第3話 咲花リリス(1)


 私は咲花リリス。

 ダンジョン配信者で、チャンネル登録者数は30万人。

 探索者としての実力も配信者としても中の上レベル。

 見た目には自信があるし、トークや演出も上手くやれているから。


「じゃあ、最後にちょっと下層に挑んでみまーす。応援してね!」


”リリちゃん、がんばっ!”

”リリ姉、無理しないで”

”下層は油断しちゃダメだよ”

”大丈夫、りり姉なら、平気平気”


 応援してくれる声。

 心配してくれる声。


 一〇万人の同接。

 これだけの人が私の探索を楽しんでくれている。

 良い絵を見せて、楽しんでもらわないとね。


 視聴者に励まされながら、下層へと続く道を降りていく。

 壁の色が暗くなり、心なしか空気も冷たくなった気がする。


”なにが出るかな、なにが出るかな”

”オーガくらいなら勝てると思うけど”

”ミノタウロスが出たらキツいよな”

”牛出たら、逃げろー”


「うん、牛さん来たら、逃げるよー」


 命懸けの探索をするつもりはない。

 よっぽどのイレギュラーがない限りは、下層の入り口付近なら問題ないはず。


”あっ、なんかきた”

”オーガ?”

”ミノ?”

”匂いで分かる。あれはミノタウロス。早く逃げろ”

”↑↑匂いってwww”

”なんか大物ぶってるw”

”リリたんの匂いなら分かるお”

”変態来た”

”BAN”

”通報しろ”

”BAN”

”通報しろ”


「ちょっと、集中するね。コメント見られなくてゴメン」


”りり姉のこういう気遣いがいいよね”

”うん。お姉ちゃんって感じ”

”集中したリリたん、カッコイイ!”

”凜々しいよね”

”お姉様、抱いて~”


 モンスターがゆっくりとこちらに近づいてくる。

 ゾクリ――背筋に冷たい汗が流れる。


 現れたのは――。


”オーガキター”

”オーガじゃねえか”

”匂いで分かる(キリッ)”

”大物さんw”

”草”

”今頃、顔真っ赤”

”息してる”

”おい、それどころじゃねえ”

”あれ、なんか様子が……”

”色違くね?”

”なんだ、コイツ”

”変異種だっ!”

”変異種?”

”なっ?”

”はっ?”

”えっ?”

”変異種はヤバい”

”リリたん逃げてー”

”りりちゃん、逃げろー”


 私の知っているオーガじゃない。

 色は黒く、身体もひと回り大きい。


 ――変異種だ。


 私は震えそうになる身体を押さえつけ、オーガに向かって剣を構える。

 戦うべきか、逃げるべきか――。


 迷っているうちに、オーガが迫ってくる。

 赤黒い棍棒を振りかぶり。


 ――ドォン。


”リリちゃん!”

”りりたーん!!”

”お姉様あああ”


 一瞬、なにが起こったのか分からなかった。

 背中に衝撃。


「グッ」


 剣の構えなんて意味がなかった。

 オーガの棍棒で殴り飛ばされ、壁に強く打ち付けられた。


「やばい」


 追撃が来る前に体勢を整えないと。

 剣を支えに立ち上がろうとして――。


「くっ」


 足首がズキリと痛む。

 背中だけでなく、足をくじいてしまったみたい。


 手足が震える。

 心臓がバクバクと鳴る。

 冷たい汗で全身がぐっしょりだ。


 視聴者のみんなが見てくれている。

 トップ配信者として、みっともない姿は見せられない。


 でも――。


 倒れたままの私に、オーガは嫌らしい笑顔を浮かべて向かってくる。


「いやあああああああ。助けてええええ」


 死ぬんだ。

 私、ここで死ぬんだ。


 配信中に命を落とした冒険者を何人も知っている。

 それでも、自分だけは大丈夫だと思い込んでいた。

 自分にはそれだけの才能があると信じ込んでいた。


 でも――。


 恐怖に目を閉じる。

 最期の瞬間に備えて――。


「ヒーローキィィィィィクッッ!!」


 ――ドゴォン


 もの凄い衝撃音と、ダンジョン壁が崩れる音。

 土煙の向こうから現れたのは――。


「えっ!?」

「グルゥ」


 突然の闖入者に私だけでなく、オーガも動きを止める。

 テレビで見た特撮ヒーローのような姿。

 ダンジョンには場違いな格好。


 だが、オーガはその人を気にせず、私をターゲットに定めたみたい。

 私に向かって駈けて来る。


”えっ!?”

”なにっ!?”

”誰!?”

”コスプレ”

”戦隊モノか?”

”ライダーっぽくもある”

”こいつ、壁破ってきたぞ!”

”何者だよ”

”だれか、知ってる?”

”知らん”

”知らない”

”いや、それどころじゃねえ”

”誰か分からんが、リリちゃん助けてあげて”

”ここで助けたらヒーローだぞ”

”助けてー”

”ヒーローさん、任せた”

”うおおお”

”リリちゃーん”


 絶体絶命のピンチ――。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『咲花リリス(2)』


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