第44話 再戦
「はぁ、はぁ、はぁ、クソ!」
「こんなのあり得ない」
マリンとソードとの模擬戦が終了した後、俺は地面に膝をついて息を切らしている二人を見ながら自分が強くなったことを再認識していた。
マリンとソードとの模擬戦に掛かった時間は五分程度だったがその内容はあまりにも一方的だった。何せ、俺から攻撃を仕掛けることは一切なく基本的には受け止めるか受け流すかの二択で、二人の敗因もマリンは魔力切れ、ソードは体力切れとこれ以上無いくらいには二人の心をへし折る結果となった。
自分でも一瞬やり過ぎたのではないかと思い掛けたけど過去の光景を思い出しその考えは直ぐに捨てた。これは俺の持論だが強くなるのはなるべく早い方が良いし、レベルアップは出来るうちにやるのがベストだと考えている。
だが、才能ある彼らは強くなる為のきっかけが少ない。前の世界の俺はユリウス兄さんという支えたい背中が居たから強くなりたいと思える様になった。それに加えて今はこの背中に世界の命運を背負っている。だから、強くなるための努力を惜しむつもりはない。
その点で言うとマリンとソードには強くなる目的も理由も存在しない。周囲からは天才と持てはやされ、得意分野においては大人も顔負けの力を発揮できる。将来のなりたい夢や目標も漠然と親の後を注ぐとしか考えてはいないし、親の権力もあって悪意や敵意に晒されにくい。
俺の認識がおかしいだけでそれは本来なら当たり前のことだ。けど、その当たり前がまかり通るのが後六年だけであることを俺は知っている。
「良い戦いだったよアレンくん、元々剣士だっただけあって剣の間合いをよく理解している。ユリウスくんの言っていた通りだね」
「魔力制御の練度に関しては変態の域だけど、マリンちゃんには良い刺激になった筈よ。ありがとうアレンくん」
そんなことを考えているとこれまで無言で試合を観戦していたイーブンさんとライラさんが話し掛けてくる。
「いえ、俺も自分の力を測る良い機会になりました」
ソードとマリンと戦って同年代で俺に匹敵する強さを持つ者は居ないことが証明された。まぁ、そんな奴が居れば前の世界で名前くらいは聞いていると思うので元々期待はしていなかったが。
「それにしても凄いわね。魔法を一切使えずに無属性魔法だけでここまで強くなるなんて」
「そうだね、剣を捨ててまで選んだ戦闘スタイルだけあって体術もレベルが高い」
俺のことをべた褒めして来るイーブンさんとライラさんに
「そうですね。ユリウス兄さんの様に魔法剣士になりたい願望はありました。けど、才能がなかったのでそこまで自由に選べませんでしたから、自分に合うものを模索した結果このスタイルになりました」
もちろん、大部分が竜神クロノス様のお陰なのだがそれは言えないので伏せておく。だが、俺が自分には才能がないと言ったことで釣りたい獲物が一名食い付いてきた。
「待て!アレン」
「何ですか?ソードくん」
「お前が元剣士なら今度は剣で俺と勝負してくれ!もちろん、その魔力障壁も魔法もなしでだ!」
気が動転してるな。声を荒げるソードを見て俺は彼の心境をなんとなく察することが出来た。初めは雑魚としか思ってなかった俺に手も足も出ずに負けたことによるショックとこれまで培って来たプライドがへし折られたことによるストレス。
そんな二つの要素がソードから冷静さを欠如させた。とはいえ、現状ではソードが取れる選択肢は現実を受け止めるか、現実逃避をするのかの二択。前者は時間が経てば可能だと思うけど今すぐにそれが出来るほどソードの精神は成熟してはいない。それでも後者を選ぶほど脆くもない。
そんな板挟みの状況で俺が元剣士であり才能がなかったという情報はソードにとって突然湧いて来た現実を否定するチャンスだ。天才と呼ばれているソードが魔法ではマリンに勝てない様に、剣で戦って俺に勝つことが出来ればソードはプライドを完全に折らずに割り切ることが出来る。
「イーブンさん、ライラさん、構いませんか?」
今後のことを考えて俺は今のソードに逃げ道を作る気はない。天才の成長に必要なのは挫折と必死さだ。そのため俺は改めてイーブンさんとライラさんに確認を取る。彼の心をへし折っても構いませんか?と
「許可しよう。ライラ、ソードくんの体力を全快させてくれ」
「良いの?」
「あぁ、いつかは必要になることだ」
二人から許可を貰ったので俺はソードを回復させているライラさんを他所にユリウス兄さんの元へと向かうことにした。
「ユリウス兄さん」
「僕の剣を借りたいんだろう?アレンの剣を見られる機会が来るなんて思ってなかったよ」
俺の目的を瞬時に見抜き先手を打って剣を渡してくれたユリウス兄さんにお礼を言ってからソードが回復するまで雑談が始まる。
「アレン、ソードに剣では勝てそうか?僕は魔法なしでは難しい」
「さっき戦った感じだと勝てそうではあるかな。確かに強いし才能は感じるけどそれに頼り過ぎてるから」
「ソードもマリンも周囲からの評価は才能に慢心せずに努力の出来る人間なんだ。僕も少し前まではそう思ってた。けど、アレンを見てると僕がこれまで努力だと思っていたものがただの遊びだったんじゃないかって考える様になったんだ。だから、アレンならきっと勝てるよ。僕は応援してる」
「ありがとう、ユリウス兄さん」
ユリウス兄さんの言っていることは別に間違ってない。世間一般で言うのならこうして副団長に指示を仰いで自主的に鍛錬してるだけで努力してるということになるだろうし、その成果だってバカに出来ない。けど、俺と彼らとでは目指している場所が違い過ぎる。
「アレンくん、準備が出来たので来てください」
「はい、今行きます。じゃあ行ってくるね、ユリウス兄さん」
「あぁ、勝って来いよ」
「もちろん」
そうして、俺はソードとの再戦へと向かったのだった。
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