ビター・スウィート・メモリーズ

choco

売れない小説家

 放課後の教室、高校時代の情景。

 鍋倉雅樹は、顔を赤く染めて、緊張した面持ちで、佐々木健太郎の手を握った。

「佐々木君、あの、す、好きです」

「……っ」

 ――どうしよう。どうしよう。告白なんてされたの初めてだ。でも、でも、鍋倉だろ。こんな奴、好きにならないし……。

 鍋倉に突然抱きしめられて、そのまま後ろに倒れてしまった。

 頭を打って、うずくまる。


 目を覚ますと、自分の部屋のベッドから落ちた健太郎が、頭をさすりながら起き上った。

 ――また、あの夢か。

 高校生の時に告白した鍋倉をこっぴどく振った。

 確か、地味だから好きじゃないとか。なんか酷いことを言ったような気がする。

 床に置いたままの雑誌に、格好良い大人になった鍋倉が載っていた。

 ――上場企業の甲斐田工業で、二足歩行のロボット開発を可能にした第一人者。

 この記事の写真を見てから、気づいた。

 鍋倉って、昔から、格好良かったよな。背も高かった。

 髪型は、おしゃれを意識しすぎて、なんか変だったこともあって、あまり好きになれなかったけど。

 それでも、今、思い返すと、逃がした魚は大きかったと思う。

 その雑誌の鍋倉は、昔の面影もあるが、さらに色気のある大人になっていた。

 

 時計を見ると、お昼近くなっていた。

 今年の夏は、かなり暑い。一日中エアコンを効かせて生活しているせいか、体が重いし、頭も痛い。

 健太郎は、顔を洗うために洗面所へ行き、鏡の中の自分を見た。

 三十五歳の疲れ切った顔。

 昨日は、雑誌連載のエッセイとウェブサイトに載せる記事を書いて、そのまま眠ってしまった。

 ――次の作品、書かないとな。

 大学生の時に、まぐれで小説の新人賞をとった。

 それが、まぐれだったというのは、今現在、書いた作品が全く売れていないことで証明されている。

 映画やドラマの原作になるようなものを書くのが夢なんだけど、何1つ引っかからない。

 これが現実だ。

 一応、雑誌やらウェブサイトの記事を書くことで、食っていけてるだけ、有難いことなんだろうな。

 

 鏡の中の冴えない顔は、昔とそれほど変わらない童顔で、きちんとすれば、それなりに見栄えは良い。

 スタイルも学生の頃と同じようにキープしているし、顔は、可愛い系だ。

 外面が良いので、自分で言うのもなんだが、モテる。

 ただし、性格がちょっとマズい。

 担当編集者に言わせると、性格が悪いわけじゃないけど、少し冷たい……らしい。

 出版絡みで会う人や、男漁りに出向くバーでも、『可愛い顔しているのに、けっこう勇ましい性格してるよね』とよく言われる。

 要は、可愛げがない……ということなのか。

 興味のないことを本音で話してしまうクセがあるだけなんだけど。

 ――久しぶりに男探しへ行くか。

 夜の街へ出かけるための準備を始めた。

 

 いつも出向くバーは、会員制で、だいたい見知った顔だ。

 そこで、出会うセフレと一夜をともにして別れる。

「けんちゃん、久しぶりね」

 声を掛けてきたのは、このバーの髭の濃いママ(?)だ。

 愛想よく返事をして、ハイボールをもらう。

 今日は、自分のタイプの男が、なかなか現れない。

 しょうがなく、髭のママ、英子と話をする。

「けんちゃん、お仕事どう?いつもみたいに、俺なんてダメな奴だーって愚痴こぼして泣き濡れていいのよ。私が慰めてあげるから」

「……泣き濡れたことなんて、ねぇだろ」

 英子ママは、俺が小説家になって有頂天になった時も、売れなくて落ちぶれたときも、いつも話をきいてくれた。

 ママの存在にだいぶ救われているが、流石に関係は、もちたくはない。

 単純にタイプじゃない。

「同窓会の知らせが来たんだ……」

 少し気になっていたことを話し始めた。

 高校の時に鍋倉から告白されて、振ったこと。

 別の友達から、今回の同窓会に鍋倉が来るらしいと聞いた。

 気まずいけど、逃がした魚が大きかったという思いに駆られてるから、その同窓会に参加して会ってみようかと思っていること。

「で? もしかして、その鍋くんが、まだアンタのこと好きだとか? 思ってんじゃないでしょうね……何年前の話よ。もうとっくに忘れてるわよ」

 英子は、タバコの煙をまき散らし、ふんと鼻を鳴らした。

 ――やっぱり、忘れてるよな。

 煙に巻かれてゴホゴホしながら、図星をつかれて落ち込む。

 英子の言う通りで、何を今更……昔の告白に縋っているんだ。

 

 今までも、付き合った男はいたが、長く付き合えるような人はいなかった。

 俺が悪いのか、単なる相性の問題なのか、わからないけど。

 二十代の頃は、小説を書くことにも意欲的だったし、恋人との関係も持続させるように努力はしていた。

 小説家ということに誇りをもっていたけど、恋人からはその小説を褒められたことも、小説自体に触れられることもなかった。

 一度、本当に腹の立つことを言われた。

「けんちゃん顔色悪いよ。ちゃんと寝ないと。可愛い顔台無しだよ。なんだっけ仕事? 寝ないでやることなんだっけ?」

 小説を書いていると何度も言ったのに……それすら覚えていないのかよ。

 外見が可愛いニートくらいにしか思っていないようだった。

 そのうち愛がなくてもセックスできるって気付いたし、それなら恋人じゃなくてセフレでいいやと思た。

 三十歳過ぎてからは、仕事も適当にこなして、食うのに困ることがない。

 人付き合いも適当になっている。

 

 同窓会の招待状は、実家に送られてきていて、その招待状と親からの手紙が一緒に転送されてきた。

 『いつまでも、つまらない物書きなんか辞めて、早くまともな仕事につきなさい。仕事がないなら、父さんの仕事を手伝えばいいから。帰ってきなさい』

 毎度、毎度、連絡をとると、同じ内容のことを言われる。

 実家は、不動産を経営している。

 一人息子だからか、やたら束縛してくる。

 それが嫌で家を出た。

 俺が、少しでも売れている作家であれば、何も言わないのか……。いや、そしたら今度は早く結婚して孫の顔見せろだの言われんだろうな。

 それこそ、期待に添えないのだが……。

 女性と付き合えたとしても、結婚するとか、子供作るとか、無理な話だ。

 カミングアウトもする気はない。

 うちの親なら、おそらく気が狂うだろう。

 一代で築き上げた、不動産会社の社長だ。社員は少ないが、地元では愛されている。

 こんな事実を知ったら、縁を切られるかもしれないな。

 ため息をついて、パソコンに向かう。

 書き始めの小説を画面に映し、ため息が出た。

 好きで始めたことなのに、親にも、恋人にも、それを褒められたことがない。

 今更……気にしないけど、少し……寂しい。

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