12. should i stay in this town
二回目のキイトルーダ投与を挟み、発熱は二十五日間も続いた。
三週間後のキイトルーダ点滴の日も朝は平熱だった。時間をかけて朝食を摂り家を出る。ドラッグストアの通りのバス停から逗子駅まで。JRで逗子から横浜。それからまたバスに乗り病院へ向かう。採血をしてから化学療法外来へという指示だった。恐る恐る中央処置室に診察券を出す。しばらくすると名前を呼ばれた。
「今日は中央採血室になってますよ」
すぐ隣の中央採血室に診察券を挟んだクリアファイルを提出し直す。今後は血液培養採血になるのではないかと心配していたけれど、今日は普通の採血で済み化学療法室の扉をノックした。
「こんにちは。初めてです」
「中川さん。今日からこちらで治療を受けていただきますが、確か前回説明は受けられてるんですよね」
先日の診察後、高熱でタオルケットに
「はい」
カーテンで仕切られたリクライニングチェアのひとつに案内され、荷物を置いてから体重を測る。高熱が続きあまり食べられなかったことと下痢がひどかったせいか以前よりまた体重が減っていた。下痢はキイトルーダの副作用らしい。
リクライニングチェアに座ったまま、看護師さんの問診を受ける。奥歯の歯茎が腫れ、痛くてあまり食べられないと訴えると口の中を見てくれる。
「発熱はこれのせいじゃないですかね」
看護師さんが言う。
「下痢はどんな感じですか? 須藤先生にも言いました?」
「まだ診てもらってないです。今日も下って、来れるかなって思った」
「ひどいときで何回くらいですか?」
「……五回くらいだったかな。今日は二回」
「じゃあ今まで聞いたことを先生に報告しますね。今日は治療できそうですか?」
最初の検温は平熱、血圧も酸素血中濃度も問題はなかった。
「先生が問題ないっていうなら、したいです」
「そうですね。できるだけ治療していくほうがいいですからね」
様々な問診が済むとしばらく声をかけられず、ステンレスボトルの白湯を飲みながら持ってきた文庫を開いていた。
「中川さん」
「はい」
「下痢くらいだったらやっちゃうそうです」
「下痢くらい?」
看護師さんの声が笑っていたので、私も笑いながら答えた。
「一日七回以上になったら診察を受けてほしいそうです。では準備をしていきますね」
それからは病室で受けた治療と変わらなかった。何回か看護師さんから声がかかるのと、右腕がルートに繋がっていてページが捲りにくいのとで、小説の内容が入ってこない。文庫をバッグにしまって、たまにステンレスボトルを口に運んだ。
帰りは病院から少し歩き、職場方面の路線バスに乗った。バスを降りてから五分くらい歩いたところに彼のマンションはある。ベッドルームを借りて熱を測ると三十八度近くまで上がっていた。
「両親がとても心配していて。
「それは……とても嬉しいけど、もう一日中高熱が続くわけじゃないから。また
エイミーは家に居たようで数コールで電話に出てくれた。
「サトコ、大丈夫なの? 私からも連絡したかったのだけれど、ずっと熱が続いていると聞いてがまんしていたの」
「ありがとう、エイミー。夕方になると熱が上がってしまうけど、午前中は楽になったよ」
「あまり長く話していると安静にできないわね。私たちの家は十分に部屋があるの。猫たちの部屋もあるくらい余っているわ——」
——そう、オサムはそんなふうに言っていたの、とエイミーの声が少し小さくなった。彼の両親の家は聖サリエル病院からも近く、私たちそれぞれの部屋もある。一緒に暮らしたいというのがエイミーのきもちだった。
「わかった。功くんと話し合ってみる。心配してくれてありがとう」
電話を切って彼が仕事をしている部屋に戻る。お義母さんたち、私たちと一緒に暮らそうって言ってくれてるんだね。振り返った彼にそう告げると「熱が高いうちは考えずに横になっていたほうがいいよ」と微笑む。
「ありがとう。コーヒーだけもらうね」
「俺は怜ちゃんは今の町に居るのがいいと思っている。先住猫たちが居るから猫さんも大変だろうしね。でも俺がいつでも休めるわけじゃないから、ひとりで病院に行ったり、熱が高いのに側に居られなかったりするときはとても心配だよ」
少しでもゆっくりしていてね、と仕事に戻る彼の分もコーヒーを温めて、ベッドルームに戻った。私とエイミーとトシオさん。猫さんとブルーベリーとブラックベリー。ロースタリーカフェ、いつものサロン、近所のデリ。アンティークショップ、ギャラリー、花屋。温かいオレを少しずつ飲みながら、頭も休めないと、と言い聞かせる。
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