放課後、君に

こむぎこちゃん

放課後、君に

「ご、ごめん、寝坊したっ!」

 大慌てで学校の準備を終えたわたしは、外で待つ幼なじみ、星夜のもとへ走った。

「ほんっとごめん! テスト期間で朝練がないから、どうしても油断しちゃって」

「そうだろうと思った。ちょっと急ぐぞ」

 早足で歩き出す星夜の隣に、わたしも並ぶ。

 今日、九月十五日は、星夜の誕生日……なんだけど。

 こ、この流れじゃ、誕生日プレゼントなんて渡せないじゃん!


       * * *


 星夜はわたしの幼なじみ。とはいっても、小学校も中学校も違ったんだ。わたしたちの家の間にある大通りが、ちょうど境目だったみたいでさ。

 だから高校こそは一緒に! と思って、去年の夏休みにがんばって勉強して、星夜と同じ高校に進学したんだ。

 クラスも違うし部活で一緒に帰れる機会もそう多くはないけど、同じ学校っていうだけで、わたしは十分うれしい。

 今までは誕生日の日も朝から会うことなんてなくて、放課後、部活から帰ってから急いでプレゼントを渡す、みたいなかんじだったんだ。だけど今年は朝から会える、すぐにお祝いできる、と、思ってたのにな……。


       * * *


 い、いつプレゼントは渡したらいいんだろう。

 駅までの道を早歩きで進みながら、わたしはプレゼントの入ったカバンの持ち手をぎゅっと握る。

 とりあえず今はそういう雰囲気じゃなさそう、だよね。

 がんばって星夜の隣に並びながら、様子をチラチラとうかがっていると。

「どうした、朝乃。なんかさっきからずっとそわそわしてないか?」

「べ、別に? 特になっ何ともないよ?」

 いぶかしげに聞く星夜に、わたしは普通を装って――できてるかわかんないけど――答える。

 プレゼントを渡すタイミングがつかめずにそわそわしてます、だなんて言ったら、サプライズが台無しだからね。

 ……星夜、喜んでくれるといいな。

 ああでも、今日渡せなかったらどうしよう。

 一人心の中でじたばたしていると。

「トイレを我慢してるなら、電車に乗る前に行っておいた方がいいからな?」

 星夜が、真面目な顔をしてそんなことを言った。

 情緒不安定なわたしは、そのたった一言でプチっとキレた。

「はあっ!? 別にそんなんじゃないし! 星夜のばかっ! 無神経! デリカシー無し男!」

「別に、そこまで言わなくても……」

「もういい! きらいっ!」

「きらっ……」

 ふんっとそっぽを向いて背を向けて……、わたしは頭を抱えたくなる。

 なんでこんなこと、感情任せに言っちゃうかな!?

 星夜の声も、めっちゃショックを受けたようなかんじしてたし。

 こんなこと言っちゃったら、もうプレゼントなんて渡せないじゃん~っ!


「うぅ~……」

「落ち込みすぎだって、朝ちゃん。もう放課後だし、チャンスはこれからだよ!」

 半分荷物を詰めたカバンに顔をうずめるわたしの肩を、クラスの友達、芽衣がポンポンとたたいて励ましてくれる。

「それもなんだけどさ、わたし朝、星夜にひどいこと言っちゃって――」

「あっ! ねね、星夜くん、教室の入口に来てるよ!」

「えっ?」

 その言葉で、私はがばっと顔をあげた。

 本当だ。いつもはわたしが迎えに行くのに、今日は星夜から……。

 目が合った星夜が、一緒に帰れるか、と目線で聞いてくる。

 ちょっと待ってて、とジェスチャーを交えて返したわたしは、急いで残りの荷物を詰め込んで星夜のところへ。

「じゃ、行くか」

「え、どこに?」

「学校を出てすぐの広場。……ちょっと話がしたい」


 改まって話なんて、なんなんだろう。

 わたしが今朝言ったこと、怒ってるのかな……。

 星夜は缶コーヒー、わたしはペットボトルのミルクティー、と自販機でそれぞれ飲み物を買ってから、わたしたちは広場のベンチに腰かけた。

 学校に近いからたくさん人がいるかと思いきや、駅と反対側にあるからか、人はほとんどいなかった。

 どきどきしながら、わたしは星夜の言葉を待つ。少しの間沈黙が流れ、やっと星夜は口を開いた。

「朝はわるかった。その……、女子に言う言葉じゃなかったと反省してる」

 あれ、話って、そっちのこと? わたしに怒ってるんじゃなくて?

 しゅんとして言う星夜に向かってぶんぶん首を振って、わたしは立ち上がった。

「わるいのはわたしの方だよ。勢いでひどいこと色々言って、ごめん」

 立ったまま、星夜に頭を下げる。

「わたしは星夜のこと、好きだよ。嫌いなんかじゃない」

 まっすぐ見つめて言うと、なぜか動揺したように星夜が目を見開き、缶コーヒーを落としかけた。

「すっ……いや、違うな、うん。朝乃はそういうやつだ」

 ん? え、わたし、また変なこと言っちゃった?

「ど、どうしたの……?」

「いや、なんでもない」

 そう言って、星夜はいつもの涼しい顔に戻った。

 何だったんだろう、星夜の反応。

 何でもないなら、それが一番だけど。

 ……あ、そうだ!

「わたし、朝から星夜に渡したいものがあったの!」

 わたしはそう言いながら、カバンからプレゼントの包みを取り出す。

 少し崩れた飾りを整えて、わたしはプレゼントを星夜の前に差し出した。

「誕生日おめでとう、星夜!」

「え、あ、ありがとう」

 星夜はちょっとびっくりしたように言って、それから嬉しそうに口角を上げて、プレゼントを受け取ってくれる。

 よかった、喜んでもらえたぞ!

「ほら、食べてみてよ!」

 わたしがうながすと、星夜はリボンをほどいて中身を一個取り出した。

「これは、チョコチップクッキーか?」

「そうだよ! えへへ、がんばって作ったんだ」

「へえ、朝乃の手作りなんだな」

「そう! 初めて作ったの!」

「初めて……」

 星夜は若干不安そうな顔をしてから、恐る恐る、といった様子でクッキーを口に入れて……うっと顔をしかめた。

「えっ、どうしたの!?」

「……朝乃、これ、何入れた……?」

「え、えーっと、チョコチップでしょ、ココアでしょ、それから隠し味にトウガラシ! 星夜は甘いものが苦手で、苦めのチョコとからいものが好きだから……」

「……ト、トウガラシ隠れてないし。それに、好きだからって混ぜればいいわけでもないだろ……!」

 そう言って、星夜はわたしが立った時にベンチに置いていたミルクティーを……飲んだ。

「えっ、ちょっ、それわたしの!」

「っ、わ、わるい。口の中がめちゃくちゃになって、甘いものが欲しくなって、つい……。新しいの買ってくる」

「いや、そ、そうじゃなくて、間接キっ……」 

 わたしの言葉に、星夜がハッとしたような顔をする。

「あ、いや、別に怒ってないからね! 星夜となら全然、いや、そういうわけじゃないんだけど、えっと」

 わたわたと顔の前で手を振るわたし。

 でも、星夜はわたしの声が聞こえていないかのように……顔を真っ赤にしていた。

「とっ、とりあえずなんか冷たいもん買ってくるわ」

「う、うん、お願いしますっ!」

 さっきとは違う空気の沈黙の中で、わたしたちは冷たいペットボトルでほてった頬を冷やした。


「はあ、帰ったら勉強かー。星夜も大変だね、誕生日がテスト期間にあるなんてさ」

 タタンタタン、と走る電車に揺られながら、わたしたちは隣に座って話す。

 広場でしゃべっていて時間がずれたからか、高校生の姿はまばらだ。

「わたしは三月生まれでよかったよ。テストもないし、あとは春休みを迎えるだけだもん」

「でもテスト期間中なら、こうやって朝乃と下校できるじゃん。帰ったら一緒に勉強もできるし。おれはうれしいけど?」

 そう言って星夜が、わたしの顔をのぞきこんでくる。

「わっ、わたしもうれしいよ!」

 わたしがそう言うと、星夜がふっと小さく笑う。

「そっか。よかった」

 そして星夜は、何事もなかったかのように座りなおして流れる景色を眺めはじめた。

 だけどわたしは、なぜか普通にはなれなかった。

 おかしいな。なんか急に、心臓がどきどきして……。

 わたしはとまどいながら、隣に座る星夜の顔を盗み見る。

 さらさらの黒髪。整った顔立ち。こんなにまじまじと見たのは久しぶりで、以前よりずっと大人っぽく見える。

 いつも涼しげな表情をしながらも努力家で、私が困ったときにはいつだって助けてくれる優しい人。

 わたしの大事な幼なじみ。

 それ以上でもそれ以下でもないはず、だよね?

 私の心の中での問いに誰かが答えてくれるわけもなく。

 ただ電車の走り続ける音だけが、わたしの耳に届いていた。


(終)

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