第6話 島の子犬



 とうとう海にたどり着いた。

広い!

あやめ池とは比較にならない。

トンボたちは呆然と海を見ていた。



「おい、あれはなんだ?」

「ん?」

ずっと遠く、水平線に薄ぼんやりとなにかが見えた。

「島・・・?」

ハゴロモがつぶやいた。

「そうだ、あれが島に違いない!」

「うむ。行かねばなるまいのう」



 再びトンボたちは舞い上がった。

砂浜をあとに、沖へ向かって飛ぶ。

すぐにまわりは空と海だけになった。

振り返ると、陸地が遠くなっていた。

ずっとずっと遠くになった。

二度と帰りつけないほど遠く・・・


「ま、待って!」

ハゴロモが悲鳴を上げた。

「遠すぎるわっ!」


「うむ。遠いのう。じゃが、わしらはもっと遠くから来たのではなかったかのう」

「その通り!」

サキグロとクロスジは不敵な笑いを浮かべていた。



 ハゴロモは、谷戸を出てから今日までの、いろいろな出来事を思い浮かべた。

すぐに、いくつかの危機と呼べる出来事が思い出された。

でも、それを乗り越えて来たのではなかったか・・・


「風に乗るんだ!」

サキグロの声が聞こえた。

「そうね、大丈夫。あたしは出来る!」

ハゴロモはギュッと前を向いた。

サキグロとクロスジが力強くうなずいた。


 トンボたちは高度をとり、海を渡る風に乗った。

日差しは強かったが、海の上はさわやかだった。




「山みたいだのう」

「ホントね」

海に浮かぶ島は、山の頂が水の上に出ているだけのように見えた。


 だが近づくにつれ、何もないただの山頂ではなく、小さいながらも一つの世界が出来上がっていることがわかって来た。

頂上付近には森が広がり、裾野にかけて畑が続き、海に接する場所は砂浜だったり崖だったり、変化に富んだ地形をしていた。

「よし、あそこへ行ってみよう」

島を一回りしたあと、サキグロが目指したのは船着場だった。



 長い岸壁にさざ波が打ち寄せていた。

岸壁の先には防波堤が続き、先端に白い灯台が建っていた。

船着場から少し坂を上がったところに土産物屋があった。

その店先に、白い子犬がうずくまっていた。



「こんにちは」

ハゴロモが声をかけたが、子犬はちらりと顔を上げただけで、すぐまたうずくまってしまった。

「まあ、元気ないのね」

ハゴロモが近づいた。



「船が行っちゃったんだ」

子犬は首をもたげて海を見つめた。

白波を引いて遠ざかっていく船が見えた。

「あの船がどうかしたのかのう?」

「どうもしないよ。キミらこそ何しに来たんだい」

子犬は怒ったようにトンボたちに顔を向けた。



「オレたちは世界の果てへ行く途中さ」

「世界の果て? そうか、キミらは飛べるものね」

「ここにツバメは住んでるかい?」

「ツバメ? ああ、春になると来る鳥だね」

「え? 春になると来る・・・」

「そうだよ、ツバメはずっと遠くの南の島からやって来るんだ」

「ここがその南の島じゃないのか?」

「違うよ。ツバメはもっともっと、ずーっと遠くの島から来るんだ」

「そうなの?」

「うん。何日も何日も海の上を飛ぶんだって」

「何日も何日も?」

「うん。見渡す限り海ばかりでたいくつだって、前に会ったツバメが言ってた」




「なんてこった」

サキグロはガックリと羽を下げた。

「海の上を何日ものう・・・」

クロスジは遠い目をしている。

「まさか、行かないよね・・・?」

ハゴロモは不安そうに二匹を見ていた。



「近くに別の島はないのか?」

サキグロが顔をあげた。

「ふむ、島伝いなら行けるかの」

「向こうに見える大きな陸が一番近いよ」

「あたしたち、そこから来たのよ」

「なんてこった。世界の果ては遥か彼方だ」

「こまったのう、そんな遠くまではとても行けないのう」

トンボたちは途方に暮れた。



「ツバメさんってすごいのね」

ハゴロモがつぶやいた。

「そうだのう。わしらには、海の上を何日も飛ぶのは難しいのう」

クロスジはチラリとサキグロの方を見た。



「ここまでなのか・・・?」

悔しそうにサキグロが言う。

「なんせ世界の果てだからのう」

クロスジが悲しそうにつぶやいた。

「くそう! ここまで来たのに」

サキグロが叫んだ。

「でも、あたしたちはここまで来た! これだってスゴイことよ!」

ハゴロモは、必死にサキグロを慰めた。




「どうして世界の果てへ行きたいの?」

と、子犬がトンボたちに顔を向けた。

「世界の果てがどうなっているのか知りたいんだ」

サキグロが答えた。

「知ってどうするのさ?」

「知りたくないのか?」

「・・・」


 子犬は少し考えていたが、やがてこう言った。

「なら、虹を探すといいよ。どんな願いも叶えてくれる」

「ホント!?」

ハゴロモがうれしそうに叫んだ。

「詳しいことはボクは知らない。お母さんがそう言ってた」

「お母さんはどこにいるんだ?」

勢い込んでサキグロが言った。

子犬はじっと海を見つめた。



「そっか。あの船ね」

ハゴロモの言葉にようやく子犬は口を開いた。

「もう一週間になる。お母さんは人間と船に乗った。さよならだって」

「だから船を見てたのね」

子犬はうなずいた。



「あの船を追いかけよう!」

サキグロが羽をピンと広げた。

「うむ。唯一の手掛かりだからのう」

クロスジが答えた。

「もう船にお母さんはいないよ!」

子犬が叫んだ。

「ああ。でも、船のついた先にきっといる」

「あの船は大きな街の港に行くんだ。見つけられっこない!」

「行ってみなきゃわからんだろう?」

「どうして・・・」

「探さなければ見つからない。探せば見つかるかもしれない。だったらオレは探す方を選ぶ!」

こう言ってサキグロが舞い上がった。

次々とトンボたちが後に続いた。



「待って!」

子犬はすっくと立ち上がった。

「お母さんに伝えてよ。さよならって」

「ああ、必ず。オレはサキグロだ」

「あたしはハゴロモ」

「わしはクロスジじゃ」

「ボクは小太郎」

小太郎は真っすぐに顔を上げてトンボたちを見上げた。


「じゃあな、小太郎」

「うん」

小太郎はうなずいた。

「さあ、行きましょ。あの船、まだあそこに見えてるわ」

「そうじゃの」

トンボたちは小太郎の上を一回りすると、船に向かってまっすぐに飛んで行った。



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