第22話 消えたアレン

「アレン様、朝ですよ」



 いつも通りアレン様を起こしに部屋へとやって来たのですが今日は何故か返事が返ってきません。日々の訓練で疲れているのかもしれませんがそれでもアレン様はこの時間にはすでに起きている筈です。



「アレン様、入りますよ」



 本来なら、アレン様の許可なく部屋へと入ることは褒められた行動ではありませんが返事がないのでは仕方ありません。



 アレン様の寝顔が久しぶりに見れるかもしれないと思うと少しだけテンションが上がってしまいます。ですが、そんな感情はアレン様の部屋を見てすぐに吹き飛びました。



「アレン様がいない、今までこんな早朝に練習なんてしたことないのに」



 アレン様が部屋にいない。それは今までになかったことで胸がざわつきます。



「あれは?手紙ですか」



 机の上に丁寧に置かれた手紙。それを見て安心します。きっと何か思い付いて早朝から行動しているのでしょう。アレン様は時々変な思い付きで突拍子もない行動を取ることがありますので今回もその延長なのでしょう。



「どうしてもやりたいことが出来たので一週間家を空けます。探さないでください。これは何ですか!」



 一瞬、手紙の内容に理解が追い付きませんでしたが理解が追い付いても尚分かりません。今までこんな手紙が置かれたことなんてなかった。突然一週間も家を空けることも何も言わずに出て行くこともなかった筈なのに。



「どうしたんだい?そんな大きな声を出して」



 扉の方からした声に振り返るとそこにはすでに身なりを整えたユリウス様が立っていました。どうやら思っていた以上に大きな声を出してしまったようです。



「失礼しました。ですが、これを見てください」


「手紙だね、これはアレンが?」


「はい、中身をご確認ください」



 言われた通り手紙に目を通したユリウス様は全て読み終わったのか手紙を閉じて険しい表情を見せました。



「震えた様子もないし筆質的にもアレンが書いたもので間違いないね。でも、いきなり消えるなんてアレンらしくない。一度父さんにこの手紙を見せて事情を説明しよう。カリスも付いて来てくれるかな」


「もちろんです。すぐにでも向かいましょう」



 流石はユリウス様、今の短時間で誘拐の可能性を疑い直ぐに旦那様に確認しようとする対応力。若くして勇者に任命されるのも理解出来ますね。



 それから、私とユリウス様は旦那様の元へと向かい事情を説明したのですがどうやら旦那様もアレン様から何も伝えられてない様子です。



「カリス、前日のアレンに変な様子はなかったか?」


「そうですね、前日ではないのですが勇者任命式以降、焦っていると言いますか訓練で度々無理をしている様子でした。何度も止めたのですがあまり聞き入れてもらえず」


「ユリウスに置いて行かれる焦りからくる行動か」



 ユリウス様に対する対抗心から来る行動なら納得はいきます。アレン様は側から見てもユリウス様と仲が良く嫉妬などは抱いていない様子でしたがユリウス様に追いつこうと努力していたことは確かです。



「僕の行動が知らず知らずのうちにアレンにプレッシャーを与えていたのか」


「双子の兄が勇者に選ばれていながら自分には魔法の才能すらない。そんな現状で自棄にならずにいるだけで大したものだ。お前が気に病むことではない」



 旦那様の言う通り、ユリウス様には何の非もありません。ですが、常に傍にいながら変化に気づけなかった私には少なくない非があります。思えば、兆候はいくつもありました。



 慢性的に続く寝不足に過剰な訓練内容、アレン様は歳の割には大人びて見えたので私自身大丈夫だろうとたかを括っていましたが思えばアレン様はまだ八歳の子供です。今更ですがもっと何か出来たのではないかと思わずにはいられません。



「旦那様、すぐにでも捜索をいたしますか?」


「いや、やめておこう。本人が一週間で帰ってくると言っているならそれを待つしかあるまい。下手に大騒ぎにして帰って来づらくなっても事だ」


「そうですね。けど、僕は個人的に街の散策をさせてもらいます。構いませんよね」


「それなら私もお供します」


「まぁ、個人的に探す分には構わない。何か分かったらすぐに報告してくれ」



 取り敢えず、捜索の許可は取れたので朝食を取り次第すぐに街へと向かいましょう。



「では、私はこれで失礼します」


「僕も失礼します」



 ユリウス様と共に執務室を後にしたのですがそこでユリウス様が止まってしまいます。一体どうしたのでしょうか?



「カリス、アレンは僕に勝った後喜んでた?」



 突然の質問に少し戸惑いますが少し記憶を遡ってみます。アレン様がユリウス様に勝利したあの日のことは今でも良く覚えています。



「目に見えて喜んでる様子はありませんでした。寧ろ、その後の訓練はよりハードなものになったように記憶しています」


「そうか、アレンは一体何に悩んでいるんだろうね」



 それは私にも分かりません。時折、自分を虐めるかのように追い込む様は今思えば何かを発散しているようにも思えます。



「もう少し、私が寄り添うべきでした」


「それは僕もだね。アレンは普通に振る舞ってるけど境遇は普通じゃないんだ。それを忘れていたよ」



 幼い頃から優秀な兄と比較され魔法が使えないことを陰でヒソヒソ言われていた境遇はとても五歳の子供が味わって良いものではありません。



「早く会って話がしたいです」



 何処にいるのですか、アレン様。



 それから、私たちは街を散策しましたが結局アレン様の情報は何一つ得ることが出来ませんでした。

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