コスプレイヤーの特権
@robo_hamachi
演じている間はどんな自分にもなれるし、どんな関係性にもなれる。
この春から美大に通い出した私と、同じサークルで専攻も同じの八雲さんとの話をしてやろうと思う。
私という人間はなにも面白くない人畜無害なただのオタクだが、八雲さんはピアスジャラジャラのビジュアル系に仕上がったオタクなので、彼女について描写しているだけでも眼福な話にはなるだろう。
この学校は別に全然地元じゃなく、しかも私は普通高校から上がってきたから高校も美術系だった奴らのキラキラグループ横目に、まあのらりくらりと同人サークルにも所属しまして、九月にある文化祭の準備に早速関わることになった。
「我がSOS団の団員は当日全員コスプレだ。拒否権はない。あ、同人誌の原稿の方の締切は再来週な?」
いやいやいや嘘ぉ。レイヤーは見る専なんですけど。経験も金も時間もねえよ。
入って早々バックレたくなったが、このサークルは私の大学生活の生命線だ。腹をくくるしかあるまい。こうなればいかに労力をかけずコスを乗り切るかだ。
その上で協力者(生贄)として私が目をつけたのがこの女、八雲八幡。
一年生四人のうちどうやらレイヤー経験ありげでかつしゃべったことがある人だ。八雲さんは話し上手な上に沈黙が続いても気にしない人なようで、一緒にいてとても楽。
「や、八雲さーん。」
部室でタブレットに絵か何かを描いて過ごしていた八雲さんに声をかけた。今日も黒髪に発色の良い青のラインが入って、赤アイシャドウにこれでもかとピアス。黒のジャケットが決まってた。
コスプレ一緒にやらない? 私はなーんにも分かんないんだけど情けをかけると思って、みたいな感じで誘ってみた。
思えば私のようなクソコミュ障が、高校時代美術部でずっと絵だけ描いて服とかも周りから浮かない程度に保ってきただけゴミがよくもまあ勇気を絞って話しかけられたものである。八雲さんはぽかんと聞いていたが、
「いやあ衣装の相談されたりはしたけど、一緒にやろうって言ってきた人は初めてだなあ」
と言って、少しへにゃっと笑った。くそう顔がいい。
「やってもいいけど……僕、メイクは出来るけど衣装は市販の使ったりするし、あと男装しかしないよ? いい?」
「いやー全然いいんですよ」正直体裁を成せてれば何でもいい。
てか八雲さんボクっ娘かよかわいい。
「やろうと思ってるのはあれだからね。『ブルーロック』。アニメになったやつ。の、糸師兄弟」
「あー! ブルーロック好きですよ。単行本で読んでます。冴✕凛は至高」
「気に入った」気に入られた。
「えーと、君、九谷九音さんだっけ? 九谷も寮生だよね? 明日、土曜、用事ないな? 私の部屋に来なさい。全身の計測やら諸々、やってしまうから」
え、部屋入って良いんですか?
さて、なんかいい感じに話がまとまって、衣装の注文に手直し、メイクの研究、原作を読み込んでキャラの研究などの準備を経て、いよいよ文化祭当日である。
え? 八雲さんの部屋に行ったフェーズはないのかって? おいおい乙女の私室をおいそれと描写するものか変態どもめ。まあ、強いて言うなら戸棚の上にいっぱいぬいぐるみがあったよ。ギャップ萌えだね。
「よし、盛れた盛れた。見てみろ九谷。イケメンになったぞ」
コスプレ参加者控室で八雲さんに顔面を弄られ一時間、鏡の中に黒髪イケメンがいた。誰だこいつ少なくとも私じゃねえな。
ブルーロックは高校生のサッカー漫画。今回の衣装はサッカーのユニフォームとなる。
世界で活躍するお兄ちゃん、八雲さん扮する赤髪イケメンの糸師冴。その背中を追うもお兄ちゃんに認めてもらえないこじらせ弟、私が扮する黒髪クール系ヤンデレイケメンの糸師凛。
この面倒くさい兄弟のカップリングで私達は、サークルの同人誌配布ブースの隣で売り子兼撮影イベントを開くことになる。
「はー、いやーな感じに緊張してきました……。心臓が動いてる感じしないっていうか」
「力抜け。お前は凛だぞ」
「本当に凛なら彼はこんなとこで兄ちゃんと一緒に晒し者になってないですよ」
「す、すいません!! しゃ、写真良いですか!?」
うおう。油断してたもう客入ってた。まだ中学か高校と思しき少年がスマホを構えて鼻息荒く近づいてきた。こ、こいつゴリゴリの腐男子だな!
「ああ、写真を撮るんだな。お前も写真に入るか?」
八雲さんがしっかり対応した。さすがあ。
「いえ、自分みたいな不純物はこの神聖空間には写りません。自分は壁なので。」
夢女子じゃない方にしっかり腐ってるな。
「じゃ、どんなポーズを取ろうか。俺たち作中じゃ喧嘩ばっかりしてるけど、和解する?」
「はい! 何かこう、密着してイチャイチャしてる感じで!」
原作! では! そんな関係じゃねえよ糸師兄弟!
「おっけー」
いや八雲さんノリ良っ! うわあ言った側から腕絡めてきた!
「では、三秒行きます。三、二、一」
えっ、わ、私も抱きつけばいいのか? ちょ、良いんですかそこまでやっちゃって、美しいお顔がもうあとちょっとでキスできるところまで来てるんですが。マスク越しだけど、お互いの息が、かかってぇっ……
「ふおおおおお!! いい、いいです! あ、カメラ目線もください! はい、ありがとうございます!」
つ、疲れた……。まだ一人目だけどすでにお腹いっぱいだ。
「上手く絡めてたじゃん。頑張ったね、凛」
その顔面で褒めないでくれお兄ちゃん! 照れる!
「あ、そうだ。自分、SNSで糸師兄弟のコスプレがあるって聞いて作ってたものがあるんです。お二人に、渡したいなと……」
と、腐れ男子は背負っていたリュックを漁って、私に手渡した。え、何だろ。食べ物とかだと受け取れないけど。
「押し花……の栞? この花は?」
「ガマズミです。それでは! ありがとうございました頑張ってください!」
あ、行っちゃった。おいおい。
「すみません。写真いいですか?」
もう次の人が。
「ああ、好きにしろ。お前も写るのか?」
「はい、えっと私がここに土下座するので、お二人に足で踏んでほしいんですが」
ええ……
そんなこんなで踏んだり蹴ったり挟んだりイチャイチャしたり、あとイチャイチャしたりしてすっかり消耗し、夕方になった。
「一日目終わり、そろそろだな、凛」
「明日もだと思うと疲れるけど……」
「あん? 楽しくないの?」
「楽しいですが?」
「部誌も今年は捌けるペースが良いぜ。明日には完売しそうだなァこれ」
隣で部誌売ってる先輩の言葉。ちなみにこの先輩はチェンソーマンのコスプレ。
へー、よかったよかったと、飲んでいたペットボトルのお茶をテーブルに置こう、として手が滑って落としてしまった。平積みにされた同人誌の上に。
ヒュッ、と声が出て血の気が引いた。同人誌にとぷとぷと染みが広がっていく。
慌ててペットボトルを取ったが液体が垂れる。それを背後から八雲さんが反射でハンカチを当てて、先輩方がまだ生きてる冊子を選り分けた。私はオロオロ見てただけ。
「まあ、結果濡れたの上の方の四冊だけだったし、それを部員が自分で持って帰る分にすれば被害ゼロだよ」
「「すみませんでした!」」
そこで一日目終了のアナウンスが鳴り、先輩はいいよいいよと言ってブースの片付けに加わっていった。
「なんで八雲さんまで謝るんですか」
「弟の罪はお兄ちゃんがカバーするんだよ」
「原作の糸師冴は絶対そんな優しくないですよ」
……
「……ごめんなさい」
「いいよ」
「あ、糸師兄弟ー。打ち上げのカラオケ行くか?」
はーい、と八雲さんが返事した。
今回の失敗は一生の恥確定だけど、とりあえずは、やっと息ができた。
八雲さんの笑顔が眩しかった。
「そういえばその栞の押し花、ガマズミだっけ? どういう意味なんだろうな」
「あー何でしょう。別に作中にはまっったく出てきませんよね?」
衣装からTシャツに着替えて、カラオケまで向かう道中もらった栞を見ながら二人で話した。
きれいに作ってあった。小指の先くらいの白い花が、いっぱい集まって一つの花になっていた。
「花言葉がキャラクターを表しているとかかね? ちょっと調べてみるなー」
と、八雲さんがスマホを取り出したので私はそれを待っていると、八雲さんは画面を見てフフッと小さく笑った。
「なんて書いてあったんですか?」
「おしえなーい」
「え!? 何でですか」
「何でも。自分で調べな」
八雲さんが過去一可愛い顔で歯を見せた。
「もう……いいですよカラオケ着いたら自分で調べます」
「カラオケなー。僕あんまり歌得意じゃないんだよね。八十点も行かない」
「私もそんなもんですね。友達いなくてカラオケ行かなかったから」
「じゃあ二人で途中で抜け出すか?」
「えっ!?」
「冗談だよ」
八雲さんの口から舌ピアスが覗いた。
九月の蒸し暑さは夕方になっても滞留していて、サァーと吹いた風が服を突き抜けていくのが気持ちよかった。
明日もイチャイチャに耐えられるか不安だった。そして、ちょっぴり名残惜しい。
演じてる間はどんな関係性にでもなれる、コスプレイヤーの特権に。
ガマズミ:恋の焦り、私を無視しないで、私を見て
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