【完結】人生舐めまくってたギャルが優しい陰キャくんにガチ恋しちゃう話

崖の上のジェントルメン

1.アタシたちの始まり





「……ねえ!お願い!行かないでよ!」


そう言って、アタシはケンジの左腕を掴んだ。


アタシに対して背を向けてる彼は、じっとうつむいて、何も言わずに黙っていた。


「ケンジ!アタシ……その、アタシ、“今は本気”だよ!」


「……………………」


「本気でアタシ、ケンジのこと……!いや、その、確かに最初は違ったかも知んないけど……」


「……………………」


「ねえやだ!お願いだから行かないで!別れるなんて、そんなこと言わないで!」


アタシが放つ悲鳴のような叫びが、夕暮れの教室に響いた。


アタシの長い金髪が、窓の外から入ってくる風に揺られてなびいた。


なんだか、眼がうるうるする。息も荒いし、唇がぶるぶる震えてる。


アタシ、もしかして……泣きそうになってんのかな?


「う、嘘やろ?あの佳奈が……?」


「あの佳奈が、あんなになるなんて……」


アタシの後ろで、友だちの真由と亜梨沙が狼狽えていた。


そーだよね……アタシが泣くところなんて、みんな……見たことなかったはずだから。


「……田代さん」


ケンジが、背中越しにアタシの名前を呼んだので、思わずドキッとした。そのドキッていうのは……嬉しい方のドキッじゃなくて、ヤな方の……怖い映画とか観てたらなる方のドキッだった。


だって……だっていつも、下の名前の“佳奈さん”って呼んでくれるのに……今は、今は名字で……。


まるで、初めて会った人みたいに……。今までの思い出が、全部なくなっちゃったみたいに……。


「僕は……田代さんのこと、本気で好きだったよ」


「……好き、“だった”って……」


「……告白された時、本当に本当に嬉しくって……凄く舞い上がってた。家に帰ってからも、何回も君の言葉を思い出して……」


「……ケンジ」


「いいんだ、田代さん。気を使わないで。1ヶ月っていう短い期間だったけど……僕は、良い夢を見られたよ。だから、ありがとう」


「やだ!やだやだやだ!アタシだって!アタシだってこの1ヶ月……楽しくって……!楽しくて……ううう……!」


「もういいんだ田代さん。もう……僕のこと、好きでいるフリなんて、しなくていいんだ。君は優しい人だから、僕が傷つかないようにしてくれてるんだろうけど……もうそんなこと、しなくていいんだ」


「違う!違う違う~!そんなんじゃないって!アタシ……!アタシ本当に酷い子で……!ケンジのこと!ケンジのこと傷つけちゃって!」


「……………………」


「お願い!ケンジお願い!アタシ、謝るから!本気で謝るから!だから……!また一緒に花火しよーよ!一緒に図書館とか博物館とか行こーよ!ね!ケンジ!」


「……………………」


「アタシ、図書館なんて全然興味なかったし、博物館なんて一生行かないって思ってたけど……!ケンジのお陰で好きになれたんだって!ケンジと一緒に!また行きたい!ねえ!ケンジ!ケンジ!一緒に居てよケンジーーー!!」


「……………………」


……ケンジは、何も言わないまま、ゆっくりと後ろを振り返ってきた。


「────!」


その時のケンジの顔は、アタシ、絶対一生忘れられない。




ケンジは、本当にびっくりするくらい、泣いていた。




眼からたくさん涙を溢れさせて、頬がすっごい濡れてて……。


涙で濡れたその瞳で見つめられた瞬間、アタシはケンジの心の痛みがビリビリ伝わってきた。


ぎゅ~っ!と心臓を捕まれたような感覚。何もケンジは言っていないのに、ケンジの悲しみがダイレクトにアタシへ届いてくる。


ケンジは、アタシを恨むように睨むわけでも、何か怒りをぶつけてくるわけでもなかった。ただただ、悲しそうに見つめてくるだけだった。


それがケンジっぽい優しさで……それが余計、辛かった。


「……………………」


アタシは思わず、ケンジの腕を離してしまった。そして、また彼はくるりと背中を向けて……そのまま教室からいなくなってしまった。


ボーゼンと立ち尽くすアタシを置いて、後ろにいた真由と亜梨沙が、いそいそと荷物をまとめて教室から出ていった。


ぽつんと一人残されたアタシは、肩にかけたカバンの中から、スマホを取り出した。


そして、その中にある写真をたくさん見返した。


ケンジと一緒に撮った写真が、たくさんたくさん入ってる。指でスクロールしながら、新しいものから古いものへと遡っていく。


そして、一番最初に……ケンジと撮った写真が出てきた。


学校の屋上で撮った、ツーショット写真。アタシは下手くそな作り笑いを浮かべていて、一方のケンジは顔を真っ赤にして照れていた。


「……………………」


スマホの画面に、ぽたっと水滴が落ちてきた。


アタシの涙だった。


「……うう、ううう……」


立っているのが辛くなったアタシは、その場にしゃがみこんだ。


スマホを持つ手がぶるぶると震えて、止まらない。視界の先も、なんだか滲んできちゃった。


……この写真は、今から1ヶ月前に撮ったもの。


アタシがケンジと、初めて話して……そして、恋人になった日だった。















「あーーー!もうマジダルい~~~!」


7月24日の、お昼休み。アタシと真由と亜梨沙は、教室ん中でUNOをやってた。


結果は、アタシの大負け。畳み掛けるようにしてカード引かされまくて死んだ。


「はっはっはー!ほな佳奈、約束通り罰ゲームやるでー!」


真由の嬉しそーな顔が憎たらしくてしょーがなかった。真由のせいで関西弁すらもウザく思えてきた。


「ねー、マジでやんの真由?」


「なんやー?“女”に二言はないはずやでー?ウチも前、ちゃんと二人に寿司奢ったんやからなー!佳奈だけ特別っていうのは通らへんよ!」


「え~?でもさ~……“1ヶ月恋人のフリする”とか、寿司奢るよりキツくない?」


「うだうだ言わんと、腹くくり!さてさて、ほな誰にしましょか~?」


真由がニヤニヤしながら、教室にいる男子を見渡している。


すると亜梨沙が、「ねえねえ~真由」と言って黒板を指差した。


「今日って24日でしょう?出席番号で決めても、面白いんじゃない~?」


亜梨沙の提案に真由が「おもろいやん!」と言って、一度席を立ち、教卓にある出席番号一覧を持って、また席に戻ってきた。


「えーと、24番は……『斎藤 健治』って奴やわ」


アタシはその時は彼の名前を知らなかったので、「誰それ?」と言って二人に尋ねた。


彼女らもよく分かっていないらしく、みんなして頭を傾げていた。


「まーええか。とりあえずその斎藤とかいうのを屋上に呼ぶから!佳奈、後は二人っきりで頑張ってや~♡」


「もう!マジでダルい~!」


私がそう言うと、二人はケタケタと声を上げて笑った。










「あ、あの……よ、用事って、なんでしょうか……?」


屋上に呼び出した「斎藤 健治」なる男子は、まるで子犬みたいなヤツだった。


オドオドした眼でアタシを見て、額に冷や汗をたくさん流してる。


あんまり整ってない髪に、華奢な身体つき、そして自信なさげな態度……。


(も~マジかよ~!THE 陰キャって感じのヤツじゃん~!)


会うまではどんなヤツか分かんなかったから、ワンチャン……超カッコいい!ってほどではないにしろ、「付き合えなくもないな」ってくらいのヤツならいいなと思ってた。


しっかし、出てきたのがこのド陰キャとは……。はあ、もうこの1ヶ月は終ったわ。アタシ、陰キャが一番キライなんだよね。何を訊いても返事がパッとしないし、よく分かんないこと早口で喋るし、いっつも自信なさげだし……。見ててイライラすんだよね。


(あれ?つーかよく考えたら、明日から夏休みだよね……?は?ってことはこいつのせいで夏休み潰れんの!?)


屋上に吹くなまぬる~い風を受けながら、アタシは盛大にため息をついた。そして、この場にはいない真由と亜梨沙をめちゃくちゃ恨んだ。


「あ、あの……田代、さん。どうかしたんですか?」


陰キャくんがアタシにそう声をかけてきたので、「あー、えーと……」と言って、視線を足元に下ろした。


「……あれ、誰だっけ?あんた」


「誰……って、僕のことですか?」


「そー。名前なんだっけ?」


「……あの、斎藤 健治ですけど……」


「あーそうだったそうだった。えーと、そっすねー。アタシと良かったら~、付き合ってくんないかな~って」


「……え?」


「いやだから~、付き合わない?フツーに」


「え!?えええ!?あ、あの田代さんと!?ク、クラス1可愛いって評判の……」


「そー、光栄でしょ?」


「…………つ、付き合……って、その、いわゆるその、こ、こい、恋人のそれ……ってことですよね?なんか買い物に付き合うとか、そういうのじゃないですよね?」


うわ~……いかにも陰キャ臭い返事……。それ以外に付き合うってこと言わねーっつの。


ここで素直に「そうだよ」って言うのもなんか癪だし、ちょっと困らせてやろーかな。


「もしかして、もう彼女とかいる系?」


「いやいや!そんな!僕には全然……今までそんな方は一度も……」


でしょーね。生涯いなくても驚かねーって。


「じゃあ、付き合うのとりあえずオッケーってことでいい?」


「も、もちろん!ありがとうございます!僕なんかでよければ、ぜひ!」


顔を真っ赤にして、斎藤はアタシにそう言った。


はあ……マジでなんでこんなことしてんだろ?たかだかUNOに負けただけでこんな目に遭うなんて……。付き合ってるノリではあるけど、デートとかすっぽかしちゃえばいいかな?


あ、でもそう言えばなんか、真由が言ってたっけ。



『付き合ってる期間に、ツーショットを少なくとも五枚は撮り!それを、ちゃんとデートした証拠にするんやから』



ちぇ、ダリ~。なんでこんなダルいことばっかり思いつくのかねえ、真由は。



『それから、相手に絶対、罰ゲームってバレへんこと!バレたらおもろくないし、興ざめするやん?』



興ざめって……。アタシは既に冷めまくってるつーの。


「……あの、田代さん?」


斎藤がおそるおそるアタシに尋ねてきた。それに対してぶっきらぼうに「なに?」と返すと、じっとアタシの顔を見つめて、こう言った。


「どうして……僕のこと、その……」


「……………………」


「えーと、つまり……」


「……なに?早く言ってくんない?」


「ああ、ごめんなさい!つまりその、なんで僕を、す、好きになってくれたのかな?と……」


「……………………」


「すみません……ちょ、ちょっとその、なんで僕なのかなって思っちゃって……」


はあ~……。もう、理由なんてあるわけねーって。一番困る質問してくんなってば。


「……………………」


「た、田代さん?」


「んー……ちょっと……ほら、言うの恥ずかしいかな~」


「あ、そ、そっか!変に掘り下げてごめんなさい!」


よし、どうやら、上手く誤魔化せたっぽい。これで最終日まで乗りきればいいっしょ。


「あー、えっと斎藤さー、記念に一枚写真撮んない?」


「写真?」


「そーそー、付き合った記念的な?」


ここで真由の言った五枚のノルマを一枚消化しとくか~。あーあ、さっさと早くこの茶番を終わらせたい。


「しゃ、写真……ですか」


斎藤は、不器用な苦笑を浮かべてた。


「なに?どったの?」


「いや、僕……写真、ちょっと苦手で」


「へー?なんで?」


「その……恥ずかしくって……」


「ぷっ、何その理由。いいじゃん、別に恥ずかしがることないって」


「いや……それはほら、田代さんみたいに可愛い人だったら……写るの恥ずかしくないかも知れないけど、僕みたいな陰キャは、写ったところで華もないですし……醜態を晒すだけですよ」


「……………………」


出たよ……陰キャ特有の自己コーテー感のなさすぎる答え。まあ別にいいけどさ……こいつがどれだけ自信がなかろうが、アタシには全然カンケーない話だし。


「まあまあいいじゃんって、アタシとの恋人記念じゃん?」


「……田代さんは、どうですか?」


「は?」


「えっと、田代さんは写真撮るの、好きですか?」


「そりゃトーゼン、好きだけど?」


「……わ、分かりました。なら、僕も撮ります」


「え?」


「田代さんが楽しんでもらえるなら、それが一番です。で、では……お願いします」


斎藤は眼をぎゅっと瞑って、気をつけの姿勢で固まった。


……くそ真面目というか、なんというか。こんな写真ごときで何をテンパってんだか。


(まあいいや……もういろいろ考えるのも面倒くさい。さっさと撮って、さっさと終わらせる)


そうして、アタシたちは初めてのツーショットを撮った。


アタシはそれなりの作り笑いを浮かべて、斎藤は顔を真っ赤にして照れ臭そうにしていた。





……ケンジ、ごめんね。アタシこの時……告白するまでケンジの顔すら知らなかった。同じクラスメイトなのに、顔も名前も把握してなかった。


本当に、なにやってんだって感じだよね。人の気持ちを弄ぶことなのに、全然平気でそういうこともやってて……。自分さえ良ければ他はどーでもいいって……そんな生き方だった。


でも……でもさ、アタシこの日が……24日で良かったって、今なら思えるよ。


だって、そうじゃなきゃ……ケンジと付き合えなかったもん。


……ケンジ。


本当に、ごめんなさい。


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