第34話 連戦の提案

「お待ちください、アレン様」



 リリーを降し敗北宣言をさせた後、その場を去ろうとした俺だったが何故かフェルンさんに飛び止められてしまった。と言っても理由は大方見当が付いている。それでも、敢えて分からないふりをして俺はフェルンさんへと向き直る。



「どうされましたか?」


「一つお願いがございます」


「何でしょうか?」


「リリー様の護衛騎士の方と戦ってもらえないでしょうか?」


「お待ちください、それは」


「待って、ユリウス兄さん」



 フェルンさんの提案を聞きユリウス兄さんが待ったを掛けてくれるが俺はその声を遮った。ユリウス兄さんからしたら、というよりもこの屋敷で働いている俺側の人間は皆この提案に賛成しかねるだろう。



 リリーと戦って消耗している所に再戦を申し込んで来た挙句、その相手が王女の護衛をしている騎士とあっては流石に俺を潰そうとしていると思われても不思議ではない。ただ、父さんが静観していることからこの行為にはしっかりとした理由がある。



 このまま何事もなくこの場がお開きになればリリーは公爵家の次男であり魔法すら使えない人間に負けたというレッテルを貼られてしまう。それ自体は事実だしリリーならその程度受け止めることができる。



 だが、いくら俺が強さを証明しても竜王国タレクターがどう判断するのかまでは分からない。最悪のケースを考えればリリーが王族から除名されることすらあり得る。



 だがもし、リリーの護衛騎士が俺と戦うことになればその最悪が回避される可能性が生まれる。俺が勝てばリリーが負けたことにも説明が尽くし傷を一度でも付けることが出来ればそれを理由に俺の強さを見ていないものにも証明が出来る。



 竜人族は強さを重視する種族だが決して戦いに負けた者を排斥する種族ではない。俺の実力さえちゃんと証明出来れば金色の炎に覚醒したリリーを手放すなんて選択はしない筈だ。



 だから、



「フェルンさん、その話を受けます」


「良いんだな?アレン」



 俺が話を受けると宣言したことでユリウス兄さんが最後の確認を取ってくる。その目には心配の色ではなく俺の覚悟を問いただすかの様な真剣味だけが浮かんでいた。まぁ、正直な話俺がこの提案を受けることで得れるメリットなんてものは少ない。寧ろ、ここで負ければ泥が付くし勝てば目を付けられる可能性すらある。



 ユリウス兄さんは俺に大した欲望がないことを知っている。世界を救うのは大それた欲望だと自負しているがそれ以外で普通の人間が持つ欲を俺はあまり持っていない。



 強くなるのだって力の誇示とか権力とかではなく世界を救う為だし、俺自身に対する周囲の評価なんて心配を掛けたくないくらいで後は世界を救う為なら簡単に捨てられる。訓練の誘いも断ってるからきっと目立ちたくないとでも思われてるのだろう。けど、これは必要なことだ。



 リリーが王女という立場で無くなって仕舞えば魔王が宣戦布告した後、勇者一行のメンバーとして選出されなくなってしまう。そうなっては救えた筈の多くの命が失われてしまう。魔王が別格過ぎるだけで魔族となった魔人の中には真の脅威たり得るものが多く居る。



「大丈夫だよ、ユリウス兄さん。勝てば良いだけの話だから」


「そうか、本当に逞しくなったな。アレン」



 そりゃ人生経験が違い過ぎるからとは流石に言えない。でも、あの地獄を味わえば大抵のことは平気になってしまう。



「確認ですが、こちらの提案を飲んでくれるということで間違いないでしょうか。アレン様」


「はい、先程の話はお受けします」


「感謝申し上げます。こちらの護衛騎士は既に準備が完了していますので早速始めましょう」



 そう言われて先程まで俺たちが戦ってた場所を見てみるとそこには槍を持った竜人族の騎士が立っていた。見るからに強そうで雰囲気からもハリボテでないことが窺える。



「待ってくれ。アレン、お前は納得しているのか?」



 あまり待たせるのも失礼だと思い歩き出そうとした俺を先程まで膝を突いていたリリーが立ち上がり呼び止めてくる。少し涙目なことに驚くが流石にまだ子供ということかと同時に納得もする。



「何がですか?」


「卑怯だとは思わんのか?私と戦い消耗した所に護衛騎士との連戦を強いる。フェルンやカイザーが私のことを思ってくれているのは分かるし今回の件の落ち度は全て私の弱さにある。お前が私を責めても誰も文句は言わないぞ」


「別にリリー王女を責める理由がありません。挑まれた勝負を受けたのは俺で、連戦を受けたのも俺。それで負ければ当然俺の弱さのせいです」



 言葉と行動には責任が伴う。挑まれた勝負を了承しておきながらその結果に不満を垂れるなどするべきではない。それに、この程度で卑怯と思えるほど楽な道のりは歩んでいない。



「そもそもの話、実戦の場での正々堂々の真っ向勝負なんてことは稀です。奇襲や不意打ちは当たり前、連戦なんて当然ですし多対一も戦略の一つです。負ければ当人の実力不足で勝ったものが正義とされる」



 戦場で一対一や正面突破なんてやり出す奴がいたら寧ろ味方から殺されるまである。想いも決意も積み重ねた努力さえも負ければ意味をなくす。強さという絶対的の力であの魔王は世界を蹂躙し己を肯定した。敗者の非難などあの魔王にとっては愉悦でしかない。



「卑怯だろうと理不尽だろうと勝てば良い。それが出来るからこその強さです」


「ッ!」



 だから俺は最強になる。世界は平和であるべきという俺の理想を押し付ける為に。

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