第32話 リベンジマッチ
「大変なことになったね、アレン」
「ははっ、本当にねユリウス兄さん」
俺とリリーが決闘をすることが屋敷の人間全員に知られ決闘の準備をしている俺にユリウス兄さんが話しかけて来た。
「本当に、もう剣は使わないんだな」
「うん、ユリウス兄さんの背中を追い掛けるだけじゃ決して追いつけないって分かったからね」
剣は手段で目的ではない。なら、目的のための最適解ではないと分かった以上例えそこに10年を超える研鑽の歴史があったとしても捨てることに躊躇いはない。勝って世界を救う、その結果を得ることが出来るのなら過程はなんだって良い。
「アレン、お前は一人でダンジョン攻略に行ったあの日から格段に強くなった。それこそ、勇者なんて呼ばれてる僕よりもだ。屋敷のみんなもアレンのこれまでの努力をよく知っている。勝ってこいよ、アレン」
「もちろん、勝つよ。ユリウス兄さん」
俺は本当に強くなっている。それこそ、今のユリウス兄さんを超えるほどに強くなっている。竜神クロノス様に師事をしている以上同年代の人間に負けることなんてあり得ないし、俺自身相当努力して来た自負がある。
「さて、準備も出来たことだし行こうか。ユリウス兄さん」
「あぁ、そうだね」
ユリウス兄さんのこともいつかは裏切ることになる。それでも、今は俺が不甲斐ない弟ではない頼りになる家族であると伝えたい。反吐が出るほど勝手な動機だが少しだけそう思えてしまう。
それから、動きやすい服へと着替えた俺は屋敷内にある存分に戦えるほど広い庭へとやって来た。するとそこには既に屋敷の人間が沢山集まっていて、竜王国タレクターの人間も多く見受けられる。その中でも、やはり一段と目を引くのは既に庭の中央で待機しているリリーの存在だ。
前に戦った時で綺麗なドレスだったが今はキッチリとした戦闘用の服でその手には槍が握られている。前の世界のような魔法武器ではないが刃の感じからして刃引きはしていない。それだけでリリーの本気が伝わってくる。
「お待たせしました、リリー王女」
「構わない。アレンは武器は使わないのだな」
流石に人目が多い為口調を元に戻したがリリーの声から察するに本人は不服なようだ。それはそうと武器か。
「はい、俺は武器は使わないスタイルですので素手で行かせてもらいます」
「そうか、アレンがそれで良いのなら私からは何も言わない。それより早くこちらへ来い」
「今参ります」
そうしてリリーの前に立つとそれだけで前に戦った時とは違うとすぐに分かった。人生で初めての敗北、そんな屈辱を味わったリリーがその後何もしていない訳もなく、この三ヶ月間文字通り血の滲むような努力をして来たのだろう。
「先に言っておくが私は今回アレンを殺すつもりで戦う」
「はい、構いませんよ」
良い殺気だ。それにちゃんと人を殺せる目をしている。けど、残念なことにその程度の殺気なんて俺には効かない。魔神の力を取り込み神となった魔王の殺気に比べれば子供の癇癪と呼ぶことすら
「フェルン、合図を頼む」
「畏まりました」
リリーの呼び掛けに応じてさっきまで応接室に一緒に居たメイドさんが一歩前に出る。その瞳に映るのは集中力を高めているリリーではなく俺だ。恐らく、彼女も俺の実力を測る為の人員の一人なのだろう。まぁ、そんなことは今気にするべきことじゃない。そう考えを改めてから俺は呼吸を整えリリーに意識を向ける。
「それでは、始め!」
フェルンさんの合図でリリーは即座に後ろへと飛びながら魔法の準備を始める。さて、あれからどれくらい成長しているのかお手並み拝見だ。
「喰らうがよい。ファイヤーランス」
リリーが放った魔法は前回にも見たファイヤーランスだったが数が五つに増えている上に魔法自体の精度も上がっている。恐らく、前回と同じような防ぎ方をすれば簡単にこちらの魔力障壁を壊されるだろう。
「良い魔法ですね。魔力障壁」
「なっ!」
けど、この三ヶ月で成長したのはリリーだけじゃない。それを証明するかのように俺は魔力障壁を展開する。数はリリーの魔法に合わせる形でこちらも五つ。但し通常の魔力障壁とは異なり大きさを掌サイズまで圧縮し強度を極端に高めている。
結果、リリーの放ったファイヤーランスは俺の展開した魔力障壁に傷一つ付けることなく完封された。
「随分と器用な真似をするな」
「お褒めに預かり光栄です」
リリーの言葉にそう返しつつ俺は展開した魔力障壁を通常の魔力へと戻し体内へと取り込む。毎日、朝昼晩欠かすことなく魔力吸収の修行をしたお陰か今では実戦でも使用可能なほどに魔力吸収のスピードが上がっている。
「だがアレン、無属性魔法は通常の魔法に比べ燃費が激しい。果たしていつまで保つかな?」
「試してみてはよろしいのでは?」
「では、そうさせてもらうとしよう。ファイヤーランス」
簡単に俺の術中にハマったリリーを見ても俺は油断することなく淡々と魔法を捌いていく。そうして、五回ほど同じやり取りをした後リリーもこの作戦が無駄だと判断したのか槍を持つ手に力を込めた。
「埒が明かんな。身体強化、ファイヤーリンク」
「どうぞ、遠慮なく来てください」
「ドラゴンクローは使わないのだな」
「必要ありませんから」
「その言葉、すぐに後悔させてやろう」
強化魔法で身体能力を高め持っている槍に炎を纏わせたリリーに対して俺はドラゴンクローを使うことなく常時展開しているドラゴンアーマーだけで応戦する。
「行くぞ!ファイヤーアクセル」
足裏に爆炎を発生させて初速を確保し強化された身体能力で距離を詰め炎を纏わせた槍で喉を一突き。かなり良い攻撃だしちゃんと近接戦と魔法の使用を両立出来ている。
「確かに強いですけど、動きは読めます」
今のリリーの動きなら未来視の魔眼を使うことなく先読みが出来るので俺は槍による突きを横から弾くことで対処する。本来なら槍に炎が纏われていることで迂闊に触ることは出来ないがドラゴンアーマーのお陰で俺には関係ない。
それからもリリーの激しい攻めは続くが俺はそれらの攻撃を全て捌き圧倒的な実力の差をリリーへと見せつける。
「そろそろ終わりにしましょうか。ドラゴンショット」
「くっ!」
既に勝負が見えた俺は槍による突きで防御の出来ない体勢に入った所でドラゴンショットをリリーの腹部に放ち盛大に吹き飛ばす。地面を転がり顔に土を付け、それでも尚リリーの瞳に諦めの色はなかった。
「はぁ、はぁ、これならどうだ。ファイヤーブラスト」
「魔力障壁」
最大限の抵抗とでも言わんばかりにリリーが魔力を漲らせ巨大な火球を生成する。その大きさは人間を丸ごと包み込めるほどのもので普通なら危ないだろう。それでも、今の俺なら魔力障壁を展開するだけで簡単に防げてしまう。
「ここまで強かったのか」
「リリー王女も十分強いと思いますよ」
「嫌味か」
「本心です」
リリーからしたら嫌味に聞こえるかもしれないが俺は本当にリリーのことを強いと思っている。前の世界の俺なら間違いなく歯が立たなかった。そう確信出来るだけの強さがリリーには備わっている。
「ならば何故、お前は私に失望している」
「失望ですか?」
リリーの言葉に俺は思わず聞き返してしまった。俺がリリーに失望しているなんてことはない。強さも認めているし、これから強くなることも分かっている。個人的に尊敬出来る人物でもあり失望する要素などない筈だ。
「いや、している。お前は、私の知らない私を見ている」
「ッ!」
「お前の瞳が物語っているぞ。何故リリー・フレイムがこんなにも弱いのだと」
あぁ、なるほど。リリーの言葉を聞いてようやく自分が持っている感情に気付くことが出来た。確かに、前の世界の全盛期と比べれば今のリリーは弱い。そういう意味では俺はリリーに失望しているのかもしれない。
俺にとってリリー・フレイムとは英雄だ。世界を滅ぼした魔王と対峙し世界を救おうと戦った本物の英雄だ。沢山の武勇伝を聞いたし、彼女らの活躍で戦場の士気が上がったことも一度や二度ではない。だから、押し付けてしまった。
「すみません、リリー王女。勝手に期待し過ぎていました」
自然とそんな言葉が口から溢れた。その瞬間、リリーの瞳が金色に変化した。
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