第二十五話 歌舞伎座宝塚歌劇団


 城に流れて来る風も涼しくなって来た頃、


「幸村」

「はい」

「近頃、京の街でお国という女性が、かぶき踊というものをしているそうだが、調べてもらえないか」

「お国ですか?」

「そうだ」


 幸村が怪訝な表情を浮かべる。


「殿は何処からそのような話を……」

「いや、これは腰元のトキから得た情報なんだ」


 何とか取り繕った。





「殿」

「ん?」

「調べてまいりました」

「そうか、早かったな。それで、どうだ?」

「どうだと申されますと?」


 幸村うすうす感じてはいるのだろうが、とぼけている様子がありありだな。


「連れてこれるか?」

「まさか、あのような者を城内に入れるのですか?」


 幸村は咎めるような顔をしておれを見た。


「あのような者とはなんだ?」

「いや、その、殿の前に連れてくるのは、いかがなものかと」


 真田幸村(信繁)について兄・信之の証言では、幸村の性格は柔和で言葉も少なく、怒ることはほとんどなかったということです。その幸村がおれの要請に即答を避けた。幸村は不遇の時代も日頃から狩りをしたり寺に遊びに行っては老僧らと囲碁に興じ、屋敷では夜更けまで兵書を読み耽っていたという。兵書の問答を欠かさず、武備を怠ることは無かったのだ。さらに近隣の郷士や郎従を集めては、兵術、弓、鉄砲の訓練を行っていたとされる。その幸村が街で色っぽい踊りを踊ると評判の踊り子を連れて来いと言われたのだ。二十歳前後の若者が、妖艶な踊りを踊ると噂の女子に興味を示しているというのである。


「かまわん。連れてまいれ」

「…………」


 結局幸村はしぶしぶ、その女性を連れて来るのだった。

 女は一人ではなく、少人数だが一座を引き連れていた。おれの前で踊って見せよと促したのだが、やはり遠慮しているのか、なかなか踊り出さない。


「かまわん、遠慮なく踊って見せてくれ」


 おれの声にやっと踊り出したのだが、見ると幸村は渋い顔をして目をそらしている。

 そうか、確かに日本舞踊というようなものではないな。もう少しくだけた感じの踊りで、まあ色っぽいと言えばそんな感じもある。だが、現代人のおれの目からしたらどうってことないレベル、TVCMに出しても構わないくらいである。しかしこれはこの時代の庶民には受けるだろう。おれは確信した。


「お国とやら、ご苦労だった」

「…………」

 

 女はその場に座り、無言で頭を下げた。


「どうだわたしがそなたの後援をしようと思う。受けてくれないか?」

「――――!」


 女もびっくりしたようだが、幸村も口を開けてびっくりしている。


「殿!」

「幸村、この者の後援をしようと思う。歌舞伎座というもの造るんだ。協力してくれ」

「あ、それは、はい」


 おれの決定に嫌も応もなかった。ただ、佐助はその女をちらっと見た後で、おれと幸村の会話を微妙な顔で聞いていた。

 歌舞伎座の営業小屋は大掛かりなものが建った。場所は大阪の郊外で、今の兵庫県宝塚市だ。正式名称は歌舞伎座宝塚歌劇団。若い女性を大勢集めて、お国に踊りを指導させる事となった。




 お国達の一座が京の町で「かぶき踊」という名称で踊りはじめ、遊女にまで広まっていったのだという話があります。エロティックなものであったり、アクロバティックな軽業主体の座もあったりしたようです。また三味線が舞台で用いられるようになり、虎や豹の毛皮を使って豪奢な舞台を演出し、多くの見物客を集めたということです。





「兄上」

「おう、秀頼か、久しぶりだな」

「兄上、あの歌舞伎座、女子達の踊りは見ものですね!」

「…………」

「あのような踊りはこれまで見たことも聞いたことも――」


 興奮して話し続けている秀頼だ。


「秀頼!」


 彼はこの頃、淀殿と聚楽第に居たのだが……


「どうだ、蘭学とか、学んでいるか?」

「兄上は私を幾つだと思っているのですか」


 不満そうな顔でおれを見る秀頼だ。

 秀頼に関しては、最近お忍びで歌舞伎座に入り浸っている、という話が伝わって来ていた。秀長とまではいかなくとも、おれと一緒に政務をこなすだけの者ならよかったのだが。典型的に、いい意味での殿様なのだ。

 まあそう言うおれの過去も、振り返って見れば似たようなものだから、あまり人の事は言えない……


 どこかに、そうせい候と言う殿さまも居たらしいが、秀頼はまさにそれだ。家臣の意見に対して異議を唱えることがなく、常に「うん、そうせい」と返答していたため「そうせい侯」と呼ばれていたと言う殿さまだ。

 財力の有る者が芸術家を後援するなどの行為が、円熟した文化を下支えして行くという事もある。秀頼の存在は、彼なりに世の中に貢献しているという事になるのかもしれない。




 うぐいすが鳴き、桜も咲き出した頃、おれは大阪城の一室に居た。照明が無いので、窓の方を向いて明るい所だ。


「殿」

「幸村、なんだ」

「先ほど仁吉から報告が有りました」

「なに、鉄砲が出来たのか」


 やっとおれの言っていた鉄砲が出来たのかと喜んだのだが……


「殿がみにえーと言われる弾は出来たようなのですが、銃身の内側に溝を彫るのは難航しているのだそうです」

「そうか、確かに難しい技術なんだろうな」


 ライフリングは何しろ狭い鉄の円筒内部にらせん状の溝を掘るのだから、想像するに難しいのが分かる。仁吉はやすりや鏨を筒に入れて少しづつ削り、回転させて行くというとんでもなく難しい作業をしているのだ。さらにその筒を半分に切り、削れ具合を確認してまた新たな筒を削るのだという。気の遠くなるような話ではないか。もちろん天才鉄砲鍛冶職人の仁吉である。やがて見事な解決策を編み出すのだが、それはまだ先の事になる。


「それで今しばらく待って頂きたいとのことでした」

「分かった」


 だが、幸村はなにやら難しい顔のまま下がろうとしない。


「なんだ、まだ何か他に面倒事でもあるのか?」

「面倒事と言うか、こちらはかなり深刻な事態で御座います」

「なに」


 大阪でというよりも、日本全国の村々で人さらいが横行しているとの事であった。戦国の世であれば、雑兵が戦利品として女や子供を略奪するのは、当たり前になっていた。戦場となった村々で、逃げ遅れて捕らえられた者を、牛馬のごとく運んで売った。女、子供は二束三文で売られる。


 大きな問題だったのは、一部の宣教師たちが奴隷商人と結託して、日本人奴隷の売買に関与していたということである。

 秀吉はキリスト教が人身売買にかかわることを危惧していたようだ。日本人が奴隷としてポルトガル商人により売買され、家畜のように扱われていることに激怒した。奴隷たちは、まったく人間扱いされていなかったからである。


 当初、アフリカがヨーロッパに近かったため、かなり遠い国の日本人は奴隷になるという被害を免れていた。しかし、海外との交易が盛んになり、その魔の手は着々と伸びていたのである。


 日本でイエズス会が布教を始めて以後、ポルトガル商人による日本人奴隷の売買が問題となっていた。日本人奴隷のほとんどが、アジア諸国のポルトガル植民地で使役させられていたのだ。

 植民地では手足となる、労働に従事する奴隷が必要であり、それを新たに進出した先の日本からも調達していたのである。理由は、安価だからであった。捕らわれた日本人は男女を問わず南蛮船が買い取り、手足に鎖を付けて芋虫のごとく船底に追い入れられていると言う。


「ポルトガル船は長崎から出るのだな?」

「さように聞き及んでおります」


 よし、その者達の好きなようにはさせぬ。日本をなめている連中に一泡吹かせてやる。


「太郎兵衛は居るか」

「はい、こちらに」

「そなたに働いてもらわねばならないようだ」

「…………」


 宣教師どもは、奴隷売買の原因を日本人にあるとしており、自分たちは悪くない、あくまで売る者が悪いと主張している。詭弁だ。日本を奴隷の産出国などにしては断じてならない。太郎兵衛もこの件に関しては憤慨している。


「太郎兵衛、そなた長崎に行ってくれ」

「行って何をすればよろしいのでしょうか?」

「商いを始めるのだ」


 長崎に奴隷商人達の様子を探る前線基地を設けようというのだ。


「資金はいくらでも使え。オランダやポルトガル商人達と交易をして欲しい」

「分かりました」


 太郎兵衛は近江屋を番頭に任せ、すぐ長崎に向け出立した。


「幸村」

「はっ」

「日本での人身売買は禁止とする旨、全国に伝えろ。売った者、買った者双方をきつく罰するとな」

「分かりました」




 秀吉は南蛮貿易を奨励していたので、オランダやポルトガルの商船が長崎に来ていた。だが、やはりというか、問題が起きる。

 当初の来航目的は、食料や必需品の補給の役割が大き かったのだが、最初に布教や交易を広め、その後、軍事侵略をするのが主なパターンだったからだ。

 キリスト教のもたらす問題と貿易利益の間で、南蛮人の取り扱いは難しいかじ取りを迫られる。しかし、キリスト教もさることながら、奴隷売買の問題は何としても先に解決しなければならない事態だった。




 次は腰元のトキと話をしていた時だった。


「殿」


 振り返れば、殿と呼び掛けた佐助がひざまずかないで、そのままどんどん歩いてくるとトキの隣に立った。トキと知り合い、その影響が相当及んでいるのか、この子の態度はかなり現代っ子のようになりつつある。もちろんおれもそんなことは一向にかまわないのだが。

 既に佐助の目には、おれもトキも同列になっているようだし……。

 それよりもこの、共におれを見て笑っている二人の存在が、微妙に気になる。まあ仲良くしているみたいなんだがな。


「時、ここに居たのね」

「佐助、元気?」


 その後の二人の会話にはなかなか入れないおれが居た。話が途切れるのをひたすら待ち、やっと話掛ける。


「あの、佐助、何か用だったのかな?」

「あっ殿、私は今度スカートを作ろうと思います」

「スカート!」


 トキの影響どころではない、一体何を聞いているんだろう。

 絶対トキが佐助に何か知恵を付けているに違いない。二人は何やら盛んに計画をしているようなのだ。


「それで、これから外に出て生地を探して来ようと思うの。殿も一緒に行きますか?」

「いや、おれは……」


 佐助は気軽に誘ってくるようになったが、こう見えてもおれは一応殿様なんだぞ。


「時、行こう」

「いいわよ」

「あの……」


 部屋を出がけに佐助が振り向き聞いて来た。


「帰りに何か買ってきてあげようか?」

「はあっ……」


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