第32話 仲間佑(4)

「あっ、小坂マヤさんだ……」


 小さく呟いたつもりだったが、声が届いたようで、佑が顔を上げる。


「どした?」

「あっ、ごめん。ジャマしちゃった?」

「いや、ちょうどキリがいいとこ」

「そうだよね」


 集中している佑には俺の声は届かない。

 普段は佑が顔を上げるまでは声をかけないようにしている。

 思わず出てしまった声だけど、タイミングが良かったみたいだ。


「それより、なんかあったか?」


 小坂マヤさんは初期から俺を応援してくれている視聴者だ。

 ライブ配信をよく観に来てくれるし、アーカイブにもコメントを残してくれる。

 そして、ヒーローと発覚する前から『えつくすー』をフォローしてくれた二人のうちの一人。


 僕はもう一人のフォロワーに返事する。


「うん。ちょっと気になって。佑も見てくれる?」

「どれどれ」


”今日はありがとうございました。今日もカッコ良かったです!”


 佑も小坂さんのことは知っている。

 少し考えて、なにか思い当たる節があったようだ。


「ほうほう。そういうことか」

「分かったの?」

「知りたいか?」


 教えてほしいような、教えてほしくないような。

 しばらく悩んでから――。


「うーん、いや、止めとく」

「そうか」

「そのうち分かるさ。案外すぐかもな」


 佑は思わせぶりな顔をする。


 それにしても、小坂さんのコメント内容に違和感を覚える。

 「ありがとう」に「カッコ良かった」。

 ダンジョンに潜った日ならともかく、今日は告知配信で、しかも佑メインだ。

 いつもの小坂さんのコメントとはどこか違うように感じる……。


 ともあれ、考えても分からない以上、無難な返信しかできない。


”いつも応援ありがとうございます”


 当たり障りのない返信をして、他のコメントに移る――。


「ふぅ、終わった~」


 全部のコメント返信が終わったのは1時過ぎだった。

 背伸びをして肩こりをほぐす。

 チラリと佑を見ても、僕の視線には気づかない。

 いつもとは違って真剣な目つき。

 完全に集中している顔だ。


 このモードのときはジャマしたくないから、僕は音を立てないようにして洗面所に向かう。

 それから歯磨きやらなんやらを済ませ、部屋に戻る。

 ベッドは佑に占拠されているので、床に布団を敷き横になる。

 思ってた以上に疲れていたようで、すぐに眠気が襲ってきた。

 アイマスクをつけると、すぐに意識を手放した――。


 朝になって目を覚ます。

 すでに佑はいなかった。

 テーブルには書き置き。


 ――ちゃんとメシ食えよ。


 時計を見ると午前7時。

 今日は午後から八王子ダンジョンだ。

 うちからは電車で1時間ちょっと。


「時間もあるし、料理するか」


 ひとり暮らしなので、ご飯は作ったり、作らなかったり。

 この生活を始めて1年ちょっと。

 自分で食べるには困らない程度の料理スキルは身についた。


「ご飯にするか、パンにするか」


 そのとき――炊飯器から音がする。


「ご飯だね」


 佑の顔が思い浮かんだ。


「味噌汁、作るか」


 ゆったりと朝食を済ませ、洗濯やらひと通り終わらせてから家を出る。

 途中二回、乗り換えをし、京王堀之内駅に到着。

 改札をでて南側に広がる大森林。


 ここが八王子ダンジョンだ。


 ダンジョンに向かう道の両側には探索者相手の店が並び、明らかに冒険者と分かる格好の人々で賑わっている。

 僕は目立たないように人混みに紛れダンジョンへを目指す。

 ダンジョンに到着し、入り口でダンジョン協会の職員にファストパスの件を伝える。

 するとすぐに別室へと案内された。

 意外なことに、そこにいたのは知っている探索者だった。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『八王子ダンジョン(1)』


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