第41話 俺の仲間達は最高だ

「何よこれ……? こんな人数……あり得ないわ……」




 モニターに映し出される観客席の映像を見ながら、ゆきは呆然とつぶやいた。


 まあ、そういう反応になるよな。


 グランドスタンドが満員なだけじゃない。

 サーキット各所の観客席は、全て満員。


 さらにはコースを取り囲む金網に、びっしり立ち見客が貼り付いている。


 毎年このレースの観客動員数は、2000人から3000人といったところ。

 だが今は、13万人以上入っている。




「ほとんどがピンク色のシャツや帽子……。まさかこれ、じゅんいちが……」


「大半は俺が呼び集めた。かねの力でな」




 カナユメチャンネルやその他SNS、ヌコレーシングの公式ウェブサイトを通じて応援団をつのったんだ。

 観戦チケット代や交通費、宿泊費、食事代はこちらで用意するという条件で。


 チームの応援グッズも、タダで進呈している。

 シャツ、帽子、ミニフラッグ、パスケース、雨具のポンチョ、パラソルにスポーツタオルの欲張りセットだ。

 普通に買うと、全部で2万円ぐらいはする。


 ネットで情報を発信するだけじゃなく、インフルエンサー達に報酬を支払って拡散してもらった。


 サーキットまで来てくれた応援団員には、豪華な賞品が当たる抽選への参加権も用意した。


 ここまですれば、九州外からも希望者が押しかけてくる。




 観客席で、「えんどうゆめ」と書かれた巨大な応援旗を振っている男がいた。


 川原がわらだ。


 とりかいのじい様や、うしやまママ、わたりもいた。


 ついほう技研社員たちには、社内行事として参加してもらっている。

 なぜなら槌鳳技研もスポンサー企業扱い。

 実際にお金を出したのは、俺個人だが。

 ウチのポルシェには、彼らのロゴも刻まれている。


 オーナー権限で休日を奪うのは気の毒なので、参加は強制ではなく希望者のみ。

 休日出勤扱いで、特別手当も出している。


 モニター映像を見る限り、嫌々応援している社員はいないようだ。

 全員がレース好きというわけでもないだろうが、夢中で応援してくれている。


 自社の名前が刻まれた車が、怒涛の追い上げをしているんだ。

 これは熱くなるだろう。


 社長や工場長まで来ていて、拳を振り上げながら声援を飛ばしていた。

 こりゃ、ほぼ全社員が来ているな。


 さわは……見当たらない。

 あいつは最近、降格されたと聞いた。

 家でふて寝しているのかもな。




 俺が車を買った、メガディーラーの店長さんも来ていた。

 まさか来てくれるとは……。

 自動車ディーラーは、日曜こそ忙しいだろうに。


 うっ!

 あの女性営業さんもいる。

 

 ……なんで彼女は、亀甲縛りされた状態で応援しているんだ?


 メガディーラーの広告も、ウチのマシンには載せてある。


 政財界のフィクサーじい様をはじめとする、スーパーカー乗りの皆様もいた。

 この人達は、速い車大好きだからな。

 みんなお祭り騒ぎだ。




 応援団の中に、ちょっと変わった人達がいた。


 メイドさんの集団だ。


 五里川原と行った、コンセプトカフェのキャストさん達。

 彼女らも招待してある。


 お店の名前も、ウチのマシンに掲載していた。

 あのコンカフェ、いまは俺がオーナーなんだよな。


 また五里川原を連れて行こうと思って、買っといた。


 胸開きミニスカのメイド服は、サーキットの華であるレースクイーンの皆様より過激だ。




 学生服の集団もいた。

 あれは夢花の高校の生徒達だ。


 同じ学校の生徒が活躍する姿に、熱狂している。


 引率の先生方、ご苦労さまです。

 きっとどう以外の先生方は、マトモで教育熱心なんだろうな。




 「遠藤夢花」ではなく、「ユメイド」というYouTuber名が書かれた旗を振っている男達もいた。


 これはたぶん、カナユメチャンネルの視聴者達だ。


 ああ、これで俺も夢花も、本名バレしてしまったか。


 仕方ないな。

 覚悟の上で、宣伝したんだ。


 お前ら、顔は憶えたぞ?

 もう俺のチャンネルに、辛辣コメント書き込むなよ?




「そんな……。はやは大きなミスをしていないのに、グングン差が詰まる……。どうして?」


「車の外からは見えない、小さなミスは増えている。それと周回遅れの処理だな」


 コースの両脇にびっしり張り付いた、ピンク色の応援団。

 それを見て、周回遅れの車達が動揺しているんだ。


 速水の車が後ろから来ても、気付かずに進路を譲るのが遅れてしまう。

 それに引っかかってしまい、速水のGT-Rはタイムロスする場面が多い。


 一方、追いかける夢花は違う。

 あいつのポルシェが近づくと、応援団が大騒ぎする。


 それを見た周回遅れ達が、早目に進路を譲ることができるんだ。

 コース係員マーシャルが青旗を振って、進路を譲るよう指示するよりも早い。


 おかげで夢花は、ほとんどタイムロスをせずに走り続けることができる。




 ピンク色のポルシェ911GT3Rが、フェラーリ296 GT3とメルセデスベンツAMG GT3を2台まとめてブチ抜いた。


 これで俺達の順位は2位。




「これだけの人数を呼び集めるのに、一体いくら使ったの?」


「正確ながくは、まだ計算しきれていないな。たぶん、俺の月給分ぐらいは吹っ飛んだ」


「潤一……。お金持ちになったのは知っていたけど、あなたの稼ぎって……」


「最近は、1日で100億だな」


 美幸は口をパクパクさせていた。

 うむ。面白い。




 レースは最後の1周ファイナルラップ


 夢花のポルシェが、速水のGT-Rに追いついた。


 ぴったりと追従したままヘアピンカーブを立ち上がり、ジェットコースターと呼ばれる急坂を駆け下ってゆく。


 下りきった先には、度胸の要る右コーナーが待ち構えている。




「行け。ポルシェのブレーキは世界一だ」




 俺の声が聞こえたかのように、夢花は速水の横に並びかけた。


 ブレーキタイミングを遅らせ、シルバーピンクの車体を内側インに捻じ込む。


 レーシングカー達の轟音をかき消してしまいそうなほど、大歓声が響き渡った。


 夢花が前に出る。

 俺達ヌコレーシングがトップだ。


 ピンク色のポルシェは企業チームワークスGT-Rを従えて、曲がりくねった区間セクションを駆け上がってくる。


 カメラ映像に、虹が映り込んでいるのが印象的だった。




 チェッカーフラッグを受けてゴールした瞬間、コース両脇に設置された花火が上がった。

 火柱の輝きを反射しながら、夢花のポルシェが俺達の眼前を通過していく。


 総合優勝は俺達だ。

 

 個人参加チームプライベーター自動車メーカーワークスチームをねじ伏せてやった。


 出資者スポンサーやチームオーナーとしての勝利は、ドライバーだけやってた頃とはひと味違った爽快感がある。

 病みつきになりそうだぜ。


 この快感を味わうのに、3000億ちょっとか。

 いい買い物をした。




「……やっぱりあなたとは、別れて正解だわ。こんなにクレイジーなお金の使い方をする男なんて、私には無理」


「おう、そうだな。自分でもちょっと、頭おかしいと思うぞ。……旦那をなぐさめに行ってやれ」


「そうさせてもらうわ。……バイバイ、潤一」


 ひらひらと手を振って、美雪は去った。




 代わりにのりタン先生と珠代ちゃんがやってきて、俺に抱きついてくる。




 少し離れたところで、アレクセイは手際よく祝勝会の準備を始めていた。

 表彰式もまだなのに、なんという仕事の早さ。




 最高だな。

 

 俺の仲間達は最高だ。





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