異世界旅する俺のみちづれ悪役令嬢

愛欲ほねね

1.異世界に連れてこられたお話

「隣、いいですか?」


 終電の車窓から、虹色の街灯が流れていた時だった。

 俺以外に誰もいない車両で、わざわざ隣に座ってくる少年がいた。


「どうぞ」


 どうしてとは思ったが、駄目だって言うような意地悪でもない。


「あれ、その本好きなんですか?」

「んぁ、そう」

「いいですよね、僕もファンタジーもの好きなんですよ」


 そしてなにより、俺と同じ趣味を持っていた少年と意気投合する。

 残業疲れで鈍った思考のまま本について語り合う場となった。


 電車は一度も駅に止まることなく、車輪の擦れた音が鳴り続ける。


「わかる、スバいいよね」

「いい……」

「じゃあさ、君は異世界に行くとしたら何がしたい?」

「そうだな、やっぱり魔法を使ってみたい。あとはそうだな……ドラゴンに乗って空を飛びたいな……」

「自分が空を飛ぶんじゃなくて?」

「それでもいいけど、やっぱりファンタジーならビュンっていろんな場所を瞬時に飛んでいけるイメージがあるのはドラゴンかなって。ほらゲームとかでも乗り物のほうがどこまでも飛んでいけるじゃないか」

「なるほどなるほど」


 少年はうんうんとうなずいて俺の異世界語りを聞いてくれる。

 俺は深夜のハイになったテンションで早口に語り続けた。


「じゃあ君はそういうことができるなら異世界に行ってみたいんだね」

「そうかも、この仕事だって一人暮らしというよりも違う場所で生きていたかったというか」

「じゃあさ、僕が連れて行ってあげるよ」


 少年の純粋な笑顔をみて、俺はきょとんと呆けてしまう。

 ただ俺も今はノリがよかったので、その与太話に付き合った。


「はは、連れて行ってくれるならたのもうかな。でも何のために俺を送るんだ」


 オタク根性というべきか、その辺に因果を求めてしまう。

 設定を語り合えるのなら少年も考えているだろう。


「特にないよ」

「あ、え?」

「強いて言うならコラボ的な? 地球って運営が何もしないから適当に人を持って行っても許されるし、公開テクスチャをコピって世界のベースにするには便利なんだよね」

「んん、そういう設定?」

「別の世界の人間ってどこでも外部からの刺激になるじゃない」

「あ~そういう。異邦人の真新しさみたいなのか」

「でも別に使命を無理強いするつもりもないし、駄目ならまた選べばいいし。僕と気が合えば送ってるって感じなんだ」

「はぁ」

「そうだな、君が目的が欲しいっていうなら一つぐらい考えるよ」


 少年は顎に手をのせて数秒考えると、思いついたのか目を輝かせる。


「じゃあ、あっちの世界にある聖器の魍魎開門を調査して、そしたらご褒美をあげるからまた会おうね」


 電車は明かりのないトンネルの中へ進む。

 少年が俺の頭に手をのせて、瞼を下すように世界を暗転させた。


 車輪の金切り音が遠くなり、俺の意識は落ちていった。





 朝日に瞼を照らされて、目を覚ます。


「あ……え、寝過ごした、駅員俺がわかんのかったのか……ん?」 


 どうやら電車で寝てしまって、そのまま朝を迎えたようだ。


「もり……森!」


 窓の外は一面の木々に覆われた森の中だった。

 眠気眼が冴えてしまうほど明らかに人の手の入っていない森林。


 俺は一両しかない電車の中にいる。

 まるで、電車が空から森の中へ落ちてきたみたいな状況だった。


「いやいや、これは……あれ、少年、異世界……ほんと?」


 俺は混乱した頭の中で、昨日の夜に話した少年のことを思い出した。

 頭の整理がつかずあためく中、ふと触れた自分のおなかに違和感を覚える。


「なんか硬いのがへそについてる……」


 裾をまくっておなかを見ると、へその部分に小さな宝石がついていた。

 俺はへそピアスをつけるようなおしゃれさんではない。

 触れてみる。



ユイ ♂ 18歳


 魔法使いLv1 操獣士Lv1

*能力

 意思疎通

 隷属契約

 隷属能力強化

 隷属成長強化

 鞭術

 魔法(火/風/水/土) 

*スキル

 スマッシュ(皮の鞭)

 アツア(火種のナイフ)

*隷属者

 マーチャン



「うぉっ!」


 すると頭の中に文字が浮かんで、ステータスのようなものが現れた。

 俺の名前と年齢、そして魔法使いという心躍る職業。

 どっきりじゃ説明できない、肌と一体化した宝石が表すステータス。

 ぼんやりと期待していた事実が、確信に変わる。


「マジだ。少年……やっちまったのか少年……」


 あいつが何だったのかは今じゃわからない。

 だが俺を異世界に連れてきてくれたのだ。

 しかも職業を見るに、俺の希望を大体叶えてくれている。


「じゃあこの場所は召喚地点……? 電車の中はそのまんまみたいだけど……」


 俺は改めて一緒に来たであろう電車内を見回す。

 服装は終電帰りのビジネススーツのまま。

 隣には私物であるカバンが置いてあった。

 あとは不自然に置いてある大きなリュック。


「なんだ……これ毛玉?」


 そしてリュックの上には、サッカーボールくらいの毛玉が置いてあった。


「ま~」

「んん、動物なのか?」


 よく見ると寝息を立てるように毛玉が伸び縮みしている。

 毛の中には小さな羽としっぽ。

 さらにお尻上に俺のへそにある石みたいなのもあった。

 触ってみる。


「失礼します」



マーチャン ♂ 0歳 ユイに隷属

 Lv1

*能力

 危険探知

 索敵

 飛行



 予想していた通りステータスが見えた。

 マーチャンという名の動物は俺が触れたことで目を覚ます。

 体を震わせてから、くりくりとした黒目が二つ毛玉の中に現れた。


「まー」

「どうも……初めまして、おはよう」


 俺はしゃがみ、リュックの上にいるマーチャンと目を合わせる。


「マーチャンはドラゴンなのか? あの少年が俺の希望をかなえているとすると、隷属しているって書いてあるわけだし。名前は誰がつけたんだろ……」

「まぁ~」


 マーチャンはあくびをして、初対面の俺にも警戒することなかった。


「この隷属っていうのはパートナーとかそういうのでいいのか。でも乗れる感じじゃないというか、0歳ってまだ赤ん坊だよな……」

「……ま」

「あ、あのさ、石触っといて今更だけど、触ってもいい?」

「まー」


 マーチャンから肯定の意思を感じた。なんとなくわかった。

 そういえば俺のステータスに意思疎通ってあったな。これのおかげかも。

 ゆっくりとマーチャンの体を両手で持ち上げて、自然と顔がほころぶ。

 可愛い。


「俺はユイ。よろしくマーチャン。いっしょに異世界の大空を目指そう!」

「まぁー!」

「その前にちょっと吸ってみていい?」

「まぁ~」


 マーチャンのちょっと嫌そうな意思が伝わってくる。

 これからを生きる仲間とは仲良くしたいので控えめに鼻を近づける。

 これが異世界の匂い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る