【改訂版】鶴松の戦い、江戸城は二度攻撃する。

@erawan

第一話 時の支配者トキとの出会い

 おれの名は結翔(ゆいと)、大手IT企業に勤め始めたのだが、周囲のスタッフは目から鼻へ抜けるような超の付く優秀な者ばかり。のんびりとマイペースなおれは肩身の狭い思いをしていた。早々と行く末の限界を感じ取っていたのだ。

 だが面白い経験もした。おれが地方の得意先に出向してしばらく経った時だった。そこの専務に手招きで呼ばれて何事かと重役室まで付いて行くと、彼は周囲に人の気配がないことを確認するようにして、コーナーに設置された飾り棚のカギを開けて中を見せてくれた。

 出向先は同族会社だったのだが、社内では切れ者で通っている大柄で押しの強い専務だ。発言力が強く独善的で強引な行動は皆に煙たがれているようであった。

 その専務が、


「結翔くん、これどうだ、いいだろう」

「これは……」


 ガラスの飾り棚に無数のプラモデルがびっしりと並んでいる。戦車から戦闘機、さらにピンクのプリキュア グッズの数々!

 専務の緩んだ顔はすでに童顔だ。そして丁寧に押し頂くように取り出したミニスカートの魔法使いプリキュアフィギュア。


「いいだろう、な、結翔くん」

「あ、はい……」


 おれとは何故か気が合った専務は、これまで社内の誰にも見せたことがない秘蔵の品々を、外部の人間だからか特別に見せてくれたのだった。

 それ以来おれは何度も、専務の秘蔵っ子達の前で自慢話を聞かされることになった。

 この話には後日談があって、ある日おれが自社に帰ると、おれの顔を見た課長が周りのスタッフに話している声が聞こえてきた。


「彼でも外に出ればちゃんとやっているんだ」


 それを聞いた周囲の者が笑っている。事情はすぐに分かった。例の専務がわざわざ来社すると、


「今結翔くんに帰られたら困るよ、もうしばらく居てくれなきゃ」


 それも大きな声で言ったらしい。押しの強いあの専務が何の遠慮もなく言い張っていたようだ。なんのことはない、プリキュラやプラモデルを見せる相手がいなくなっては困るという専務の思いからだけなのである。

 もちろんそんな裏の事情を知らない周囲の者は、落ちこぼれ人間だと思っていただろうおれの意外な一面を見たとばかりに驚いていた。結局おれは予定を延長してその出向を続ける事になる。課長の皮肉は嫌味だったが、気にするほどのこともない。しかしそれでもおれは次第に息苦しさを感じ始め、これ以上の会社勤めは無理だと辞表を出した。

 後はアパートに籠ってゲーム三昧の日々である。三国志から秀吉の太閤記までシミュレーションゲームならなんでもやった。だが結局生活するためにフリーターへの道を歩むことになる。





 ポカポカと天気の良い日におれは気分よく目が覚めた。キッチンに行きマルちゃんの即席麺である緑のたぬきを用意して、手鍋に水を入れガスコンロに乗せて火を点ける。その後は部屋に戻ると椅子に座り、ネットで買った中古のパソコンをいじっていた。今日は平日だが仕事も無い。フリーターの気安さである。暇なので何気なく秀吉とか秀頼とか、黒ずんだキーボードに打ち込んでいる。ゲームは三国志、信長の野望、太閤立志伝とコーエーのものをよくやっていた。ところが、エンターキーを押すと――


「あっ」


 またフリーズか。スクリーンの色が変わり、様子が変だ。部品取りレベルのパソコンだからな、仕方がない。だけど、その直後に突然映し出された文字を見て、目が点になった。


「戦国時代に興味があるの?」


 スクリーンにいきなりそんなメッセージが表示されたのだ。


「はっ?」


 なんだこれは。このパソコンはまだ買ったばかりで何の設定もしていない。以前の使用者が何か残していったのか。メールの設定なんてする気は無い。だから詐欺メールとかではなさそうだし、正体不明ではないか。

 だがその後はいつまで経ってもスクリーンに変化は無い。相変わらず「戦国時代に興味があるの?」の文字がおれの知的好奇心と、まさにそのメッセージの言う興味をそそっている。


 興味とは、「ある物に対して特別関心を持つこと」「心理学用語で、あるものを選択しようとする心理、学習の動機付け」ということらしい。ものごとに対して気持ちが引かれることであり、もっと知りたい、もっと極めたいという欲求である。

 それに対して好奇心は、珍しいことや未知のことなどを知りたいと思う気持ちで、珍しい物事に対して強く引かれるという意味合いの言葉である。そしてそのさらに知りたいと思いから、時には行き過ぎた行動を取ることもある。

 いずれにせよその二つの共通項はもっと知りたい、この一点に尽きるのである。

 とうとう我慢出来ず、ばかげた反応だとは思うが、興味半分で無謀な返事を打ち込んでみる。


「そうだよ」

「だったら、今から行ってみましょうか?」


 ヤバイ!

 おれは立ち上がって部屋の中を歩き回り、パソコンを見つめてしまった。この送信は一体どこから来ているんだ?

不思議なメッセージはさらに続く。


「私を信じられませんか?」


 腰を屈めてスクリーンを覗き込んでいたおれは、反射的にまた椅子に座り速攻でキーボードを叩いた。


「君は誰?」

「私は時の支配者でもあり、旅人でもあるんだけど、あなたには理解出来ないかしら」

「…………」


 くそ、こんな悪ふざけを、一体どこのどいつがやっているんだ。

 おれは電源を切ってしまおうとしたが、そんなおれの気持ちを見透かしたようにメッセージは続いた。


「どこの誰でもなく、私は私、名前はトキよ」

「…………!」


 これはもう業者が送って来る怪しい警告やメッセージとはレベルが違いすぎる。まてよ、それともここまで凝った事をやれるのはあの世間を騒がすハッカー。パソコンや電気回路について高度な知識を持って他人のシステムに侵入し、破壊工作もしくは不正を企む輩か。

 だけどたかがフリーターの所有するこんなぼろいパソコンに侵入しても、大して意味は無いと思うんだが……

 おれはパソコンの強制シャットダウンを思い止まった。これは、もしかして転生とか、とんでもない事が起きる前兆?

 嘘だ、それは絶対あり得ないよな。


「信じていないのね」


 えっ、おれの今考えている事まで分かってしまうのか?


「どうしたら信じてもらえるのかしら」


 おれはいつの間にかワクワクして、さらに書き込んだ。


「戦国時代に行くって時空移転をするって意味なんだろ。そんな生身の人間が過去に移動するなんて、信じられる訳ないじゃないか」


 そう言いながらも、いそいそと書き込むおれの気分は既に時空を超えていた。頭の周囲には転生の二文字がひらひらと浮かんでいる。


「じゃあやって見せましょうか?」

「えっ、いや、あの、ちょっと待って」


 びっくりするなあもう。本当なのかあ!


「分かった。そんなに言うんだったら、おれをこの部屋からキッチンまで移動させてみせてよ。それが出来たら信じてもいい」


 やれるもんならやってみろ。

 だが、


「いいわよ」


 その返信を読み終わるや否や、周囲の空間が歪み、おれはキッチンに立っていた。


「これで信じてもらえるかしら」

「ゲホッ!」


 これは立ち眩みか、鼻がむずむずして、若干めまいがする。

 ふらつく身体を何とか立て直して周囲を見回すが、直前まで椅子に座っていたはずのおれが、今はキッチンに立っているではないか。

 おれは直ぐ元居た部屋をのぞいてみた。もちろんそこには誰もいなかった。いやもしも椅子におれが座って居たらそら恐ろしい事になる。おれは気を取り直して聞いてみた。


「あの、えっと、あなたを何てお呼びすれば……」


 問い掛けるおれは、いつの間にか低姿勢になっている。


「トキでいいわよ」

「あ、そうだった、さっきそんな事を言っていたな。じゃあトキ」


 と、急にラフになるおれ。


「なあに」

「…………」


 なんかやけに色っぽいな……

 あれ、だけど、今はパソコンに打ち込んでいないではないか。なんで会話が出来ているんだ?


「あなたの脳に直接話しかけているのよ」

「わあ」


 めちゃくちゃSFの世界ではないか。


「じゃあ行きましょうか」

「え、行くって何処に?」

「ユイトは戦国時代に行きたいんでしょう?」

「あれ、おれの名前を――」

「もちろん知っているわよ」


 すごい。おれはわけもなく感激してしまった。


「だけど、ちょっと待って」


 戦国時代にただ時空移転するだけって事なのか、それとも誰かに転生するって事なのかなあ。


「どちらも可能よ」


 あっ、またまたおれの考えている事がお見通しではないか。なんとなくこそばゆい。


「えっと、少し考えさせてくれないか」

「いいわよ」


 時空移転すると言う事はだよ、このおれがそのままキッチンに移動したように戦国時代のどこかに降り立つわけだ。この身なりのまま戦国の世に出たら、やっぱりまずいものがあるのではないか。あと考えられるシナリオは世に言う転生だ。

 おれは武者震いがしてきた。このおれが転生出来るんだ。

 だけど、待てよ、


「ねえトキ」

「なあに」

「今はキッチンまで空間移転をしただけなんだろ、過去にはまだ行ってない」

「じゃあやって見せるわね」

「あっ!」


 やる事が早い。また移転してしまい、今度は椅子に座っているではないか。それにしても度重なるめまいに、乗り物酔いみたいな感じがして吐きそうになる。おれは子供のころからバスに酔っていたからな。


「えっ、どういう事?」


 おれは何とか声を出した。


「パソコンで日付を確認してみて」

「日付を……」


 パソコンのスクリーンに表示された日付を見ておれはうなった。


「一週間前だ」


 机の隅にはすでに食べて無くなったはずの、セブンイレブンで買ったカロリーメイトフルーツ味と、かりんとうの袋、エクレア「こだわりチョコのカスタード」と、キリン午後の紅茶のペットボトルがビニール袋に入ったまま残っている。

 すぐボトルのキャップを開けて飲んでみた――

 未開封だったし旨い、本当だ。しかも買ってきたばかりのようで、ボトルはまだ冷たいままだった。信じられなかったが、おれは明らかに過去に戻っていたのだ。ついでにカロリーメイトも箱から取り出し、金色の袋を破って……、これは二度美味しいではなく、なんなんだ。二度も食べられるなんて、経済的ではないか。かりんとうは後にしてと、次はおれの大好物であるチョコレート味のエクレアを手に取り――


「……ユイト」

「あっ、あの」


 そうだった、カロリーメイトなんか食べている場合ではなかった。思わずうろたえてしまった。


「じゃあ、あの、転生なんだけど、頼めば誰にでも転生させてくれるんでしょう?」


 おれはそう言いながら、まだ口の中に残っていたカロリーメイトをごくりと飲み込んだ。


「……誰になりたいの?」

「そうだな、例えば秀吉とかは」

「もちろんよ。簡単な事だわ」


 そうか、やった、転生だ、転生だ!


「でもねユイト」

「えっ」

「ただの時空移転と転生とは少し違うのよ」

「……あの、違うって、何が――」


 それはそうだろう、転生は他人の身体に入るって事だから……


「体外離脱、そして異次元世界で誰かの身体に入る、正確に言えばあなたの記憶が相手の脳に入る、それが転生なの」

「あの……」

「時空移転ならあなたの身体はそのまま行くわ。どちらにするかよく考えて」

「…………」


 体外離脱、なんか恐ろしいことを聞いてしまった。あまり意識はしていなかったが、改めて言われると……


 


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