怪異抹殺✜滅殺ちゃん✜黙字録

ささがせ

怪異抹殺系YouTuberです。よろしくお願いします。

 動画は真っ暗な状態から始まる。

 1秒…2秒…と、ただカウントだけが進んでいく。

 鈴虫の声音だけが、暗闇の中に流れていた。

 それはライブ配信のアーカイブ動画だった。

 君が興味を抱いて動画を開き、何が始まるのかと眉を潜めつつも、動画が一向に始まらないので、動画詳細やコメントを確認しようとし始めたころ、唐突に暗闇は反転し、強い光で視界は白に反転する。

 カメラが光に慣れると、見えるのは街灯の下に集う羽虫と、街灯に張り付いた巨大な緑のカエルだった。

 

「映ってる…?」


 ふと、光を遮るように少女の顔がカメラの前に現れる。

 黒髪おかっぱ頭の少女は、【滅殺】という漢字が達筆で描かれたマスクをしていた。

 顔は分からないが、制服を着ていることと、その体格や仕草から、中学生から高校生くらいだと判断できた。

 少女は何度か手を降って、カメラの動きを確認している。

 やがて、紙を取り出して読み始めた。


「こ、こんにち―――…違う。えっと、こんばんは。怪異抹殺系ゆーちゅーばーの、めっさつです。めっさつちゃんねるへ、ようこそ」


 紙―――おそらく、カンペであろうメモを無表情のまま流し読みする少女、めっさつちゃん。


「今から怪異を殺します」


 そう言って、再びカメラが動いた。


「今日はアレです。ワカメ女です」


 カメラが視界に納めたのは、道路の脇から天に向かって伸びる、育ちすぎたワカメのような物体だった。

 海でもないのにワカメが生えているわけもなく、その根本にあるのは、膝を折って蹲る、汚れて痩せた青黒い女だった。

 彼女が生者で、さらに正気があるのなら、その目は白濁に濁っていないだろうし、口から汚物を垂れ流していない。

 ひと目見て、異常、異形、異物の類だと分かる。


「カメラは、ここに置いときます」


 ゴトッ、と。カメラが何やら平らな場所に置かれた。


「見えるかな? 見えるか」


 カメラはちょうど、ワカメ女を捉えている。


「じゃあ、行きます」


 めっさつちゃんは後ろ足でカメラから離れ、やがてワカメ女に振り返った。

 手には刀。長い刀だった。

 刀を抜いて鞘を投げ捨てた。

 街灯の光で、刀は白刃に瞬く。

 白刃を手にめっさつちゃんは、一息にワカメ女に近づいた。

 だが、近づいた瞬間、道脇の側溝板を弾き飛ばして、無数の黒い縄のようなものが飛び出してくる。

 辺りは一瞬でワカメの森と化した。

 カメラも、ワカメのような物体が飛び出す衝撃で地面に落ちた。

 ぐるんぐるんと視界が周り、草の上に着地する。

 半分が草葉で隠れ、ひっくり返った視界の中で、黒い縄は次々と生えてくる。

 二重、三重にも黒い縄は生えてきて、絡まって、絡まり尽くして、やがて黒い縄は塊のような姿となって、風をごうと鳴らして振り回される。

 黒い縄は地面と草を抉り、木々を薙ぎ倒し、道路を割る。

 その暴力の嵐の中に、めっさつちゃんの姿はない。

 一本、二本、三本―――…。

 縄の数はさらに増え続け、カメラの映す世界を覆い尽くしていく。

 やがて、カメラの収める風景全てが黒に覆われる。



 声が、聞こえるだろう。

 君の耳にするイヤホンから、スピーカーから。

 全てを呪う声が。

 あるいは見えるだろうか。

 その女の怨嗟が。

 君の脳髄に直接押し流されてくる、その女の記憶が。

 ホストにハマり、金欲しさに犯罪に手を染め、無数の人を殺めて、死体を山に埋め、歩いて帰るその帰り道、不幸にも車にひき逃げされて、誰にも助けられぬまま、苦痛の中で死んだ身勝手な女の怒りが。


 白刃が、その一切を両断する。


 黒の怨念に覆われた世界は、右から左へ凄まじい速さで放たれた光によって、真っ二つに裂かれた。

 黒い縄は両断され、力を失って宙へと溶けて消えていく。

 女の怨霊は、めっさつちゃんの刃によって、首と胴を両断され、小さな音を立てて道路に転がった。

 その傍らに立つのは、振り抜いた刀を手にした、制服姿の少女だけだった。

 少女は冷酷に、転がったワカメ女の頭蓋に向けて、刀を突き立てる。

 何度も、何度も。

 何度も何度も何度も何度も。

 刀を引き抜いて、確認し、足で踏みつけて動かないよう固定して、念のためだと言わんばかりに、狙いすまして突き立てる。

 突き立てた刀をグリグリと捻って、抜いた。

 それでようやく、ワカメ女本体の身体が塵へと還り始めた。倒れた女がサラサラと、砂のように解けていく。


 めっさつちゃんは女の身体が完全に消えるまでその場で待ち、完全に消えたのを確認してから、踵を返した。

 何かを探すようにキョロキョロしながら、道路の脇へと歩いていく。

 次に視界に戻ってきたときには、捨てた鞘を手にしていた。

 慣れた手付きで、刀を鞘へ収める。

 乱れたおかっぱ頭を手櫛で整えながら、再びキョロキョロと何かを探す。


「カメラが、ない……」


 青い顔をしていた。


「まずい…。さっちゃんに怒られる…」


 それから30分程、草の上を歩く足音が続いたが、結末を確認する前にカメラの電池が切れ、配信が止まった。

 動画も、ここで終わる。



 きっと、君はこの動画が真実なのか、あるいは高度なCG技術で作られた”作品”なのかどうか、知りたくなるだろう。

 そして、もう一度この動画を見ようと再生ボタンを押すかもしれない。

 けれど次の再生しようとした時、その動画は『権利者からの申し立てにより動画が削除されました』と表示される。

 チャンネルを確認すると、他の全ての動画が、そうやって消されていた。

 アカウント自体は残っているようだが―――…

 さて、



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