011:まゆおとし
部長である
副部長を除いた三人が部室にそろう事は結構ある。毎日ではない。文芸部の活動は読書会に出て、年に一度出す部誌に寄稿すればいいというもので、部室にくる義務があるわけではない。だから、副部長がこないのかも知れない。
その日、私とメロメさんが部室に入って、本棚でできた曲道を抜けると、部長が四つある席の一つに体育座りして、文庫本を読んでいた。
「お疲れ様です、部長」
「狼魚先輩お疲れ様」
メロメさんには部長がオオカミウオという深海魚に見えているらしい。鮎魚っていう名前なのに。
「お疲れ。二人共くるとは丁度いい。座りたまえ」
「うん」
「はい」
私とメロメさんは部長の前の二席に分かれて座った。
部長は何か、私達に用があるらしい。自分の隣の席に置いた鞄を開けて、中からクリアファイルを取り出した。
「幾らか連絡事項があるのでまとめてきた。目を通しておくように」
部長は何枚かのプリントをステープラーで綴じた束を、私とメロメさんの前に置いた。
「これは……」
なんですか、私が聞く前に、部室の扉がガタッと乱暴に開けられる音がした。
声が出そうになるのを、必死にこらえる。
文芸部の部室に入ってくるなら、文芸部の顧問の
その『誰か』が部室に入る気配はなかった。
「チッ」
入り口の方から、舌打ちが聞こえた。
と、と、ととと、ととととと……何かを床に落とす音が聞こえる。
なんだろう、何か、小さくて軽い物だと思う。それを大量に床に落としている。
と、と音がやんだ。
「ヘッ!」
吐き捨てるような声がして、扉がピシャリッと強く閉められた。
またぞろ何かの不思議だと思いたい。不思議なら対処に慣れている部長がいるから助かるけれど、人の嫌がらせだと厄介だ。
「二人共、ついてくるんだ」
「うん」
「は、はい……」
部長は椅子から降りて、本棚迷路と化している部室を歩き出した。メロメさんが後に続いて、その後ろから私が続く。
部長とメロメさんの後ろから部室の扉の前にくると、そこには白い楕円形の何かが大量に落ちていた。
「ふむ」
部長は屈んで、スカートのポケットからピンセットを取り出した。
「部長、それ普段から持ち歩いてるんですか?」
文芸部の部長のポケットから出てくる物として、ピンセットはなかなかないと思う。
「ルーペもある」
部長は振り返って私を見上げて、いつの間にか持っていたルーペを見せてきた。
「便利そう。僕もそろえようかな」
メロメさんは特に動じた様子もない。
「便利だよ。この学園にいると手で触れられない物も多い」
そんな危険物が日常的に湧いてくる環境にい続けると、部長みたいな感覚にもなるのかも知れない。
いや、今はそれよりこの白い何かだな。見た感じ……。
「蚕の繭だな」
部長が分析してくれた。私は蚕の繭を初めて生で見た。できれば別の場所で見たかった。
「縁起がいいからこれは保管しておく」
「え」
「わお」
続いて部長の口から出た言葉には、私だけでなく、さしものメロメさんも驚いたようだ。
「
部長はピンセットでつまんだ眉をルーペで見て、ちょっと指でつついた。触って大丈夫な物なのだろうか。いや、普通の蚕の繭なら大丈夫だろうけど、これは普通ではないし……。
「戸を開ける時に乱雑に開けて、蚕の繭を大量に落としていく物だ。悪態を吐く事もあるらしい。だが、その繭を大事にしていると富に恵まれる」
なんだか、部長は猿黄沢に伝わる昔話を語っている。
「昔の猿黄沢の人は、まゆおとしがくるとありがたがって、繭を巾着袋に入れて持ち歩いたらしい」
部長は、繭を一つ、素手で持って立ち上がった。
「私達もやってみよう!」
私は、部長の柿色の瞳が輝いているのを初めて見た。
部長のどこか常人離れした空気がどうして生まれるか、その片鱗を見た気がする。
「いいと思う」
メロメさんが手を差し出すと、部長はその手に繭を乗せた。
「
「はい」
桜来にいて体験する不思議は怖い物も多いけど、たまにはこういう、座敷童的ないい物もあるんだ。少し、気を張り過ぎていたのかも知れない。
私は、部長から繭を一つ受け取った。
「なくすと財運がなくなるらしいから気をつけるんだぞ!」
どうしよう、呪いのアイテム手に入れちゃった。
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