キーホルダー

タコ君

プロローグ

序章 譲、砂、錠。


「おじいちゃん!」


 小学生くらいの少年が、階段を駆け上っていく。その先には、いかにも埃の積もっていそうな倉庫があった。何かの上を指でなぞれば、その指に埃がたんまりと採取出来そうな、そんな雰囲気だった。


「おぉ、来たか!」


 日の差し込むのは、埃のカーテンをつくり、おじいちゃんと呼ばれた人物を、限りなく神々しく演出していた。少年は、この光景をいつも楽しみに、この家に転がり込んでくる。


「おかえり、学校はどうだった?」


「普通!それより、昨日の続きしよう!」


 少年は続きをせがむ。祖父の腕をぐいぐいと引くようにする。お世辞にも広いとは言えない木造の秘密基地に上がりこんだ少年はまるで怪獣のようで、老人には堪え難い力だった。それは体力だとかという話でもあり、だが同時に愛でもあった。


「はいはい。少しお仕事があるから、それだけ済ましたらね。」


 少年はその発言を受け入れた。その間は、大抵祖父の背中を眺めるのも、もう決まりきったような行動だった。学校終わりの少年が、オレンジに差し掛からないほどの黄色い日光を受ける祖父を見る。まるで絵にかいたような、ありふれた幸せな少年時代の一ページが、ここにまさに描かれている。

 ぼうっとしながら、埃が舞うのが光の粒子のようでありながら、それに祖父が吸い込まれるような幻想を抱きながら、少年はただその背と、金属を磨く音を聞く。少年には、それがすぐに仕上げだということが分かった。


「今日のは、どんな鍵?」


「今日のかい?今日はねえ、倉庫の鍵みたいだねえ。とりあえず開けては来たから、今急ピッチで新しいのを用意していたところだよ。このあたりは田んぼや畑のある農家さんとこが多いから、倉庫の鍵がどうこうってなるのは大変だろうからねえ。」


 男性が削るのは、金属で、磨いたのは、鍵だった。取り付け、閉める錠前と、それを開く鍵をつくる錠前師。それが、少年の祖父の仕事だった。けれど、彼は同時に鍵師でもある。錠前師は述べた通りの仕事であり、鍵師は鍵を用いずに錠を開ける者を指す。ひどく簡単に言えば、ちゃんとした道具での合法ピッキングをするのが鍵師である。


「よぉし。出来た……」


「見せて!」


 少年は、完成品と言われた物をいち早く見ようと飛びついた。埃が舞っている割には、作業机の周りは完全と言っていい程に潔癖で、その鍵と、いくつかの道具が美しく黄色い光を受けた。そして今し方生まれたのであろう細かい金属の埃が、至ってごみとして厳重に集められ、捨てられるのを待っていた。


「キレイ!やっぱりすごいね!」


「うーん、これにはおじいちゃんも大満足だ。」


「ねえ、いつか、僕もできるようになるかな!?」


 少年は、祖父に期待の目を向ける。その目は純粋で、きらきらとしていて、まるで透明で、目の向こう側の景色が見れるようだった。鍵師や錠前師は職人である。故に、ある程度の知識や経験、そして技能士を名乗れるだけの資格免許が必要だ。であるから、祖父は少年の目から目線を逸らして、白髪を掻いて、すぐには無理だろうけどなあ。と返すしかしなかった。


「いつかはなれる!?」


「なろうと思えばなれるとも。お前がなりたいものに、お前自身がなりなさい。それは鍵屋さんでもいいし、それ以外のなんであったってかまわないから。」


「うん、頑張るよ!僕はぜったいおじいちゃんのお手伝いをするんだ!」


「うれしいなあ。……そうだ、せっかくだから、お守りをあげよう。」


 そう言いながら、やや曲がり気味の腰をうんと伸ばして、男性は棚にしっかりと仕舞われた箱を取り出して、そうしてそれを開いた。中には、他のどんな鍵とも違う、特異な輝きをもつ一本の鍵が入っていた。


「すごい……なに、これ!」


「おじいちゃんの宝物なんだ。これを、お前に持って居て欲しいんだ。」


「いいの?」


「あぁ。おじいちゃんもお仕事頑張るよ。だからいつか、この鍵で開けられる物を、一緒に見つけよう。」


 用途不明、謎の鍵の輝き。それがなんであるのかは、少年にはわからなかったが、しかし、その輝きは間違いなく、少年の心をつかんだ。黄色の差し込む光線へとかざせば、たちまち虹色にきらりと光る。鉄でもアルミでも、なにかの石でもない。その魅惑の輝きは、彼にとって、鋭い衝撃だった。


「……うん!大事にするね!」


「おっとそうだ、昨日の続きだった。畑に行こうか。」


「あっそうだった!いこいこ!」


 はいはい、そう言って腕を引かれるのと格闘しながら、立ち上がり用意をすませ、やがて放り出されっぱなしのランドセルが光る玄関を出ていく。遠くまで見渡せる田園風景と、広めの敷地の中に作られた個人規模の畑。その家の近くに作られた別な家と、二人の飛び出した家の、建築歴の差。少ない主張だが、しかし宣伝を欠かさない看板が、古びた家の二階くらいから突き出ている。


八鍵屋やかぎや


 少年は背伸びをした、

 その空に、鳥が行く。

 この何でも無い午後に

 彼の可能性が開いた。



「キーホルダー」

 はじまり。

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