第19話 財力VS暴力

「だいたいあんたは誰だ? もじゃ眼鏡のオッサンよ。隣のロシア野郎が、えんどうの親父ってのは分かる。だがオッサンは、関係者じゃねえだろ」




 ……む。

 言われてみれば、確かに。


 一緒に住んでるからつい、ゆめの家族みたいな感覚でいた。


 しかし、身内と名乗って納得してもらえるかどうか。




かなおいじゅんいちさんは、あたしの婚約者です」


 突拍子もない夢花の発言に、俺の膝が折れる。


 のりタン先生、舌打ちはちょっと怖いです。


 アレクセイ、何でうなずいているんだ?




「単なるバイト先の雇い主です」


 正直に言ってしまった。

 演技でも、婚約者ムーブなんて無理だ。


 四堂に押さえつけられていた夢花が、抜け出してきた。

 俺の腹を1発殴ってから、背後へと隠れる。


 ぐぇっ!

 何するんだ? こいつ?




「バイト先の雇い主って……他人じゃねえか。他人がしゃしゃり出てくるなよ」


「他人じゃない。夢花は俺の家族だ。その家族を傷つけたあなたを、許すわけにはいかない」


「許さないって、どうするつもりだ? 校長に報告する気か? それとも教育委員会にでもタレこむか?」


 四堂の顔には、余裕の笑みが浮かんでいた。

 たぶん校長も教育委員会も、自分の味方だと思っているんだろう。




「どうするって……、訴えるんですよ。暴行罪……こないだむりやり髪を染めた件ですね。それに今、夢花を机に押さえつけていた件も追加で」


「バカ言うな。校則違反を指導して、何で訴えられなきゃいけねえんだよ。髪染めたぐらいで、暴行になるわきゃねえだろ?」


 ……え?

 まさかこいつ、本気で合法だと思っているのか?

 頭痛がしてきた。




「のりタン先生……」


「金生さ~ん。残念ながら、説明しても無駄です~。法律より企業内での暗黙のルールや、地域のローカルルールが優先されると思っている人間は、けっこう多いんです~」


 ……たしかに。

 労働基準法なんてドン無視なブラック企業。

 交通法規よりマイルールが正しいと思っているドライバー。

 世の中には、そんな連中が溢れかえっている。


 しかしな……。

 学校の先生がそれって、かなりマズいんじゃないか?




「結局のところそういう人間は~。訴えられないとわからないんです~。……というわけで四堂先生。あなたを暴行罪で、訴え~」


「はあ? おい、冗談はやめろよ。このくらいで裁判なんて、めんどくさいだろうが。金か? 金が欲しいのか? くれてやるから、訴えるんじゃねえ」


「あいにくわたしたちは金生さんから、あなたの生涯賃金以上の年俸をもらっているので~。お金に困っていないんです~。それにわたしは言いました~。『訴える』じゃなくて、『訴えた』と~。警察への書類は、提出済みです~」


 四堂の顔が、みるみる紅潮していく。




「クソ共が! 俺を誰だと思っていやがる! 俺は県議会議長の息子だぞ! 警察にも顔が利くんだ!」


 ああ~。

 言っちゃったな~。


 これで親父さんの政治生命は終わった。




「四堂先生……。実は遠藤夢花には、小型のボイスレコーダーを持たせていましてね」


「なっ……! まさか録音しているのか?」


「ええ。テレビ局にでも、持って行こうかと思っています。今までの会話がお茶の間に流れたら、四堂議長が受ける政治的なダメージは計り知れないかと」


 本当は録音だけじゃない。

 夢花がスイッチオンすると、俺のイヤホンマイクに音声が届くようになっている。

 盗聴って騒がれそうだから、四堂には黙っておくけどな。




 突然、奴はスマートフォンをいじり始めた。




「なあ……考え直して、ボイスレコーダーをよこせよ……。そうしたら、五体満足で家に帰してやるぜ……」


「脅迫罪も、追加ですね~。2年以下の懲役または30万円以下の罰金です~」


「うるせえ! 黙れ! 素直に言うことを聞けばいいものを……。くっくっくっ。もうお前らは、この学校から逃げられないぜぇ」




 ドタドタと、足音が聞こえる。


 生徒指導室から廊下に出ると、俺達は大勢に取り囲まれていた。


 ド派手な髪型や着崩した制服が印象的な、いかにも不良といった感じの生徒達だ。

 チェーンやナイフ、釘バットで武装している。

 夢花のストロベリーブロンドより、こいつらの方がよっぽど校則違反だ。


 人数はざっと、20人といったところか。

 前に夢花が言っていた、四堂の息がかかった生徒達だな?

 さっき、スマホで呼び出したんだろう。


 ついに、直接暴力に訴えてきたか。





「はっはっはっ! 助けを求めても無駄だぞ! 生徒指導室があるこの棟からはな、人払いをしてあるんだよ。遠藤夢花への指導を、邪魔されないようにな」


「はっはっはっ! それは都合がいい!」


 豪快に笑ったのは、アレクセイだ。

 どうやらもう、我慢の限界みたいだな。




「トチ狂ったのか!? オッサン! 死ねや!」


 アレクセイの肩口に、生徒の鉄パイプが振り下ろされる。

 だが白手袋を嵌めた手が、パイプを掴んで止めてしまった。


りつ先生。これなら正当防衛は、成立しますかな?」


「大丈夫だと思いますよ~。相手が先に手を出しましたし~、武装していますし~、大人数ですし~」


「では、遠慮なく」


 鉄パイプを持った男子生徒は、くるりと回転して廊下に叩きつけられた。

 そのまま泡を吹いて、ピクピクとけいれんする。


「おや? これぐらいで失神してしまうとは。夢花に比べると、ずいぶん軟弱ですな」




 アレクセイの反対側でも、動きがあった。


 バキィ! という音とともに、釘バットの先端が飛んでいく。


 夢花が蹴りで、釘バットを根元からへし折ったんだ。




「あたしももう、限界。ご主人様にまで危害を加えるつもりなら、容赦しないわ。暴れてもいいでしょ? ご主人様」


「過剰防衛にならないよう、気を付けろよ」


「御意! なんちゃって」


 アレクセイのモノマネをしてから、夢花は床を蹴った。

 旋風となって駆け回り、不良たちをなぎ倒していく。




 遠藤親子が無双している一方。

 俺はというと、戦えないのりタン先生の護衛に専念していた。





「くたばれ! もじゃ眼鏡!」


 先生を庇っていた俺の胸に、ナイフが突き立てられる。

 衝撃で息がつまった。


「ぐっ! 痛いじゃないか」


「えっ? なんで死なね……あばばばばっ!」


 反撃に繰り出したスタンガンで、モヒカンヘアの生徒が昏倒する。


「なんで死なないかって? 防刃ベストだよ」


 こんなこともあろうかと、ブルゾンの下に着込んできたんだ。

 防弾性能もある高級なヤツで、お値段50万円オーバーなり。

 遠藤親子に比べると弱い俺でも、お金の力でなんとかなるもんだ。




「ば……ば……化け物ぉーーーーっ!」


 廊下に四堂の悲鳴がこだました。


 俺が1人片付けている間に、遠藤親子が残りの19人を全滅させていたんだ。






 ウチの使用人達が、化け物でスマンな。





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