第8話 広がる不安
私たちが「夫婦」になって半年が経った。
私付きだった侍女のタラはお義母様の担当になり、私には別の侍女が付いた。
別に私は誰でも良かったが、モートンが義母に話してくれたようだった。
時々すれ違うタラの不遜な態度は相変わらずだけど、嫌がらせはなくなった。
「ただいま、リサーリア」
「おかえりなさい、モートン。お疲れ様」
私たちはお互いの唇に軽くキスをした。
最初、毎回する事が恥ずかしかったけれど、今は慣れた…かしら?
それから私はモートンの着替えを手伝った。
本当は侍女の仕事だけれど、モートンに頼んで私がするようになった。
こうして少しでも彼と触れ合える時間を増やしたかった。
「何を刺繍していたんだ?」
着替え終わったモートンが、テーブルの上にちらかっている裁縫道具を見ながら聞いた。
「ブーゲンビリアよ」
「ブーゲンビリア?」
「ええ、これよ」
二人一緒にソファに座り、途中になっている刺繍を彼に見せた。
「あなたの瞳の色と似たかわいい花なのよ。あたたかい南の地方に特に咲いているんですって。私も絵でしか見た事ないけど」
「へぇ、きれいなもんだ。いつか本物を見に連れて行ってあげるよ」
「本当?」
「ああ、約束だ」
「楽しみだわ」
そう言いながら刺繍の続きをする私の手をじっくり見ているモートン。
「本当に上手だな。確かにこれなら商品として売れるよ」
「おかげ様でお得意様もできたのよ。ふふふ」
私は刺繍を施した品を作り、それを売って生活の足しにしていた事をモートンに話していた。
最初、その話をした時モートンはとても驚いていた。
『たった10歳で…すごいなリサーリアは』と。
あの頃は自分にできる事を考えて行動してきた。つらかった事が今は自慢話のように話せるなんて…。
「刺繍は母に教えてもらったのよ。母は私よりもっと上手だったわ。この裁縫道具は母の形見なの」
「リサーリアよりうまかったとは。
「…私、母が亡くなった時、あの家を出るつもりだったの。街に出て平民として暮らしていくつもりだったわ。あなたの妻になったけど」
「間に合って良かったよ」
私たちは二人顔を合わせて笑った。
あの時、家を出なくて本当に良かった。
悔しいけれど、グリフォンド家との婚姻を決めてくれた父に感謝している。
「今、このブーゲンビリアのデザインであなたのハンカチを作っているの」
「完成が楽しみだ。できたら肌身離さず持ち歩くよ」
彼は私の頬に口づけた。
「じゃあ、ちょうど良かった。ハンカチのお礼に…」
そう言いながら立ち上がり、帰ってきた時に持っていた袋を手に取り、私に差し出した。
「なぁに?」
私は袋から箱を出し、蓋を開けて驚いた。
「君へのプレゼント」
そこには爪先に美しいアメジストの石が散りばめられていた白い靴が入っていた。
「素敵な靴…私に?」
「リサーリアしかいないだろ?」
モートンがふっと優しい微笑みを見せた。モートンはこうして時々、特別な事がなくてもプレゼントと言って私に贈り物をしてくれる。
今まで貰えなかった分の空白を埋めるかのように。
「それを履いて、また夕日を見に行こう」
「楽しみだわ」
モートンがお気に入りの場所だと言って、よく連れて行ってくれる場所がある。
そこから見える、沈みゆく夕日が一面の海を眩しく輝く朱色に染め上げる光景は圧巻だ。
『おれだけの場所だったけれど、これからは二人の場所だ』
そう言って教えてくれた大切な場所。
モートン…あなたは私にたくさんの贈り物してくれたわ。
素敵な物だったり、場所だったり、言葉だったり、そして幸せを…。
なのに私はあなたが望む幸せをあげられていない。
…――― 子供 ―――…
半年過ぎたのに、未だに妊娠しない。
毎月つきのものが来ると、絶望に苛まれる。
「気にするな。自然にまかせればいいんだから」
そう言っては、モートンはいつも私を慰めてくれた。
けれど義両親…特に義父は顔を合わせる度に「子供はまだか」「跡継ぎはまだか」と言ってくる。
モートンがいる時はいつも庇ってくれるけれど、私一人の時はただ謝るしかなかった。
妊娠しない…
跡継ぎを生めなかった母の気持ちが少し分かる気がした…。
このままでは愛妾を持つ事になるのではないのかしら。
モートンは愛妾は持たないと約束してくれていたけれど、お義父様がこのまま子供ができない事を許すはずがない。
どうすればいいのだろう…
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