 汚い言い方になるがこの人数なら口裏を合わせることなど容易いしどんな選択をしたとしても共犯になる。加えて本人が望んでいる以上ルーナ王女を見捨てるという選択肢も取れない訳ではない。



「そもそも、何故そのようなものがルーナ王女の首に付いているのですか?」


「それは、私が今日ここで死ぬ予定だったから」



 アリアが口にした当然の疑問にルーナ王女は暗い雰囲気を保ったまま自身の境遇を語り始めた。

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