第38話 八王子ダンジョン(6)


 三人と別れ、撮影を再開しようと思ったのだが、ヒーローアラートが鳴った。

 変身して現場に駆けつける。


 今度は落とし穴だ。

 周囲にワイルドモンキーはいない。

 もし、いたらさっきの三人組より酷い状況になっていた。


「大丈夫か?」

「助けてくださ~い」


 深さ3メートルほどの落とし穴を覗き、底にいる女性に声をかける。


「ダンジョンヒーローさん!」

「怪我はないか?」

「足をくじいちゃって」

「今、ロープを下ろす」

「お願いします」


 下ろしたロープを彼女が掴む。


「今、上げる。しっかり捕まってろ」

「はい」


 ロープの重みを確認しながら、ゆっくりと引き上げていく。

 穴から彼女を出し、地面に下ろす。

 そのときに風が吹き――。


 ふわり。


 彼女のスカートが風でめくれた。


 ――視界に入る白い太ももと黒い三角形。


 慌ててスカートを押さえた彼女はバランスを崩し――。


「きゃっ」


 俺に抱きつく。

 ギュッと抱きしめられ、ヒーロースーツ越しに押しつけられた彼女の柔らかさが伝わってくる。


 ひでおのときだったら、焦って挙動不審になっていただろう。

 だが、今の俺はダンジョンヒーローだ。

 これくらいのことでは、一切動揺しない。

 むしろ、彼女の方が頬を赤くしている。


 ただ――醜態を晒さなくて済んだはいいが、ひとつ問題がある。


「見えちゃいました?」


 恥ずかしそうに彼女が問いかけてくる。

 嘘をつくわけにも行かず、俺は正直に答える。


「見えたというか……」


 俺は配信端末を指差す。

 問題とは――今のシーンがバッチリ配信端末に記録されていることだ。


「あっ」


 ようやく理解した彼女は頬だけでなく顔全体を真っ赤っかにする。


「こっ、これって配信中ですか?」

「いや、録画してるだけだ」

「よかった~」


 彼女はそれを知り、大きく息を吐いた。

 もし、自分の下着が全世界に配信されたら――男の俺でも恥ずかしくて仕方がない。

 配信中だったら、どれだけ慰謝料を払わなきゃいけなかったんだろう……。

 俺にとっても、彼女にとっても不幸中の幸いだった。


 ともあれ――。


「今すぐ消去する」


 俺は彼女によく見えるように配信端末を操作し、今のシーンを消去した。


「ストレージを確認するか?」

「いえ、ダンジョンヒーローさんを信じます」

「済まない」

「いえ、私のせいなので……」


 なんとも気まずい空気を変えるために俺は彼女に別の話題を振る。


「足の怪我は大丈夫か?」

「はい。少し痛みますが、ポーションがあるので大丈夫です」

「そうか、なら良かった」

「助けてくれてありがとうございます」

「気にしなくていい。困っている人がいれば助ける――それがダンジョンヒーローだ」

「はいっ」


 ようやく落ち着いたのか、彼女はキラキラした目で俺を見てくる。


「あのー」

「どうした?」

「握手してください!」

「握手?」


 そういえば戦隊もののヒーローって「○○で僕と握手!」が定番だった。

 俺もそのうち握手会とかやるんだろうか。

 ヒーローに憧れる子どもたちに囲まれる状況を想像すると胸が熱くなる。

 あの日俺が憧れたように、俺が憧れの対象になれたら、これほど嬉しいことはない。


「やっぱり、ダメでした?」


 ヒーローショーに思いを馳せていた俺に不安を感じたのか、彼女が悲しそうな顔をする。


「いや、問題ない」


 俺は彼女に向かって右手を差し出す。


「ありがとうございます!」


 彼女がギュッと強く握り返してきた。


「この手はもう洗いません!」


 という定番セリフを聞いたところで、またアラートが鳴った。


「済まないが、ヒーローを必要としている人がいる。ここでお別れだ」

「あっ、ありがとうございました」


 彼女のお礼の言葉を背に、俺は駈け出した――。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『八王子ダンジョン(7)』


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