第四十三話

 だが俺たちは、結婚式はげなかった。佳奈かなさんは目立めだつのが苦手で、俺もそうだったからだ。だから二月末に婚姻届こんいんとどけを市役所に提出ていしゅつして、俺は安いがきんの結婚指輪をあげて、二人でZ市の写真館で記念撮影きねんさつえいをした。ウエディングドレス姿の佳奈さんは、もちろんきれいだった。


 すると結婚式、披露宴ひろうえんの代わりにワーケーションハウスで慶介けいすけが三月に、おいわいのを作ってくれた。集まったのはワーケーションハウスに住んでいる四人と、道夫みちおさん、はなさん、源治げんじさん、それに利久りきゅうさん、久美子くみこさんだった。久美子さんは、男の子をいていた。利久さんに似て、目鼻立めはなだちがはっきりとしていた。そして、それぞれ手作てづくりした料理を持ってきてくれて、場はおおいにり上がった。


 こんなにうれしい場を作ってくれてありがとう、感謝かんしゃする、でも俺たちは感謝することしかできないと言うと慶介はニヤニヤしながら、「いやいや、二人がキスをするところを見せてもらえば、それで十分じゅうぶんですよ」と言いやがった。仕方しかたが無いので俺と佳奈さんはみんなの前で、キスをした。すると場が、更に盛り上がった。


 だが少しすると場が落ち着いたので、ふと亘司こうじさんと涼子りょうこさんを見てみると、楽しそうに話をしていた。しかも、親密しんみつそうに。ああ、二人は上手うまく行ってるんだなと思うと、俺は嬉しくなった。


 そして、そういえばと考えた。そういえば慶介と伊織いおりさんは、結婚しないのかと。そう思って聞いてみると慶介は満面まんめんみで、「えー、いやー。僕たちは付き合っているだけで十分、幸せなので、まだ結婚はしないんすよー」と、ほざきやがった。


 お祝いの場が終わるとユーチューブで動画を観てくれている人たちにも、結婚報告の動画を撮影さつえいして配信はいしんした。佳奈さんは笑顔で、「こんにちは、皆さん。今福いまふく佳奈と申します。これからも主人しゅじんの動画で、楽しんでください」と伝えた。


 すると視聴回数は三百万回をえた。もちろんコメントも、たくさんもらった。『おめでとうございます。末永すえながくお幸せに』、『あんな美人と結婚できるなら、俺もスローライフをしようかなあ……』、『リア充はああああ! リア充はああああ!』など。


   ●


 そして時は流れて、六月になった。俺は相変あいかわらず、畑仕事はたけしごとをしている。変わったことといえば畑用の土地を更に三坪さんつぼ買ったので、畑の広さは二倍になった。えていた雑草ざっそうは、エンジン式草刈り機でった。そして去年育てたトマト、じゃがいも、かぼちゃ、白菜はくさい、きゅうりの他に今年は新たに、アスパラガス、レタス、キャベツ、大根だいこん、チンゲン菜のたねえたことだ。


 もちろん有機栽培ゆうきさいばい、いわゆるオーガニックを目指めざしている。肥料ひりょうは自分で作った堆肥たいひを使い、マルチというビニールシートを畑の、うねにかぶせて虫や害虫をふせいで農薬を使わないつもりだ。『土をたがさない、肥料を与えない、雑草を取らない、農薬を使わない』という、自然農法しぜんのうほうにも興味きょうみがある。でも物事ものごとには、順番がある。俺は有機栽培をきちんと出来るようになってから、自然農法に挑戦ちょうせんするつもりだ。


 そして更に原木げんぼく種菌たねきんを植え付ける、キノコの原木栽培も始めた。シイタケ、ナメコ、シメジに挑戦してみた。上手く行ったらもちろん食べるが、あまったら道の駅で売るつもりだ。


 なぜこんなにがんばっているのかというと、もちろん理由がある。佳奈さんが、妊娠にんしんしたからだ。三カ月だ。子供の性別は、まだ分からない。でも佳奈さんは以外にも気が早く、すでに男の子の名前と女の子の名前、両方を考えている。いや、ただ単に、早く子供に会いたいだけなのかも知れない。


 でも女の子だったらきっと、佳奈さんのような美人になるだろう。そしてもし男の子だったら、俺のようになるのだろうか。そしたら会社で働かなくても生きていく方法を、俺がたくさんまなんで教えなければならない。そう思うと、いくらでもがんばれる。


 そして俺も、早く子供に会いたいと思っている。佳奈さんは久美子さんに、『お母さんとしては私が先輩せんぱいだから、分からないことがあったら何でも聞いて』と言われていた。なので佳奈さんは、つわりのりこえ方などを聞いていた。だから出産しゅっさん育児いくじの不安は、少ないようだ。


 俺は子供が生まれたら、その成長をスマホで撮影して配信しようと決めている。歩いたり立ったりハイハイが出来た時はもちろん、寝返ねがえりが出来た時から。たとえおやバカと言われようとも。


 作物さくもつそだてる仕事と人を育てる仕事の二つが、世の中で最もとうとい仕事らしい。俺はもちろん、人を育てたことは無い。でも子供が生まれれば、育てなければならない。おそらく作物を育てることと人を育てることには、何か共通点きょうつうてんがあるのだろう。


 今の俺には、それは何か分からない。それを知りたいという理由もあって、今日も俺は畑仕事をする。ユーチューブで配信するために、スマホで動画を撮影しながら。



                              完結


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