22話 テルアーブ王国に戻って
「! マーフさん?! あなた、マフラーと眼鏡の下にはそんな傷が……」
「パンネさん、テュト君。貴女たちは、良い人たちのようですから。これから手術を受けて、消す前に。私が眼鏡とマフラーでいつも顔を隠していた理由を。見せようと思ったんです」
イナダールの王墳墓で宝を採掘し。テルアーブ王国領に、私の転移魔法で帰って。前から目星をつけていたという腕のいい整形外科医の病院で手術の予約を取りつけてから。
私とテュトの借家で、マーフ嬢は。パンネ嬢とテュトに、ケロイドだらけの素顔を見せた。
「怖いでしょう? こんな顔をした女。だから、私は。治せるだけのお金を手に入れるために、盗賊をやっていたの。でも、もうそれも終わり。イナダールの王墳墓で、十分な財産を得たわ。手術は午後から。この、幼いころから私を苦しめてきた忌々しいケロイドともお別れよ」
マーフ嬢は、何か悲しそうな顔をしていた。
「でも……。顔のケロイドが治っても。人は顔の皮一枚で人を嘲ったり差別するものだという、私の知った真理は、私の中では消えないわ。私の顔のケロイドが無くなっても、私の中の人間不信は消えないかもしれない」
「顔の皮だけで、人を差別するなんて。嘲ったりするなんて! 聖神ニルダ様は、そんな醜い心の人間には必ず懲罰を降しますわ。マーフさん。貴女が幼いころに顔に火傷を負ったのは、聖神ニルダ様のお計らいかもしれません。だって、貴女は。そのつらい時期を過ごしたことで人を見分ける術を手に入れたのですから。見た所、元々は可愛らしい顔をなさっていたようだと言う事はわかります。手術を終えれば、言い寄ってくる男も多くいるでしょう。でも、それでも。貴女は、辛い時期を過ごしてきたことによって、その男が自分の顔が目当てなのか、身体が目当てなのか。それとも、本当に心から惹かれあっているのか。そういう事を分かるようになっている。私はそう思います。いままで、本当に辛かったことでしょう。手術が成功して、貴女が自分に自信を取り戻して。その上で、心優しい素敵な男性と巡り合えることを、私は心の底から願います」
パンネ嬢は、労わるようにマーフ嬢の顔の火傷跡を優しく撫でる。
そこで、感情が堰を切ったのだろうか。マーフ嬢が激しく落涙した。
「辛かった……。本当に辛い日々でした……。こんな顔でも、人を好きになったり、友達が欲しかったり。そんな思いも持っているのに、みんな、みんな。汚い物でも見るように、卑しい物でも見るようにして、誰も居てくれなかった。私の周りには、本当に人は居てくれませんでした。本当に、ありがとうございます、パンネさん。そんな風に、人の心の傷を労わってくださって。手術の成功も祈ってくださるなんて……。シスターの方は、本当に心が清いのですね……」
マーフ嬢に、シスターは心が清いと評されたパンネ嬢は、苦笑いをした。
「我欲や差別意識に塗れたシスターもいますから。一概にシスターは心が清いと思わないほうがいいですよ」
「では。言い方を変えます。パンネさん、貴女は本当に。優しい心をお持ちですのね」
「んー。照れちゃうなぁ。そんなに優しくないんだけど、私。ただ、マーフさんが今まで頑張って来たっていう事が感じられるから。この人になら優しくしても大丈夫だって思うだけで」
二人が涙やら鼻水で顔をくしゃくしゃにしているので。私はちり紙の箱を持っていくと、二人の前に置き。私も絨毯の上に腰を下ろした。
「マーフ嬢。この手術が成功したら、盗賊からは足を洗うのか?」
私はそう聞いてみた。実際の所、戦闘能力はともかくマーフ嬢のピッキングの腕は相当に高いことが今回のイナダールの王墳墓の探索で分かったので、引退はもったいないと思ったのだ。
「はい、引退します。手術が終われば、特に人に対して引け目も無いので。真っ当な職業に就こうと思っています」
「君のピッキングの腕は、大したもので。盗賊を続けるならば、相当に稼げるようになるかも知れんぞ?」
「はい……。でも、それでも。私は、一般の社会人になってみたいです。ずっと憧れだったんです。私みたいな日陰者が、日向に出ることが」
「そうか……。ならば、無理には引き止めまい。ただ、私と約束してくれ」
「? 何をです?」
「絶対に、幸せになるんだぞ。今まで不幸だった分よりも、もっと、もっと」
マーフ嬢は、また泣きそうになったのか。唇をぐっと噛み締めた。
「はい。幸せに、なってきます」
「では、行くか。病院まで送ろう。そして、お別れだ。テュト、パンネ嬢。異論はあるか?」
病院までは送って、後は別れようという私の提案に。
「盗賊という、ともすれば人から卑しまれる職業に就いていたことも。マーフさんにとって心の傷になっているかもしれません。ここは、ディアナさんの言うとおりに、いままでの仲間として送り出すつもりで。病院でお別れと言う事で良いのかもしれません。私には、異論はありません」
パンネ嬢は了承したが……。
「マーフさん……。もう会えなくなっちゃうの? 僕、やだよそんなの!!」
テュトが素顔のマーフ嬢に抱き着いて泣き始めた。
「……ゴメンね、テュト君。私、生まれ変わりたいの。でも、三人の事はずっと忘れないから……」
マーフ嬢は、テュトの頭を撫でながら。ボロボロと涙をこぼしていた。
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