転生したら天の声に転職させられたんだが
不弼 楊
序章
第1話 天の声に就職しました
どうも死んだらしい。
意識だけで身体を動かす感覚がない。
走馬灯?とかいうやつで思い出やもう会えなくなってしまった人の顔が見られるかもしれないと期待していたが何もないようだ。
何も覚えてないどころか、どうやって死んだのか? 自分が何者だったのかなど
生きていた頃の記憶一切がない。
ふわふわしている気がするだけで見えるものも無く、すべての感覚がない。
意識だけがあって夢でも見ている感じだ。
時間の感覚もないし死ぬってこういう感じかぁと思ったら
――案外このままでもいいか
とか思っちゃった。
「おめでとうございます。貴方様は本採用試験に見事合格されました!」
パチパチと早いリズムの拍手が聞こえてくる……気がする。
――はぁ? 何を言っているんだ? ていうか誰?
どのぐらいぶりかは知らないが、映像というか視覚情報が入ってきた。
目の前には神々しい光をわざわざ背負って、神話をイメージした絵画に出てくるような白い布を纏った女が立っていた。
――それなのになんだよ、その安っぽい芸人みたいな拍手は?
女神って、もっと美しさに見惚れて動けなくなるような感じかと思っていたが、全然普通の感じだった。いや奇麗だとは思うよ。
「ええ……いい感じの演出になるよう頑張ったのにひどくないですかぁ?」
「ちょっとだけ褒めたからいいじゃねぇかよ。あとこっちの考える事わかんのかよ」
「もちろんです!」
なにが勿論なのかわからないが、謎の決めポーズがイライラする。
「なんか陽キャぽくてやだなぁ……」
何を言っても戯けた仕草の女は笑顔を崩さない。見た目の美しさも相まって心の底から楽しそうに笑っている。これが演技なら誰も信じられない。
「さてさて本題ですが、あなたは天の声試験に合格されましたので早速入社説明を始めますね」
「待て待て待て。試験? 入社て何? 意味わかんないんだけど! ちゃんとイチから説明してもらえます⁉︎」
突然すぎて思考が追いつかない。なし崩し的に話を進めてツボでも買わされそうな勢いだ。
――いや、ツボなんかどこに置くねん?
と自分にも突っ込み始めた。死んでから忙しくない、俺?
「ほんと、忙しい人ですねぇ、全く……」
「いや、あんたが原因でしょう⁉」
「仕方ないので丁寧に一から十まで説明しましょうか……。時間はたっぷりありますしね」
言動がいちいち勘に触る。突っ込んだら負けだと思って我慢して言葉を喉奥に引っ込めた。
「喉ありませんけどねぇ」
「うるせえよ!」
クスクス笑う(自称)女神に腹が立ってきた。腹はねえけど。
「さて、まず初めに……」
「俺のボケにはスルーか?」
気を取り直して女神の説明を聞いてみることにした。わからないことが多すぎるし気になることしか起こっていない。
「私、女神ではありません」
「いや、そこから?!」
「はい私、世界の天の声を統括する企業の人事でクロリスと申します」
自己紹介してもらったが、何を言っているのかわからない。
天の声? 部署? 取り敢えず今は置いておこう。
「俺のことについて何かわかる? たぶん死んだ……事はわかっているけど前世はどんな奴だったとかさ」
「勿論わかりますよ。全部この履歴書に載っていますので」
にっこり笑って見せてくれた資料にはびっしり何かが書かれているが全く読めない。
「実は前世についてはお教えできません」
「は、なんで?」
「すべての魂は死んだ後、死者の樹に向かい記憶をリセットするからです」
つまり前世の記憶はすでに綺麗さっぱり洗い流されたわけだ。
思い出す気が全くおきないのも、記憶がリセットされて“無かったもの”になっているからだそうだ。
「浄化された魂は生命の樹から新たな生命として現世にできた器に向かいます。すべての魂は肉体の生死と共に、これを繰り返し行なっているのです」
「へぇー……でもさ、いちいち記憶消さなくてもいいんじゃないの?」
「大事なのは魂に刻まれた記憶と感情の方なのです」
「魂に刻まれた記憶と感情ねぇ……」
「人が人に生まれ代わるとは限りません。虫や動植物になることもあります。
より強い魂を作るために様々な命を経験する必要があります」
――強い魂……
疑問よりも先に何か引っかかる言葉
「記憶を引き継ぐと色々な不都合も生じますので消させていただいております」
「まあいいや。じゃあ俺も別の生物に生まれ変わるんだよね」
「はい、その予定なんですが……」
「なに?なんかすっきりしない言い方なんですけど」
「……」
「どうして黙っちゃうかなぁ、ねぇ? 生まれ変わるのに天の声がどうとかっておかしくない? あんた何か隠してるでしょう?」
「実は……」
何をするにも誠実さは大事だ。嘘は良くない。
ワザと問題を起こすような奴はあまりいないだろう。だから問題があれば正直に話すべきだ。
こちらはちゃんと聞く姿勢を見せている。
それなのに、此方が詰め寄って責めている風になっている。
正当性はあっても第三者から見たら此方が悪者に見える現象に名前なんかいらない。
ただ説明責任を果たして欲しいだけである。
ミスしたのはそちらなんだから。
――ミスをしたのは?
まさかと思った時には弁明が始まっていた。
「実は死んでしまわれるのも予定外でして、次の器を用意できていないのです」
――死んだ事が予定外ときたか
死ぬ事はなかったのに勝手に死んだのが悪いという軽い責任転嫁なのでは?
「詳しくはお教えできませんが、そこそこの魂の強さをお持ちでして……中途半端な器では保たないのです」
まあまあ誉めている風ではあるが、これもお前に原因の一端があるのだという責任転嫁その2だ。
「ですので器ができるまでの間は天の声として働いていただこうと思いまして」
「ですのでって、おかしいでしょ? 」
「ですよねぇ」
このクロリスとかいう娘、ケラケラと笑い始めた。
情緒どないなってん? こちとら笑い事ではないのだが。
「何もせずに待っていただくと悪影響がありまして」
「悪影響て、何?」
「消滅ですね」
「ああ、火が燃え尽きるみたいに消えるってことね」
さらりと恐ろしいことをいう。すぐ受け入れる自分もどうかと思うが。
「で、その俺の器はどれくらいでできるの?」
「そうですねぇ、人の定義した時間で10の100乗年ぐらいですね」
「わかりにくいけど、すっごい先だというのはわかる」
「おわかりいただけて良かったです」
「納得はしてないけどね! 何か保存できるような代わりの器とかないの?」
「はい、いくつかあるうちの一つが天の声事業部なんです」
そっちのミスなのにゆっくりさせてもらえないのは理不尽な気がする。
それとも窓際とか役員待遇でってことか?
「いえ、平社員からです」
「……」
「さっきから言っている天の声て何?」
「天の声は現世で生きる者が経験を得て獲得した能力や変化を知らせる役目を担っています。人だけではなく、動植物も時には能力を獲得し進化することがあります。すべての生物が天の声を聞けるわけではなく、私たちもどうすれば声が届くのか日々研究を重ねております。」
こういうのは採用試験を受ける前に聞くことではなかろうか。
そもそも試験など受けた覚えがない。
「担当先が経験を積みレベルが上がれば、獲得できるスキルの提示を行います。先方が合意すればスキル習得の手続きに進んで獲得の成否をアナウンスする。ここまでが主な役割です。
日々成長していく姿を見守ることを楽しみに感じてご自分のやり甲斐につなげられる方にぴったりのお仕事なんですよ」
「何かダメな企業の求人みたいだな。……いや、そんな事にやり甲斐とか感じませんから。なんで転職サイトのエージェントみたいになってんの?」
「ええ〜、ぶっちゃけ人手不足で困っているんですぅ。ぜひウチで働いてくれませんかぁ?」
「ぶっちゃけとか言い出したよこの娘。嫌だよ、そっちのミスなのになんでそんな事しなきゃならんのよ」
「……そうですか。それなら地獄の業火で焼却処分しなきゃですね。折角の人材が勿体無いですが」
袖で涙を拭う仕草は完全に嘘泣きです。ヨヨヨって感じで泣くやつ見たことねーもん。というか、
「焼却⁉ 俺、焼却されちゃうの? それまた随分勝手じゃね?」
もはやモノ扱いじゃないか? 記憶を消されて生まれ変えさせられることも大概に強制的で理不尽なことのように思えるが、存在があるだけマシに思う。
「ご自分で選択されたので仕方ないですね。上からはどちらかしかできないって言われていますので」
「実質一択とかヤバくない? あと責任者いるなら呼んでこいよ!」
抗議は無視され手続きを進めようと迫ってくる。
「さあさあ、諦めて契約しちゃいましょうよ!」
初めから選択肢などなかったのだ。
このまま何もしなくても消えるらしいし、生まれ変わるのも世界が終わった後になるぐらい先みたいだし。
落とす肩もなけりゃ疲れる身体もないのだが、精神的に疲れた。
こうやってブラック企業に入っちまうんだよなぁと思いつつ
「俺にもできるの、それ? 難しくない?」
「大丈夫ですよ! 感覚ですぐできるようになりますし、担当と一緒にゆっくり覚えていけばいいので!」
完全にクロージングに入ってにっこにこだわ、この娘
「やっぱ何かムカつくわ、あんた。友達少ないだろ?」
「失礼な!生前のあなた様よりは多いですよ!」
俺、友達少なかったの? つーか、さらりと生前の情報が洩れてない?
失言した素振りも見せずに片方の頬を膨らませながら眉をハの字にし、腕を組んでお怒りアピールを見ていると記憶の消去は本当に必要なのか疑わしい。
喜怒哀楽を見せる義務を終えて満足したのか、ぱっと今までの明るい、嫌な気分にはさせない笑顔を向けられた。
「若くて素直な良い子の担当につけるように上には掛け合ってきますからね。あ、若くなくても生後3日ぐらいですけど」
クロリスは書類っぽいものを作ったり、魔法陣を作ったりと忙しそうに作業をしている。俺が天の声になるための準備なのだろう。
俺は特にやることもなく、そもそも何かできる状態ではないが、中に浮かぶ文字のようなものを眺めたり、クロリスの動きを観察したりしていた。
クロリスは割と仕事ができる方ではないのかと思う。
特に根拠はないが、俺の激しいツッコミに動じることもなければ感情的になるでもなく、笑顔は崩さないが事務的な張り付いた感じでもなく。
ここで人間的な部分を求めても仕方ないと思うが、神様に近い存在は人間的なものではと随分勝手な推論を展開してふと気がついた。
――俺は何故人間を知っている?前世は人間だったのか?
「ブッブー違いますよー」
忘れていたが、こいつ思考を読むんだった。
「正確には思考を読んでいるのではありません。ここではあなたが『話すこと』も『考えること』も全て周りに伝わるのです。生きていた時の感覚は残りますから、そうしている風にしていても客観的には思念の伝播を行なっているだけなのです」
もしかしたら無意識も伝播していて、俺は死んだことを悲観したり認めていなかったりしているのかもしれない。自分でも気がつかない負の感情が漏れ出ているのではと少し怖くなった。
「あ、その辺は大丈夫ですよ」
「やめてくんない? まあまあシリアスな雰囲気だったでしょ?」
この見た目だけは女神と間違えるほど良い「天の声事業部社員」は俺のすぐ側まで近づいてきた。
「手続きが完了し担当も決まりました。」
今の俺がどのような形態かはわからないが、クロリスは両手で水を掬うように俺を拾い上げた。
「私もできる限りのサポートはさせていただきます。何卒、世界をお救いくださいませ」
そういうと俺の遥か頭上に巨大な樹が現れた。吸い寄せられるようにその樹の幹へと進んでいく。徐々に眩い光に包まれ一切の視覚情報は遮断された。
こうして俺は天の声に転生することになった。
最後の最後にとんでもないことを託された気がするが新しい生を謳歌しよう。
生きているかは定かではない状態だし、何が出来るかもわからないけど。
取り敢えず担当する奴が良いやつであることを願うばかりだ。仕事内容や環境よりも人と合うかがかなり重要だからね。
相変わらず感覚はないが、明るく温かい場所を通っている気がする。
少しだけ気が遠くなり、やがて意識は途切れた。
俺は「天の声」に転生した。
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