第16話 焦燥感

「はっ!はっ!はっ!」


『動きが遅い、もっと素早く動け』


『はい!』



 勇者任命式も終わりいつもの日常へと戻った俺は現在、父さんから貰った鉄の鎧に対して殴る蹴るの連撃を加えていた。



 竜神クロノス様曰く、俺の体重の動きはまだまだ遅いらしく動きのキレが足りないらしい。原因としては長年剣を使って戦ってた時の呼吸が抜けてないらしく今は体術の呼吸を身に付けている最中だ。



 そもそも、剣術も才能があった訳じゃないので要は中途半端ということらしい。



「ドラゴンクロー」


『まだまだ練度が甘いな』


『はい!』



 竜神クロノス様の言葉を聞きながら俺は最近自分が伸び悩んでいることを自覚する。竜神クロノス様の教えてくれた竜魔体術は確かに凄く、魔法の使えない俺からしたらまさに目から鱗の技術だ。



 だけど、そんな技術を身につければ身につけるほどその本質に気付いてしまう。それは果てのない道であり特別の存在しない世界。



 誰でも行うことの出来る魔力操作を誰も行えない練度で行う真の技術の世界なのだ。現に俺が今放ったドラゴンクローによる一撃も鉄の鎧を切り裂くことはできない。所詮は魔力を固めただけのもの、本物の竜の爪を再現するには圧倒的に技量が足りない。



『切れ味が足りませんね。何かコツなどはありませんか?』


『そうだな、ドラゴンクローで切れ味を出したいのならイメージするのは鍛錬だな』



 一度動きを止めて竜神クロノス様の言葉を吟味する。鍛錬というと鉄を打ち鍛えるいわゆる鍛治のことだ。なるほど、鋭い刃物を作るという点では共通する部分は多い気がする。



『この場合は魔力を解けた鉄、圧縮した魔力を固まった鉄と考える。今其方が行っているのは解けた鉄を剣の形にして固めているだけ、それでは当然刃は切れない』


『研ぐ工程が足りてないということですか』


『竜魔体術において理想的な魔力とは薄く硬いこと。研ぐの話で言うのなら其方には明確なイメージが欠落している』



 言われてみればなんとなくで竜の爪を再現して入るものの実際に間近で竜の爪を見る機会なんて今までなかった。



『本当は実戦の場があれば良いのだがな』


『俺も実戦経験はそれなりにあるのですが』


『それは剣のであろう。今の不格好な体術や魔力操作も死がまとわり付く実戦の場で使えば嫌でも最適化され磨かれる。一度ダンジョンにでも潜ってみるか?』


『それは流石に許可が降りませんね』



 竜神クロノス様の提案に俺は否と答える。ダンジョンとは魔物が出てくる危ない場所だ。今の俺ならそこまで問題はないだろうが父さんが許可してくれるとも思えない。



 そうなるとやはり、あの技の習得を急いだ方が良いかもしれない。



「時間が足りない。いや、進みが遅い」



 竜神クロノス様から教えてもらった技の数々が頭を過るがそのどれもが練度不足で使い物にならない。時間はあるのに成長は遅い。



『そればかりは地道にやって行くしかあるまい』


『それしかありませんか』



 歯痒く、言いようのない焦りが俺の心を蝕んで行く。勇者であるユリウス兄さんに勝った。実力者であるリリーに勝った。その事実を持ってしても尚、自身の実力不足を実感せずにはいられない。



 見据える敵があまりにも強大すぎるのだ。神獣バハムートを取り込んだ魔王エイミー・ロゼットの姿を思い出す。仮に今の俺が彼女と相対したとしても文字通り吐息一つで消し炭になるだろう。



「ドラゴンクロー」



 なんとなく、鎧に向けてドラゴンクローを放つもやはり鉄の装甲を切り裂くには至らない。



「ドラゴンクロー」



 20回くらい連続で鎧を叩いていると手に纏っていたドラゴンクローに亀裂が走り壊れそうになったので魔力を補填して再び攻撃を再開する。



『今日はずっとそうしているつもりか』


『魔力が切れるまで壊して再生してを繰り返す。これが今の俺なりの研ぎです』


『そうか、夜の分の魔力は残しておくのだぞ』


『はい』



 纏い、振り、壊して、再生する。壊れる度により鋭く切れる爪をイメージし、魔力補填と同時に魔力循環も行う。



「はぁ、はぁ、はぁ、」



 滝のように流れる汗とそれに比例するように体から抜けて行く魔力。次第に息も上がり疲労による不快感が全身を支配する。そんな状況の中で感じるのは満足感と嫌悪感という相反する二つの感情。



 自分はこれだけ頑張っているんだから、こんなに辛い思いをしているんだからという満足感が、それを受け入れ享受しようとしている自分に嫌悪感を覚える。駆け出しの騎士時代に経験した負けた時に自分を慰める為の意味のない素振り、一度攻撃を振るうごとにそんな昔の感覚が呼び覚まされて行く。



『(嘗ての知人たちとの再会が焦りを生んでいるようだな)』


「ドラゴンクロー!」



 疲労のせいか腕を振るう速度がどんどん遅くなって行き魔力操作の練度もどんどん雑になってきている。それでも、動かす手を止めるつもりにはなれずなんの修行になっているのかも分からない攻撃を無意味に繰り返すことしか出来ない。



 そんな修行を始めてから何時間が経過したのか、竜神クロノス様の警告を無視した俺は疲労と魔力切れにより意識を手放したのだった。

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